「あけおめ、なまえ。今年もよろしく」
「うん、明けましておめでとう。今年もよろしくね綱吉」

 玄関先で迎えられ掛けられた正月の常套句に、同じように笑って返す。決まり文句ではあるが、ちゃんと言葉通りの気持ちを込めて。
 年の始めに、最初に出会う家族以外の人間は決まって隣の沢田家の人たちだった。ひとつ年下の綱吉に、そのお母さんの奈々さん。奈々さんには是非名前で呼んでと小さい頃に言われてからずっとこの呼び方だ。ちなみに、綱吉もうちの母親のことは、名前にさん付けで呼んでいる。もちろん、うちの母親の希望で。二人は多分同じ世代の子どもを持つ母親たちにしては若い方だと思うから、おばさん呼びよりもそちらのほうが良かったのかもしれない。
 話が逸れたけれど、とにかく私の家と沢田家はこうして毎年、誰よりも早く顔を合わせて挨拶して、いた。過去形なのは、小学校の後半から中学に上がるまでの数年間、少しだけ、私と綱吉が疎遠になっていたから。綱吉が上手いこと理由をつけて、年明けの挨拶で私に合わないようにしていたのを、私は知っている。だからこうして、当たり前のような顔をして元旦に会えることは実は少し久しぶりで、それはとても懐かしくあたたかいものだった。
 だけど今年は、疎遠になるより前の頃とはまるで違うことがある。

「なまえー! コトオメだもんね!」
「あけおめにことよろ! 教えただろ!」

 助走をつけてぴょん、と蛙のように綱吉の頭に飛び乗ったのは、牛柄の独特な服に身を包んだポテンシャル溢れる子ども。彼は最近はずっと綱吉と奈々さんの二人だけだった沢田家に、いつの間にか住むようになっていた二人目の住人だった。ちなみに、一人目は黒いスーツを着こなした赤ん坊だ。
 私は履いてきたスニーカーを脱ぎつつ、コートのポケットから今年の干支の柄のポチ袋を取り出すと、ランボくんの小さな手に差し出した。

「明けましておめでとう、ランボくん。はい」
「あーっ! お年玉だもんね!」
「あぁぁ……ホントにごめん、なまえ……ありがとう」
「いやぁ、まあ、あれだけ期待されちゃあね」
「おいランボ、ちゃんとなまえにお礼言えよ!」
「感謝してやってもいーよ!」
「コラ! もっと心込める!」
「あははっ、いいよ綱吉」

 ランボくんは辛うじてお礼と呼べる台詞を吐きながらも、手にした小さなポチ袋から目を離さない。綱吉は語気を強めるが、まるで堪える様子もなく。袋を覗きながら丸い目をキラキラさせちゃってさ、私からの貧相なお年玉でも、そんなに嬉しいものなのか。
 ここ数日、ランボくんは度々私の視界にチラチラとスライドインしては「へ〜ジャッポーネにはお年玉なんてーのがあるのかぁ〜! ランボさんぜんぜん知らなかったなぁ〜!」「お年玉かぁ〜。まあランボさんは? ぜんぜんキョーミはないけど? へぇ〜フゥ〜ン」などと熱烈なアピールをしていた。そんな彼に、何も用意しないなんて誰ができるだろう。本当は人様に施せる余裕なんてないド庶民中学生だけど、親から月一で貰っているお小遣いの金額(うちの経済事情がバレてしまうので、仔細はトップシークレットだ)に鑑みて、百均で買ったポチ袋に五百円玉を入れて持ってきたのだ。本当は親に聞けば、私用に買っているはずのポチ袋の余りを貰えたと思うけど、中学生がお姉さんぶって誰かにお年玉をあげるという構図を茶化されそうで嫌だったので、そこも自腹を切った。
 ちなみに、ランボくんだけじゃきっと不満が出ると思って、リボーンくんとイーピンちゃんの分(同じく五百円)、それからフゥ太くんの分(彼らよりお兄さんなのでこっそり千円)を用意している。素晴らしい、大人の鏡だ。よくやった私。

 だけど本当に、まさかこの年で誰かにお年玉をあげる側になるとは思ってもみなかった。正直バイトもできない年齢なので計2500円の出費はなかなかキツい。けどあの子たちがほんの少しでも喜んでくれる顔を想像しては仕方ない、仕方ないと己に言い聞かせ、貴重な樋口一葉を近所のコンビニで上手いこと細かくしてきたというわけである。まあ、今年もありがたいことに親からお年玉貰ったし? 遠くに住む祖父母からも現金書留で送って頂きましたし? それに同級生たちは早々味わえないであろう、ちょっと特別な大人気分を味わってみるのも、まあ悪くないのかなあ、なんて、いやそれにしては高過ぎますけど。2500円って倍あれば一葉になるじゃん。サイゼ何回も行けちゃうよ。

 綱吉の頭から飛び降りたランボくんは、取り出したワンコインを掲げて「きんぴかぴん!」なんてはしゃぎ回っている。綱吉は呆れたようにため息をついたが、次第に込み上げた笑いに負の感情を奪われたみたいだった。綱吉はなんだかんだで、ランボくんのことを本当の弟みたいに大事にしている、と思う。やさしい瞳が、駆け回る小さな背中に注がれているのだから、間違いはないだろう。

「そういえばなまえ一人?」
「ああ、お母さんは後から来るって」
「そっか」
「リボーンくんと、それからイーピンちゃんとフゥ太くんも中にいる? お年玉用意してきた」
「うわぁ、ごめん本当……」
「いいよいいよ、このくらい」

 本当は来年も恒例みたいな顔で期待されてたらどうしよう、なんてせせこましいことを考えてしまってるけど、それはまあ口にチャックして笑顔を見せる。頼りない年上だけど、ポケットから人数分のポチ袋をちらつかせて、少しカッコつけるくらいは許されたい。
 軽く振っていた逆の手を、その流れでぽん、と綱吉の癖毛に乗せた。相変わらず柔らかくてふわふわで、やっぱり私は他の誰より、綱吉の頭を撫でるのが好きだなぁとしみじみ思う。
 他の人がいたらきっと綱吉は恥ずかしがると思うから、二人の時だけ。実際綱吉は少しだけ照れたように目を細めていたけど、はね除けられたりはしていないから、嫌ではないのだと思う。
 綱吉の頭から手を離して、沢田邸のリビングへ向かう。ちょうどその時、ふと綱吉の視線が下に向いているのに気付いた。下というか、コートのポケット……から、少しはみ出た、ポチ袋の角。

「えっ……ご、ごめん、綱吉の分のお年玉は用意できてない」
「はっ!? いっいやいや違う別に羨ましいとか思ってねーから! 違うから!」

 慌てて首を振った綱吉の顔は赤くて、やはり図星だったのだろうと思わず吹き出すと、新年早々小突かれた。

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