!「碧落に星」浅月さん宅夢主、五月雨天くんと共演させて頂いてます
あわせてはいけないものがある。
火と油、鰻と梅干、酸性薬品と塩素系薬品。言わば"混ぜるな危険"な存在達だ。力のあるもの同士があわされば、それは均衡が保てなくなり、爆発的な威力を生んで、第三者への被害が及ぶ。
合わせてはいけない物がある。
会わせてはいけない者がいる。
そんなあわせてはいけない者達を、自分が引き逢わせてしまった事に、剣城は酷く後悔していた。
***
事は10分前に遡る。
剣城は稲妻総合病院の敷地内を出た所で、壁に寄り掛かり携帯電話を弄っていた。
「あれ?剣城くん?」
「…?」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれて、携帯の画面から目を離して顔を上げると、そこには見知った顔があった。瞬間、無意識に剣城の眉間にしわが出来る。
「やっぱり剣城くんだ〜、そんな制服着てるのキミくらいだもんね〜」
あはは、と笑いながら歩み寄ってくる彼に、剣城はうんざりとした表情でパチンと携帯を閉じた。
「何の用だ……天」
「あは、せいかーい!よく僕だってわかったねぇ」
パチパチと手を叩きながら、天は剣城の前に立つ。天の言葉に苛つきながらも、剣城は逃げる様な事はしない。正確には出来ないのだが。
「馬鹿みたいに笑って俺を君づけするのはお前だろ」
「馬鹿って酷くない?」
そうは言いつつも天の笑顔が崩れる事はなく、その事に眉間のしわが深くなった。
落ち着いた群青色のパーカーに、白いTシャツ。蒼い髪と、空色の瞳。姉と瓜二つのその姿は、部内でも間違えられる事が日常茶飯事だが、剣城は最近、双子の見分けがつく様になっていた。
ポイントは表情と仕草で、基本的にへらへらしてるのが天。対して姉の空はほとんど表情が変わらない。
2人揃っていれば判断も簡単になるが、今の様に片割れだけだと、さっきの様に自分の呼び方で判断している。
「奇遇だね〜、何してるの?こんな所で」
「…そういうお前は」
笑う天を見下ろしながら質問に質問で返すと、天は不快そうな表情を見せる事もなく、手に持っていたビニール袋を持ち上げた。
「空に買い物頼まれちゃってさ、その帰り〜」
ガサリと音をたてた袋の中から、じゃがいもと豚肉が見えた。今日の夕飯の食材か何かだろうか。
「それで?剣城くんは?」
「俺は…」
「京ちゃんお待た〜……およ?」
剣城の声を遮って聞こえた声に、天と剣城は揃って顔を横に向ける。そこには雷門の女子制服を着た少女が立っていた。
背中まで伸びた金髪に、切り揃えた前髪。気の強そうに見えるつり目は、細いフレームの眼鏡の効果か知的な印象を与える。
「およよ、舞風さんじゃん」
少女―――みょうじなまえは、天を見るとそう言った。天は何と返事をするべきか考えているうちに、なまえとの距離が近くなっていく。そうして2人の視線が交わると、なまえは違和感を感じて首を傾げた。
何かがいつもと違う気がする。
ここにいるのは空の筈だが、雰囲気と言うかオーラと言うか、彼女を取り巻く空気が違っている気がした。
そんななまえを見兼ねてか、剣城が面倒に思いながらも口を開いた。
「なまえ、こいつは――…」
剣城が言い終わるのを待たずに、なまえは左手をゆっくりと伸ばす。そしてその手は…
ペタリ
と、躊躇う事なく、天の胸に真っ直ぐに伸びた。
「「!?!?」」
「あれ…ない。舞風さんは控えめながらも魅惑的なボディをしていた筈なのに…」
その行為に剣城は目を見開き、天も突然の事に、今まで崩れなかった笑顔を引き攣らせた。
一方でなまえは、顎に右手を添えながら顔色ひとつ変えずに天の胸に触れている。
ペタペタと天の胸を遠慮もなく触り続けるなまえの脳天に、剣城が手刀を下ろした。
「イテ、何すんの京ちゃん」
「それはこっちの台詞だ変態」
漸く天の胸からなまえは手を離し、後頭部をさする。剣城を見れば、蔑む様な目でなまえを見下ろしていた。
「だって京ちゃん、舞風さんのお胸がまな板になるなんて大事件じゃん。あ、もしかして京ちゃんも触りたかった?でもさすがにそれは犯罪――」
「黙れ」
再び剣城はなまえの頭に手を振り下ろした。ただし今度はグーで。「イテ」と本当に痛がっているのかわからない様な声と表情で言うなまえ。剣城の怒りのゲージが貯まる前に取り成した方がよさそうだと判断した天は、引き攣らせた頬を柔らかく上げて微笑んだ。
「まあまあ剣城くん、そのくらいにしておきなよ。―――みょうじなまえさん、だよね?」
「?」
蒼い瞳に自分を映し、微笑んだ天になまえは再度首を傾げる。天はにこりと微笑んで、自分の正体を告げた。
「――初めまして。空の弟の五月雨天です」
その言葉を聞いた時は、さすがのなまえも僅かに目を丸めた。
「どうぞよろしく」
穏やかに、まるでお手本の様に微笑む天に、なまえは暫し言葉を失った。
「おったまげた」
それが、なまえの第一声だった。
なまえの一言に、剣城はいきなり人の胸を触ると言う奇行に走ったこっちがおったまげたわ、と言う言葉を飲み込んで、代わりにため息を1つ溢す。
天がサッカー部で唯一の女子プレイヤーである舞風空の双子の弟だと聞くと、なまえは本当に驚いているのか怪しい声と表情で感想を漏らした。
以前、天が雷門に訪れた時になまえとは顔を会わせる機会がなかったのだ。なまえはサッカー部に所属していない為、当然と言えば当然だが。
「まあ空に間違えられるのはよくあるけど、あんな確認の仕方されたのは初めてだよ」
天はどこか固まった笑顔を見せて、なまえは悪びれた様子をなく「めんご」と口にする。
「キミの事は聞いてるよ。フィフスセクターでもレジスタンスでも有名人だ」
「マジすか」
自分の事なのにあまり興味のなさそうな声に、天はクスリと笑った。レジスタンスとしてフィフスセクターの内情を探っていた天は、シードのデータから雷門の選手データまで、ありとあらゆる事を把握している。
剣城京介の幼馴染み、最初に天が彼女の存在を知った時はそういう肩書きだった筈だが、それはすぐに上書きされた。
「剣城くんについてゴッドエデンまで行った挙げ句、化身まで発動させた女の子だろ?そりゃ話題になるよ」
「聞いた京ちゃん、私有名人だって」
なまえが剣城を見上げれば、剣城は相手にするのがめんどくさいのか、強引に話をすり替える。
「そんな事より、携帯は見つけたのか」
「うん、やっぱ病室にあったわ」
剣城となまえは学校帰りに、優一のお見舞いにと病院を訪れていた。帰ろうと病院を出た所で、なまえは携帯がない事に気付いて引き返したのだ。剣城が天を前にして無視したり、逃げ出そうとしなかったのは、なまえを待っていたからだった。
「荷物くらい確認しろよ」
「そんなにイライラすんなって京ちゃん、イケメンが台無しだぜ。あ、その中二病臭漂う制服のせいで既に手遅れか」
「ぶはっ!」
真顔で剣城をからかうなまえの言葉に、天が吹き出した。天は笑い声を漏らしながら喋る。
「ちゅ、中二病…!やっぱり剣城くんってそうだったんだね!」
「やっぱりってどういう意味だ」
「まだ中1なのにね。よっ、流行の最先端ボーイ」
「ぶはあっはっはっ!」
なまえが手を口元に添えながら剣城を苛立たせる言葉を投げると、更に天は笑い出した。段々と剣城の眉間のしわの本数が増えていく。
「お、お腹いた…!剣城くん、中二病は拗らせる前に治した方がいいよ」
「そうだぜ京ちゃん」
お腹を抱えながら笑っていた天は、剣城を見上げて無邪気なようで邪気のこもった笑顔を向けてそう言った。なまえも真顔で天の言葉に便乗すると、剣城は静かに両の拳を2人の頭に振り下ろした。
天となまえは同時に「イテ」と漏らすと、殴られた所を擦りながら剣城を見る。
「痛いなぁ、暴力はんたーい」
「京ちゃん最近暴力的じゃね?」
「安心しろ、お前らしか殴らない」
「いや、それ逆に問題だよ」
真面目な顔で天が抗議するが、剣城は聞こえないといった風に天の言葉を流した。
ただでさえなまえを相手にするのもめんどくさいのに、天が揃えば2倍3倍と更にめんどくさくなる。そんな剣城の心中も知らずに、2人は意気投合していた。
「みょうじさん面白いね。何だかキミとは気が合いそうな気がするよ」
「マジでか、同じ事考えてた」
―あ、これ最悪なパターンだ。
剣城がそう気付く頃には既に遅く、剣城は厄介な2人を会わせてしまったと思った。
「おっと、そろそろ帰らないと、空待たせてるんだった」
天は腕時計に視線を落としてそう呟いた。剣城はやっと解放されると、心の中で安堵する。
「じゃあ僕そろそろ行くね」
天はにこりと笑ってから、剣城の肩にポンと手を乗せて、新しい玩具を見付けた子供の様に、にんまりと口角を上げた。そしてゆっくりと、口を開く。
「またね―――京ちゃん?」
「っ…!?」
ひくり、と剣城の頬が引き攣って、天は殴られる前に距離を取った。
「あっはは!まったねーみょうじさん!」
「ばいばいきーん」
荷物を持ってない方の手を大きく振って、楽しそうに笑う天。なまえもヒラヒラと手を振り返して、遠くなっていく蒼髪を見つめた。
「いやー、面白かったわー、京ちゃんいいお友達持ったね」
「……」
「あれ?京ちゃん?おーい」
あわせてはいけないものがある。
火と油、鰻と梅干、酸性薬品と塩素系薬品。"混ぜるな危険"な存在達。
合わせてはいけない物がある。
会わせてはいけない者がいる。
幼馴染みと双子の片割れは、間違いなくあわせてはいけないものだった。
そんなあわせてはいけない者達を、自分が引き逢わせてしまった事に、剣城は酷く後悔した。
(京たん、生きてる?)
(うるせえ…)
(あ、生きてた)
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