「倉間くんってさ、ちょっとかっこいいよね」
「え?」

 昼休み。自教室で向かい合ってお弁当を食べていた友人が、何の脈絡も無しに小さな声で呟いた。倉間くん、とはここから少し離れた席で、ノリが良くて人気者の浜野くんと大人しくて真面目な速水くんと一緒にパンをむさぼってる、不愛想な男子のことだった。彼ら三人はサッカー部同士で、クラスが違っていてもああして昼休みに集まるほどには仲が良い。そのうちの倉間くんが、私たちと同じこのクラスに所属していた。
 さて、話を元に戻す。友人はかっこいいと言った。誰を。倉間くんを。はて……かっこ、いい? 脳内でかっこいいの定義について考えるが、それを彼に当て嵌めるには、失礼ながら少々無理があるのではなかろうか?

「いやさ、身長はちっちゃいけど、片目隠れてて、ちょっとクールでさ、性格とか他の男子より全然大人びてる感じするっていうか、なんかかっこよくない?」
「ええ……というかアナタね、彼氏いるのによくもまあそんなことを……」
「それはそれ、これはこれ」
「アッさいですか」

 友人が連発する『かっこいい』の言葉に、私は気付かれない程度に倉間くんに視線を向けた。……うーん、やっぱりあまり分からない。確かに顔立ちは整っているように見えるし、鮮やかなスカイブルーの頭髪は少し癖がついていて無造作に跳ねている。褐色の肌は健康的で、いかにも男子らしい。けれど、倉間くんはその小柄な体躯から、やはりどちらかと言えば可愛い系の方面なのではないだろうか? ぎょろりとして目つきの悪い三白眼も、その身長のおかげで怖さはほとんどない。
 なんて考え込んでいたせいで気がつかなかったが、私はいつの間にか、彼のことを凝視してしまっていたらしい。よそからの不躾な視線を感じたのであろう倉間くんが、あろうことかぱっとこちらを振り向いてしまった。

(やばっ)

 私は慌てて目の前の己の弁当に視線を落とす。友人は友人で、私の挙動をどこか面白がっているように見えた。くそ、他人事だと思って。
 うわ、うわー、やばい、どうしよう、超睨んでた気がする。ほんとごめん。いや、睨んでるわけじゃなかったのかもしれないけど、倉間くんのその鋭いがこちらをじっと見ていたものだから、思わず体が少しだけ強ばった。いや、でも眉が寄せられていた気がするから、やっぱり睨まれてるかもしれない。そりゃそうだ、じろじろと遠くから見られたら、きっと誰だって不快に決まってる。
 もう一度だけ、様子を伺ってみようとしてこっそり視線を投げかける。倉間くんは未だに此方を見ていて、今一度目線が合ってしまった。やはり存在していた眉間の皺が、一層濃くなる。硬直する私に、彼はとうとう痺れを切らしたように、席を立つ。ガタリと硬そうな音が、私の心をばくばくと責め立てた。
 彼は私と、それから友人と、彼の友人らの視線を一身に受けながら、私の目の前までやってきた。倉間くんは私より背が低かったけど、彼が立っていて私が椅子に腰を下ろしているから、見下ろされる形になる。長い前髪で影の掛かった顔に、鋭く細められた眼差しに、声帯が絞られるような感覚。

「何?」

 どこか不機嫌そうな低い声だ。もしかしたらこれがデフォルトなのかもしれなかったけど、倉間くんと大してお喋りもしたことなかった私に、実際のことはわからない。いや、そんなことより、何か。何かを喋らなければ。どうしよう、今更「なんでもない」なんて通用するはずがない。どうしよう、どうしよう、どうしよう。何か、何か、何かを──
 そうしてフル回転させオーバーヒートした私の思考回路は、とんでもない方向性に駆け出した。

「やっ、あー! ごめんねいやちょっと、あの! 倉間くんかっこいいからホラ! ついつい見入っちゃってね!?」
「……は?」
「いやーっその! ほら前髪オシャレでクールだし!? 性格とか大人っぽいし!? かっこいいよね!? ねえ!? ってわけでそんじゃ! 失礼しました! ばいばい!」
「はっ、ちょっ、みょうじ、」

 倉間くんが何か言っているような気がするが、そんなものは今の混乱した頭じゃ理解できるはずもなく。矢継ぎ早に、友人が言っていた褒め言葉をほとんど模倣し切った私は、たまらず椅子から立ちあがって教室を飛び出した。後から聞こえてくる友人の爆笑する声にコンチクショウ! と心で叫びながら、熱い顔を冷ますように私はひたすら全力疾走で廊下を駆け抜けた。



 残された少年少女──そのうち一人は、未だ笑いを止められないようだった──の間に、妙な空気が流れる。そんな中、呆然と立ち尽くす倉間の肩をつんつんと人差し指がつつく。ニヤニヤと笑う浜野は、小さく振り返った倉間を見てますます下目蓋を吊り上げる。倉間の顔は妙に汗をかいており、日に焼けていながらなお赤みを帯びているのが、誰の目からも見て取れた。

「……な、理科で赤褐色の沈殿てあったじゃんか。今お前それ」
「うるっ……せえ!!」


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