うろうろ、うろうろ。
 その人はかれこれ五分ほど、門の前を素通りし続けていた。最初は単に道を間違えて引き返したのかと思ったが、その姿が右から左、左から右へと何度も何度も往復しているのを見てその可能性は消え去った。
 ホシが尻尾を出すのを粘り強く待つのは監察方の十八番だ。が、そんな忍耐力を一般人相手に発揮するのもなんだか馬鹿馬鹿しくなってきた俺は、素振りしていたミントンラケットを手に持ったまま、とうとう門の方へと向かう。そしてちょうど屯所の敷地から一歩踏み出したところで、右から左へとやってきた彼女とばったり出くわした。

「ッ!?」

 屯所内の人間と対面したことに、女性は大袈裟に肩を震わせる。手元の、どこかの高級菓子店の紙袋ががさりと音を立てた。しかしもはや逃げることすらままならないといった様子で、彼女はカチコチに固まってしまう。俺はなるべくにこやかに、威圧しないようにそっと話しかけた。

「真選組に何か御用ですか?」
「あっ……その……えっと……」

 彼女は明らかに挙動不審で、四方八方に視線を泳がせる。これがオッさんだったら確実に職質モンだな……と頭の隅で思った。
 汗をかき始めた彼女の顔は、じわりじわりと赤みが侵食していき、気がつけば耳まで真っ赤に染まっている。下がった眉を寄せ、うつ向きがちになったことで目元に前髪の影が落ちていた。何か言いたいようで口をあぐあぐと動かしているが、言葉がないのか勇気がないのか、それが声となって出てくることはない。

 その明らかに明らか過ぎる様子に、俺は悟る。──大方、その紙袋は真選組きってのイケメンである、副長か沖田隊長宛の差し入れに違いない。その性格や性癖さえ除けば、顔はよく地位も高く何より強い優良物件たちだ。俺はその鬼か悪魔の化身のような中身を余すことなく知っているからこそ、趣味が悪いと思ってしまうが、やはりあの飛び抜けた外見だ。内面をよく知らなければ、惚れてしまうのも無理はないだろう。
 そして彼女は、ようやく意を決したように震えた手で紙袋を差し出した。

「こ……近藤、局長に……」
「──へっ?」

 喉から間抜けな声が捻り出された。
 それから俺は己の耳の機能を疑う。
 しかし今年の健康診断もいたって問題はなかったはず。
 ならば本当に?
 本当に、今この人は、近藤局長と、言ったか?

「きっ……局長に……?」
「局長に……」

 いっぱいいっぱいといった様子で、吐息のようにおうむ返しする女性。これはいよいよ、間違いない。彼女のご指名は、局長だ。
 しかし、一体どういうことだ?
 こんな真っ赤な、いじらしい、いかにも「恋する乙女」の如き表情をしておきながら、「あの」局長を指名した?
 確かに我が真選組の局長は、身内の贔屓目抜きにしたって、江戸一と断言しても過言じゃなさそうな人格者だ。俺たち隊士たちも皆局長に深い信頼を寄せているし、この人のためなら命を張ろう、そう思わせるお人だ。
 しかし、だ。やたらとゴリラ、ゴリラと称されるゴリラ顔に、恋愛方面ではしつこくねちっこく陰湿なストーカー気質。十も下の想い人に言い寄り、毎度見事に返り討ちに遭っているような色んな面でギリギリのお人だ。あの人が男惚れをさせた回数は数知れないが、女性の心を掴んだ試しなど、少なくとも俺はないと思っている。

「よぉ! ザキ!」
「ひっ!?」

 ──と、口が割けても本人には言えないことを考えていると、登場したのはまさしく話の中心人物。人の良い豪快な笑みで、彼は片手を挙げながら彼女の斜め後ろまでやってきた。
 実は、俺の位置からは向こうから局長がやってくるのが見えていたわけなのだが、目の前の彼女の背中には目がついているわけもなく。突然背後から掛けられた声に、か細く甲高い声を上げたのは彼女のほうだった。
 俯いた彼女の顔の紅潮はさらなる加速を見せ、発汗と目の泳ぎも著しい。手に持った紙袋が、小刻みに震え始める。──そんなに好きか!? そんなに好きか!! マジで全然信じられないんだけど、マジでか!?

「そちらのお嬢さんは? 何かお困りごとですか?」
「……っ、…………!!」

 たかが声だけでこれだ。会話なんて到底できないように見えた。そしてやはり、俺の予感は的中するのだ。

「こ、こ、これお願いします!!」
「えっ!? でもせっかくだし自分で直接……」

 彼女は後ろを振り返ることも返事をすることもなく、紙袋を俺に無理やり押し付ける。他にどうしようもなく、俺がそれをしっかり受け取ってしまったのを確認した彼女は、俺の言葉を最後まで聞くこともなく駆け出した。その姿はさながら、野生のゴリラに背後から襲われ、脱兎の如く逃げ出した小動物だ。俺だけが、この状況の真実を知っている。
 あらら……なんてどこかとぼけた声で彼女の小さくなった後ろ姿を眺める局長。彼は俺の手元のそれに気がつくと、不思議そうにしていたその顔をぱっと明るくさせた。

「おっ? なんだなんだ、またトシか総悟宛てか? だっはっは、ほんっとにアイツらはモテモテだな〜!」
「いや……アンタ宛てですよ、これ」
「はっはっは……え? 俺?」

 きょとんと瞳を丸める局長に、俺はイビツな笑顔で紙袋と彼女の勇気を手渡した。

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