!「碧落に星」浅月さん宅夢主、音波奏くんと共演させて頂いてます


今日も今日とて変化なし。

クラスの光景を見ながら、奏はそんなことを思う。

会話の回数0、誰かと行動する回数0、笑った回数0。
今日も転入生のみょうじなまえは誰とも会話することなく、休み時間を1人で過ごし、キツそうな表情で着席していた。

数日前、ここ雄英高等学校ヒーロー科1年A組に転入してきた彼女は、全くクラスに馴染もうとしない。
それ以前にコミュニケーションが取りづらい。どういうわけか、彼女は転入してきてから一言も発さないどころか口を開きもしない。普段の会話という名の業務連絡は全て常時手にしているメモ帳での筆談だ。

(いや、別に喋りたくないならそれでいいんだよ。口田くんだって無口だけれどちゃんとクラスに馴染んでる。ただ彼女は馴染む気もないんだろうな)

転入生なんてものは質問責めに合うのが普通だ。しかし彼女は誰かが話し掛ける度に理由をつけて席を外してしまう。そして休み時間が終わるギリギリに戻ってくるのだ。それが何度も続けばどんなに鈍感で無神経な奴だって避けられているとわかる。今ではもうクラス中が、彼女に話し掛けること自体を躊躇っていた。

(別に1人でいたいならそれでいい。ただクラスの空気を壊すようなことをしないのならそれで)

何故奏がここまで彼女のことを気にするのかと言えば、話はみょうじが転入してくる前日まで遡る。担任であり、奏とは古くから付き合いのある相澤消太に彼女のことを頼まれているからだ。

(あくまで問題を起こしそうならフォローに回ればいい。馴染む気がない奴の面倒なんて見る必要もないだろ)

それこそ、合理的じゃない。

自分に言い聞かせるように、奏は心の中で呟く。


□■□


「みょうじの様子はどうだ」

帰り際に寄った職員室で、書類に目を向けたまま相澤が放った言葉に、奏は呆れたようにため息をついた。

「わかってて言ってますね」

奏はもう一度深いため息をついてから、ここ数日の様子を簡潔に説明する。話している間も相澤は書類に目を通していたがちゃんと話は聞いているのだろう。時折充血した目をこちらに向ける。

「彼女、クラスに馴染む気なんてありませんよ」

説明の最後に出た言葉は予想以上にあっさりと出た。
馴染む気なし、喋る気もなし。ないという評価だけが彼女に対して溜まっていく。

相澤は「他に気になることは?」と奏に尋ねたが、奏は少し考えてから「ない」と嘘をついた。


□■□


問題が起こらないならそれでいい。しかしそれはつまり、問題が起こるなら自分がフォローしなければならないのだ。

「てンめえいい加減にしろや!!」

ヒーロー基礎学の授業が終わり、グラウンドβを出たところで突如として響いた怒号に、その場にいた誰もが体を震わせた。すぐにみんなが一斉に声のした方を振り返る。

みんなの視線が集まる先には不機嫌そうに顔を顰める爆豪と、相変わらず隙間なく唇を合わせるみょうじがいる。

「さっきの演習は何だてめえ!喋りもしねえでどうやって連携取るつもりだクソが!!」
「お、おぉ……バクゴーちょっと落ち着けって」
「うるっせえ!!クソ髪は黙ってろ!!」

どうやら爆豪は今日の演習内容についてキレているらしい。今日は2人1組でチームアップし、的確な救助を行えるかというものだった。ペアはくじ引きで決まり、その結果爆豪とみょうじは同じチームになっていた。

画面越しに見る2人はお世辞にも良い連携が取れたとは言い難く、音声がなくとも爆豪が大声を張り上げてキレていたことだけは明白である。

(オールマイトがいなくなってからキレるところが相変わらずみみっちいんだよな勝己は)

そんなことを思いながら、奏は顔色一つ変えずに2人を見る。表情を怒りで染める爆豪を前に、みょうじは静かにペンを握りメモを構え、奏はあ、まずいと思った。みょうじが取った行動を目にした爆豪の変化に、奏は逸早く気付いた。

みょうじの行動に爆豪は舌打ちを一つして、目にも留まらぬ速さでメモ帳を奪い取るとみょうじの目の前でそれを爆破した。

比較的小規模な爆破ではあったが、みょうじのメモ帳は一瞬で黒く焼け焦げ、風にひらひらと黒く炭のついた紙片が舞う。

「うおっ!?バクゴーそれはいくらなんでもやりすぎ……」

近くにいた上鳴が頬を引攣らせて言うがその言葉など聞こえていないのか、爆豪はまるっと無視して乱暴にグローブのついた手でみょうじの頬を挟むように下から顔を掴んだ。

「いい加減喋れや!!この口は飾りか!?ああ!?」

ああこれは駄目だ。完全に頭に血が上っている。
それを察した奏は横で顔を青くしている緑谷を安心させるように肩に手を置き、それから足を踏み出して進む。

目を吊り上げ、眉間にしわを寄せ、再び口を開こうとする爆豪を制する為に、爆豪の言葉に何かを言いたそうに顔を歪めたみょうじの心に少しでも触れる為に、奏は躊躇いもなく指先を揃えた右手を爆豪の頭部に振り下ろした。

「こら」
「でっ!?」

ドス、と鈍い痛みが走ると、爆豪はみょうじから手を離し、代わりにグルンと勢いよく振り返ると怒りの矛先を奏に向けた。

「なっ、にしやがる奏テメゴラア!!!!!」
「うるさ。いやそれはこっちの台詞だよ。お前が何してんだよ」

正直な話、奏は最初、爆豪を止めるつもりはなかったのだ。

「お前の言ってることも間違ってはなかったから様子を見ようと思ってたけど……勝己」

はあ、とため息を一つ零し、その零した分の酸素を取り込んだ奏はスッと目を細めて爆豪を見据えた。一瞬、ピクリと爆豪の体が固まる。気のせいか辺りの気温が少し下がった気すらする。

「お前ね、人の物を爆破するなって何度言えばわかる?」

普段よりも低く落とされたトーンに、爆豪が声を荒げた時とはまた別の空気が辺りを包んだ。

「そもそも他人の物を故意に壊すのは器物損壊罪に当たるんだからな、おまけに女の子の顔を掴むってどういう了見だ。あ?」
「ぐぬっ……!!」

奏の正論に、爆豪は言い返すこともできずに悔しそうに唇を噛む。奏は眉を顰めてため息をついてからみょうじの方を見た。

「ごめんねみょうじさん。勝己が迷惑かけたね。ノートは弁償させるから」

奏が微笑んでそう言うと、みょうじは静かに首を横に振った。気にしなくていいと言う意味だろうかと、奏は僅かに首を傾げる。相変わらずみょうじの口は閉ざされたまま。ただ眉間に寄せられたしわが少し深くなった気がする。

奏は足を踏み出して、みょうじの前に立った。みょうじは眉を寄せたまま、訝しげに奏を見つめる。他のクラスメイト達も2人に視線を集めた。

「……悪いのは勝己だけど、勝己の言うことも否定はしきれないから、僕は黙って様子を見てようと思ったんだよ。けどやっぱり駄目だね。短気だからすぐ手を出そうとするんだ」
「あ゛ぁ!?奏てめえ!!」
「そういうところだろ」

奏は背後で声を荒げている爆豪の方を振り返らずに淡々と言い返す。奏は微笑みを絶やさない。みょうじの眉間のしわも消えない。

「勝己を宥めるのは疲れるんだ。できればこういうことは少ない方がいい。僕にとっても、みょうじさんにとっても」

奏の言葉に含まれた意味を感じ取ったのか、みょうじは目を伏せる。長い睫毛が下を向いた。

音が聴こえる。

微かな罪悪感の音がする。その音に隠れるように、深くで響続けるのは後悔と嫌悪の音だ。奏はその音を聴きながら、また口を開いた。

馴染む気がないなら、それでいい。喋りたくないなら、それでも。

面倒ごとは嫌いだから、手を貸すのは少なくしたい。けれども彼女の奏でる音はどこか自分のものと重なって、共鳴する。無視できない音が、ずっと聴こえていた。

「……みょうじさんが喋りたくないなら、僕はそれでも構わないよ。何か理由があるならなおさら、強要はしない。けど」

奏の言葉に、みょうじが伏せていた目を奏に向ける。奏は依然微笑んだまま、みょうじを見ていた。

「折角クラスメイトになれたんだから、できれば僕らは、みょうじさんと仲良くしたいと思ってるよ」

奏の言葉に、みょうじは僅かに目を見開いて、唇を微かに震わせた。けれどやっぱりそれが開くことはなく、困ったように視線を彷徨わせる。

「てめえまだ……!!」
「やめろ馬鹿」
「誰が馬鹿だクソが!!」
「ほんと短気だな……」

黙ったままのみょうじに再びキレかかろうとした爆豪を奏が制する。呆れたように息を零しながら、奏は首だけを動かして八百万の方を見た。

「八百万さん、悪いんだけど紙を作ってくれる?」
「えっ?あ……っ!はい!」
「ありがとう」

奏が微笑んで感謝を口にすると、八百万は得意げな笑顔を見せながら「お安い御用ですわ」と燃やされたメモ帳と似た物を創造してくれた。それがみょうじの手に渡る。彼女は少しの間逡巡して、それから意を決したようにペンを握り直した。

彼女がペンを走らせる音を聴きながら、奏はみょうじの言葉を待つ。


□■□


「なまえちゃーん!おはよー!」

麗日の明るい声が聞こえて、ああ彼女が登校してきたのかと悟る。

振り返り、視線を向ける先には麗日や蛙吹と朝の挨拶を筆談でするみょうじの姿があった。その姿に奏は薄く笑う。

「みょうじの様子はどうだ」
「!」

背後からぬっと静かに現れた男の声に、奏は顔を見ずとも後ろに立つのが相澤だとわかり、脱力感のあるため息を零して顔だけを振り返った。

「わかってて言ってますね」

振り返れば、相澤の覇気のない、充血した目と視線が交じる。どこかデジャビュを感じながら、奏は視線をみょうじへと向けた。

「見ての通りですよ。数日前に比べれば大分良くなりました」
「そうか」
「消太くんに言われなきゃ面倒なことしなくてもすんだのに……」
「ここでは先生と呼べ」

互いに視線を合わせないままのやりとりはいつも通り。聞こえてくる雑音も、誰かの足音や、心音も、当たり前のように奏の耳に届く。

みょうじはあれ以来ゆっくりとクラスメイトとの距離を縮めようとしているらしい。これも爆豪がキレたおかげか。たまにはいい働きをすると心の中で笑い、もしかしたら相澤からも何か言われていたのかもしれないと、今になって思う。

「他に気になることは」
「……」

短くそう聞かれて、奏は横目で相澤を見る。伸ばしたままの黒髪に、無精髭、くたびれた印象の強い風貌。

「……おっさんだよなあ……」
「何だって?」
「いえ何も」

ポツリと溢れた言葉は相澤にまで届かなかったようで、奏は誤魔化す。不意にこちらに向けられている音に気付いて、奏はその音の出所を探った。

心臓の跳ねる音がする。

それはある時から聴こえるようになった音だ。この音は決まった時に聴こえてくる。その可能性を考える度に、まさかなとは思う。けれどももしかしたらこの音も無視してはいけないのかもしれない。

無視してはいけないのかもしれないけれど、さすがにこれは自分の手に余る気がして、奏は仕方なく嘘をつく。

「いいえ、何も」

奏がそう言うと、相澤は「そうか」と頷いて、清掃の行き届いた廊下を進む。

音がする。
心臓の跳ねる音が。鼓動の高鳴る音が。
その音は相澤がいる時にだけ、みょうじから溢れてくる。

どこか熱っぽい目で相澤を見つめるみょうじの音を聴きながら、さてこれはどう対処するべきかと、奏は苦く笑った。


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