(当サイトの論破主と、こころさん宅夢主ふわりちゃんを共演させて頂いてます)


「はい、かんせぇ」

そんな声が背後からかかって、私はハッと目を開けた。いかん、あまりの良い香りと心地よさに眠気が。待って、よだれ、よだれ垂れてないよね。慌てて口元を拭った私に暮明さんが「大丈夫だよぉ、かわいーなまえちゃんの寝顔見れちゃって役得だなぁ」なんて笑っていたりした。大丈夫じゃない、全然。可愛いって誰が。貴方が。

「っく、暮明さんはその」
「ふわりでいいよぉ」

音にしたらまさに「ふにゃにゃん」だ。彼女からはマイナスイオンしか発せられていないのではないかと思ってしまうほどに癒しオーラが全開で。その癒しの微笑みが私にしか向けられていないと思うとこれはとても贅沢なんじゃないだろうか。そしてそれと同時に殺されるのではないだろうか。己の身を保身して思わず周囲を見渡せば暮明さんが面白そうにくすくす笑う。ひえ、笑われてしまった。

「なまえちゃん、アレンジ終わったよぉ」
「うぇ!? アッ、本当だ!」

いつもは横一本に結んでいるだけの味気のない髪の毛なのに、彼女の手にかかればこれほどまでに美しく綺麗に生まれ変わるのか。感動しながら鏡を覗き込んでいると櫛やらを片付けていた暮明さんが一言。

「大和田くんにも見せに行かなきゃねぇ」

爆弾投下。着弾。爆発。時間にしてわずか数秒、感覚にして1時間。彼女の言葉を飲み込むのにかかった時間だ。今なんと。そう聞き返せば暮明さんは何事もなかったかのように「え? だからぁ、大和田くんにも、見せに行かなきゃだねぇって」と一言一句違わずにそう言い放つ。

「だって、せっかくいつもと違うなまえちゃんになったんだから幼馴染の大和田くんに見てもらわなきゃぁ。ねぇ?」

暮明さんの言うことには一理どころか二理、三理あるだろう。それなのに私の心臓はばくばく跳ねていていつか心臓が口から出るんじゃなかろうか。いやなんでそもそもこんなに緊張しているのだろうか。たかが紋土くん。そうじゃないか。たかが紋土くんだ。女を見せろみょうじなまえ。いやでも、「たかが」ときたら語尾には必ず「されど」が付くものだ。たかが紋土くん、されど紋土くん。たかが幼馴染、されど幼馴染。彼氏でもなんでもないはずなのになんだこの、いやに気恥ずかしいこの気持ちは。

「あれぇ、なまえちゃん顔真っ赤だよぉ?」
「こっここっこ、れは、あつ、あついから!!」
「そうなのぉ? ふふふ、恥ずかしがらなくっても大丈夫だよぉ、かわいーから」

慌てて弁解した私を意に介さず私の背を軽く叩く暮明さん。うわ、まってなんかいい匂いした。

「あ、これぇ? なまえちゃんにもついてるよぉ、スタイリング剤だから」
「スタイリング剤」

人でも殺せそうなネーミングに思わず首を傾げて手を叩く。あれだ、天使の輪とかできちゃう感じの。横に流れている毛先を嗅いでみると確かに私にも暮明さんと同じ匂いがした。ひとり合点がいった様子の私を急かすように暮明さんが口を開いた。

「ほらほらぁ、早くしないと大和田くんどっかいっちゃうよぉ」
「うぇ!? ま、っちょ、紋土くんに見せるのは決定事項なの!?」

そうだ、なんでさも当たり前のように紋土くんに見せに行くのだ。そもそも紋土くんだって急に見せられても困惑するだけだろう。彼は結構不器用だ。それにわたしは彼女でもなんでもない。ただの幼馴染なのだ。あれ、なんかデジャブ。

「だからぁ、なまえちゃん可愛くしたら大和田くんに見せないとぉ」

わたしが怒られちゃうよぉ、とまたもふにゃにゃんと笑った暮明さんに「そうかそうかそれなら仕方がない」と頷きそうになって咳き込んだ。

「別に紋土くんは怒らないと思うけど!?」
「うふふ、まあまあ」

有無を言わさない暮明さんの笑顔にぐ、と言葉を飲み込まざるを得なくて私は渋々椅子から立ち上がった。緊張で足が痛い気がする。いや足だけじゃなくてなんか全身痛い気がする。しかもなんか背骨がバキバキ言ってる。

「なまえちゃんすごい良い姿勢だったから固まっちゃったんだよぉ、はいマッサージ」

ぐりぐりと背骨を押されて私の背中が小気味いい音を立てる。おお、これは、すごい、

「きもちぃ」
「でしょぉ? はい、いってらっしゃぁい」

最後の砦、マッサージすら終わってしまったらしく私は再び猛烈な緊張に襲われてしまう。ああ神様もしいるのならどうか大和田くんが石丸くんあたりと遊びに行っていますように。無駄な祈りを込めながら私は暮明さんの部屋を後にした。





「よし、いない、やっぱりいないね!」

ある程度学園や寮を歩き回ってみてもあの特徴的なリーゼントヘアは居らず安堵した。やっぱり神様も見せるなって言ってるんだよ、すごく可愛いけど髪型は。うん、髪型は。紋土くんに見せたところで「だからなんだ」って言われるのがきっと落ちだし。

「よーし! 紋土くんに見つかる前に帰」
「俺がどうかしたか」
「ひえ」

意気込んで踵を返した瞬間、そこにはどこからやってきたのか音もなく私の背後に立った紋土くんがいた。

「も、も、もも、も!?」
「日本語喋れよなまえ」

万年国語赤点男に言われたくないね。そんな軽口も叩けないくらい今の私は動揺していた。おろろろ吐きそう。

「つかお前何して――ッ!?」
「あれ、紋土くん?」

ぴしりと石像のように急に固まってしまった紋土くんに今度は私が驚く番だった。リーゼントの毛先すら固まっている。なんだろう、どうしたんだろう。

「おぅい、紋土くんや、生きてるー? あれ、」
「っ、クソ、なまえ!」
「はははははい!!」

ぶんぶんと目の前で手を振っていたら、がしりと私の肩を鬼気迫る表情で掴んだ紋土くん。やばい、何か気に障ってしまっただろうか。

「お前」
「はい」
「ここにくるまで」
「はい」
「誰にも見られなかっただろうな」
「はい?」
「見られなかった、だろうな」
「は、はい」

目の前約15センチ程の距離にいる紋土くんに凄まれては萎縮するしかないのが弱者というもので。流石超高校級の暴走族。いやそれにしてもなぜ。なぜ紋土くんが私のヘアスタイルを誰かに見られたか否かを気にするのだろうか。はて、と首をかしげたところで視界が黒く染まった。

「おわ、っ」
「くそ、お前なぁ! ____だよ!」

ふわりと鼻孔をつく紋土くんの匂いでこれは彼の学ランなのだと合点がいった。もぞもぞと乱雑に掛けられた学ランの中でもがく。その際に彼が何かを言っていたけれど衣摺れのせいでまともに聞こえなかった。

「なにかいった?」
「ンでもねェよ、おら帰んぞ」
「わ、っちょ、まだ目の前が」

私の意見なんて御構い無しに私の手を引いて歩く紋土くん。そんな無遠慮な手が、痛いくらい握られた右手が、たまらなく愛しいと思ってしまうあたり私も相当末期だなあ。

「ねえ紋土くん」
「あ?」
「髪の毛、可愛かった?」
「ぐ、」

言葉の詰まった紋土くんに学ランの中でくすくす笑う。顔を見なくてもわかってしまう。きっといま、彼は顔を真っ赤にして二の句を紡ごうと必死なんだ。

「わい、かった」
「え?」

ほんの意地悪だ。いたずら心が擽られた、ただそれだけ。

「だー、くそ! 可愛かったよ、かわいかった!」

ぜってぇ学ラン取るなよ、と釘を刺される。はいはい、と適当に返事をすればぎゅう、と右手を強く握られた。

「いた、いたいよ!?」
「なまえのクセに生意気だ」
「横暴な!」

ああ、楽しいな。嬉しいな。きっと学ランの中で髪は崩れてしまっているだろう。すごく勿体無いけどこんな紋土くんを引き出させてくれたんだ。暮明さんには感謝しても仕切れない。今度何かを贈ろうか。紋土くんとか十神くんに相談してみよう。

「ふ、へへ」
「なに急に笑ってんだよ」

握られた手も、大きな歩幅も、大きな学ランもその全てが愛おしい。


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