!「碧落に星」浅月さん宅夢主、五月雨天くんと共演させて頂いてます
よく晴れた日曜日の午後、駅前のショッピングモールは大勢の人で賑わっていた。
家族連れや友達同士、恋人同士が目につく中で、剣城は1人でモール内を歩く。
モール内は程良い雑音で溢れている。足音、人の話し声、笑い声、アナウンス、時折子供の泣き声なんかも聞こえてくるが、平和と言っていい光景だろう。
ふと目をやると、小学生くらいの兄弟が一緒にアイスを食べていた。それはいつかの自分達を見ているようで思わず頬が緩んでしまう。そう言えばここのモールには評判のいいアイスクリームショップがあると誰かが言っていた気がする。興味もなく聞き流していたので誰が言っていたのか思い出せないが。
前を見ずにそんな事を考えていたせいか、トンと軽く、肩が当たった。
「すみません」
「いや、こちらこそ…」
当たった相手に声を掛け、相手もこちらを見る。
互いに相手の姿を目視すると、同時に「あ」と声を漏らした。
◇◆◇
「奇遇だな、剣城」
そう言って穏やかに微笑むのは神童だった。
ふわふわとした柔らかそうな髪を揺らす彼は私服姿だ。部活がないなら当然だが、私服で顔を合わせることなど滅多にないので何だか落ち着かない。
「1人か?」
「ええまあ…神童さんは?」
「俺も1人だ。この先の楽器店に用があってな」
楽器店は剣城にとって馴染みのない場所だったが、ピアノを嗜むという神童が言うなら納得で、なんなら優雅に楽譜なんかを捲る姿も想像出来る。
神童は剣城を見上げるとふと柔らかく笑い、剣城は首を傾げた。
「何だか休日に剣城と2人というのも変な感じだな」
「…そうですね」
こういう時はどうするのが正解なのか、普段は口が達者な幼馴染みや天馬達が頼まなくてもポンポン話題を振ってきたり強引に会話に入れてくるので自分から話題を探すのには慣れない。視線を彷徨わせていると、不意に視界の隅に見慣れた金髪が動いた気がした。
「!?」
「! ど、どうした剣城」
バッと勢いよく顔を横に向けると、ビクリと神童が肩を揺らしたのがわかった。しかし謝るより、事情を説明するよりも先にその存在が見間違いかどうかを確かめたかった。
人混みの中でもその金髪はよく目立ち、すぐにそこにいるのが彼女だと確信する。出来れば見間違いであって欲しいと切に願っていたのだが、願いは天に届かなかったようだ。
剣城は右手の親指と人差し指で眉間を揉む。その表情はまだ何もしていないのに疲れ切っていた。
「どうした剣城…ん、あれ?みょうじ?」
「はい、多分…」
「あれ?剣城1人で来たんだよな?」
「はい…多分…」
段々と語気に力のなくなっていく剣城を神童が心配そうに見る。それに気付かない剣城は深く長い、そして重たいため息を零した。
まさか尾行してきたわけじゃあるまいな。
そんな素っ頓狂なことが思い浮かぶ。普通ならすぐにありえないなと思考を振り払うところだが、それが幼馴染みの、みょうじなまえとなれば話は別だ。彼女なら自分のあとをつけるくらい普通にやるだろう。
「大丈夫か剣城…」
神童は剣城を心配しながら、なまえの方も気になるのか交互に目を向ける。それからあれ?と首を傾げた。
神童から見えるのはなまえの後ろ姿だ。誰かを、もしくは何かを探すようにキョロキョロと視線を忙しなく動かしている。そしてある箇所で視線を止めると、ひらひらと片手を振り出した。
「剣城、みょうじの他にも誰かいるみたいだぞ」
「誰かって…?」
神童の言葉に剣城も顔を上げ、なまえの視線の先にいるだろう人間を探す。なまえが向かう先にいる人間を見て、今度は神童が動揺する番だった。
「まっ…!!舞風!?」
「は?空?」
神童の口から出た名前に、剣城は目を凝らして人混みを見る。するとなまえの向かう先、見覚えのある寒色の髪が見えた。2人は合流すると並んでアイスクリームショップのある方へ歩き出す。
ここからじゃ顔がよく見えなかったが、果たして今のは空か?
「え?何でみょうじが舞風と…!?」
「いや…空がなまえと出掛けると思えませんけど…」
空となまえは互いに表情筋が固いが、中身は真逆だ。あの2人は揃っても微妙に噛み合わない会話をすることが多く、偶然ならともかく、約束をして休日に会うような間柄ではない筈だ。
となれば、
「空じゃなくて天の方じゃないですか…?」
「え?あ、五月雨か!」
「いや、ここからじゃわかりませんけど…」
あり得るなら姉より弟、五月雨天の方だろう。
ひょんなことから知り合った2人は何故だか気が合ってしまい、顔を合わせてはよく意味のわからないことで盛り上がり、2人揃えば剣城の心労が2倍どころか数倍に膨れ上がる。
剣城は神童と違いを見合うと、静かに2人の向かった方へと足を踏み出した。
****
パステルカラーの装飾で統一されたアイスクリームショップの外に置いてある木製のベンチに2人は並んで座っていた。
神童と剣城はベンチのすぐ後ろにある自販機の陰に隠れながら2人の様子を窺っている。
「…剣城、何で俺達は隠れてるんだ?」
「…あれが空ならともかく、天だった場合下手に声を掛けたら面倒なことになるからです」
まずは事実確認が優先である。なまえと天に散々おちょくられ、揶揄われてきた剣城はあの2人が揃うことをとことん嫌がるのだ。なまえが自分のあとをつけてきたわけではなさそうなことに心から安心したが、そもそもあれが空にしろ天にしろ、何故なまえと2人でいるのか。
2人でひょこりと自販機の影から頭を出す。周囲から見れば随分と滑稽な姿だろうが、今はそんなことを気にしていられない。
耳を澄ませば何とか2人の会話も聞き取れる。2人はそれぞれアイスの入ったカップとコーンを持っていて、それを小さなプラスチックのスプーンで掬い口に運ぶと、なまえがいつもの調子で頷きながら話し出す。
「美味なり」
「そうだねえ、来た甲斐があったねえ」
なまえの言葉に相槌を打ちながら、双子の片割れはにこやかに笑う。
「あれは…天ですね」
「そうだな」
剣城と神童は互いに頷きあった。もしも空ならあんなににこやかに笑わないし、あんなに柔らかい口調で話さないだろう。そうなれば今なまえの隣でアイスを食べているのは必然的に天になるのだ。
あれが天だとわかった時に、剣城はむやみに声を掛けなくてよかったと心底安心したし、まあ天ならなまえといてもおかしくないだろうと判断した。神童はややがっかりしたようだったが。
しかしあれは傍目に見ていると…
「…デート、に見えるな…」
神妙な顔と声で神童が言う。しかし剣城は淡々と、「俺には女子2人がアイスを食べてるようにしか見えません」と、天が聞いていたら嫌味の1つどころか3つ4つは飛んで来そうな言葉を吐いた。神童は苦笑いを零したが、事実周囲にも女子2人に見えているのだろう。近くにいる2人組の男子が天となまえをチラチラと見てはだらしなく笑っている。
「五月雨氏のそれは何味でござったか」
「僕のはねー、チーズケーキとダブルチョコレート」
2人は周囲からと自分達の視線にも気付かずに楽しそうに話している。その様子はやはりデートよりも女子会という言葉が似合う。剣城が自分のしていることが阿呆らしくなり、自販機に凭れ掛かろうとしたとき、
「一口食べる?」
「「!?!」」
天のその一言が聞こえて再び自販機の影から頭を出す形になった。
「つ、剣城…いいのかあれ…」
「いや、俺に言われても…」
「あの2人付き合ってないんだよな!?」
そんな浮ついた話があの2人にあるとは思えないが、この光景はそう勘違いされても仕方がないだろう。なまえはいつもの調子で「まじすかやったー」と表情に似合わない声を上げている。
天がアイスの乗ったコーンをなまえの方へ傾け、なまえが天に、正確にはアイスに顔を近づけていく。
神童と剣城がその様子をハラハラと見守っている中、2人の前に2人組の男子が立った。天となまえの動きが止まり、正面に立つ男子を見上げる。
それは先程から天となまえの様子を窺っていた2人組で、「時間があるなら自分達と回らないか」と声を掛けていた。早い話がナンパというやつだろう。
天となまえの関心を引こうと男子達は代わる代わる言葉を紡ぐがそれらは全く2人に響いていないようだった。そんな様子を見て、剣城が最初に思ったのは2人への心配でも危機感でもなくーーー
憐れな、の一言である。
女子の2人組なんて他にいくらでもいるだろうに何故よりにもよってそいつらを選んでしまったのか、剣城は遠くを見つめるような、可哀想なものを見る目で男子達を見る。
確かに見た目はいいかもしれないが、片方は表情と言葉のテンションが全く一致しない上に言動が全く読めない宇宙人のような奴だし、おまけに片方は男だ。当たりかハズレかで言えばあの2人は間違いなくハズレだと剣城は思う。
しかしそんなことも知らない男子2人組は笑みを浮かべたまま2人に声を掛け続ける。視線を下げて天となまえの様子を見てみれば、なまえは無言でアイスを食べ続けているし、天は露骨に顔を歪めていた。
女子に間違えられるのを嫌う天にとって男からのナンパなんて機嫌を損ねる要因でしかないのだろう、今に舌打ちの1つでも落としそうだった。
大事にならなければいいのだが、と剣城も神童も今は黙って成り行きを見守ることにした。
同じ歳くらいの男2人を前にして、天はすこぶる機嫌が悪かった。
なまえと2人で最近話題のアイスクリームショップに来てみれば、面倒な輩に絡まれた。
敵意などは感じないが、自分の性別を勘違いして声を掛けてくるあたり、天の中で底辺に位置する人間だ。
(くっそめんどくさいな…1人だったら適当にあしらうけど、みょうじさんもいるし…)
ちらりと横目でなまえを見れば、なまえはいつもの真顔でアイスを食べ続けている。自分のペースを崩さない辺り、さすがと言うかなんと言うか、思わずふと笑ってしまう。
天の零した笑みを自分達に向けたものだと勘違いした男の1人は、気を良くしたのか、もう一押しだと受け取ったのか、おもむろになまえへと手を伸ばした。
「!おいーー」
その手を制そうと立ち上がりかけた時、後ろから自分の肩に誰かの手が置かれた。そしてなまえに触れようとしていた男の手首を誰かが掴み、それを阻む。
「「!」」
これにはなまえも驚いたようで、僅かに目を丸め、自分の前に立った幼馴染みの背中を見上げていた。
「ーー俺達のツレに何か?」
颯爽と現れ、低い声で威圧感たっぷりにそう言ったのは剣城だった。振り返れば神童が厳しい顔つきで天の肩に手を置いている。
剣城が鋭く睨み付ければ、男達は震え上がりパッと手を引いた。それから相手がいるとは知らなかっただの何だのと言い訳と平謝りをして、そそくさとこの場を離れて行った。
男達が身を引くと、剣城と神童も安堵したように息を吐き、天となまえへと視線を落とす。
「おい、大丈夫か」
「2人とも何ともないか?」
剣城と神童が声を掛けるが、天もなまえもいまいちこの状況を呑み込めずにポカンと目を丸めていた。それから我に返った天が、「は?」と声を上げる。
「京ちゃんじゃん、ビビったぜ」
「神童先輩も…!何でいるんですか?」
天がベンチに座りなおすと、神童も剣城のとなりに立って苦笑いしながら頬を掻いた。まさか一部始終見ていたとは言えずに、剣城が「たまたま神童先輩と会ってたまたまお前らを見かけた」と説明しようとしたが、それよりも先に、なまえが何かに気付いたようにハッとして口を開く。
「京ちゃん…京ちゃんも一緒にアイス食べたかったんか」
「は?違ーー」
「え?そうなの?」
なまえの言葉に、剣城は眉を顰めて否定しようとしたがそれを天が遮った。それから2人揃ってどこか可哀想なものを見る目で剣城を映す。
「すまんな京ちゃん、気付いてあげられなくて申し訳ない」
「おい」
「このアイスあげようか?」
「いらねえ」
そんなやり取りをしているうちに、なまえと天の口元が緩んでいることに気付いた。そして剣城にとって最悪なパターンであることにも、同時に気付く。
「まさか京ちゃん、仲間はずれが寂しくて私のあとをつけて…!?」
「まじか剣城くん…素直に言えば拒んだりしないのに…」
2人が剣城を揶揄い始めている事に神童も気付き、ちらりと横目で剣城を見ると、これでもかという程深いしわが眉間に刻まれていた。
その様子を見て、剣城も苦労しているんだなと、内心同情したことは秘密である。
(でもまあ、助けてくれた時はかっこよかったぜ京ちゃん)
(そうだねえ、2人のおかげで余計なエネルギー使わずにすんだよね)
(次からは助けねえ)
(えっ、剣城くんまたつけるつもり…イタイ!)
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