!「碧落に星」浅月さん宅夢主、先崎要くんと共演させて頂いてます
伊那国島からやってきた稲森達が上京して、雷門中サッカー部としての活動が始まってから、早くも1週間が経とうとしていた。
各々が生活の変化に慣れ始めた頃、彼らにとってのさらなる変化と成り得る存在が雷門を訪れようとしていた。
「ファイヤーレモネード!!」
叫び声と共に剛陣がシュートを繰り出す。彼の言葉に日和が「トルネードですってば!」と声を上げるが、何度訂正しても彼は直そうとしない。
シュートはゴールに向かうかと思いきや、軌道を変えてカーブを描き、グラウンドの外へと出てしまう。
「ばっか、どこ狙って……!」
「あっ!?」
小僧丸と明日人がボールの行方を見る、先には1人の少年がいた。
「危ない!!」
明日人が叫ぶと同時にボールは彼の側頭部に直撃した。当たった少年の体はぐらりと揺れて、そのままふらふらと地面に倒れてしまう。
「うわーーーー!!大丈夫ですか!?」
「やばい、やばいですって剛陣先輩これ!」
「嘘だろ……俺、ついに人を……!」
「馬鹿言ってねーで早く来い!」
練習どころではなくなったサッカー部の面々は駆け出して被害者の元へ向かう。真っ先に駆け出した明日人は誰よりも先に少年の元へついて、膝をついて声を掛けた。
「すいません!大丈夫ですか!?」
「うぇ……星がチカチカしてる……」
少年は頭を押さえながらむくりと体を起こす。それを見たのりかが「まだ動かない方が」と慌てて制した。
「ああ……大丈夫大丈夫、慣れてるから。頭にサッカーボールくらうの」
「どんな慣れだよ……」
少年の言葉に万作が小声で突っ込み、少年が起き上がり意識もはっきりしていることに剛陣は胸に手を当てて安堵の息を吐く。キャプテンである道成が前に出て、眉を下げて改めて謝罪の言葉を口にした。
「本当にすみません。大丈夫ですか?」
少年は手から頭を離し、顔を上げる。前髪を十字の形にした2本のピンで留め、ツリ目がちの瞳は水に沈めたような深い緑色をしていて、くっきりとした二重瞼のせいか快活な印象を受ける。首からはストラップをつけたカメラをぶら下げている。彼の着ている落ち着いた緑色の制服は見覚えがあった、サッカー名門校、帝国学園のものだ。
彼が「よっこらせ」と言いながら立ち上がろうとするから、明日人は慌ててその体を支えようとする。支えなど必要ないほどに彼は力強く立ち上がったが、彼は明日人に笑って「ありがとう」と言った。それからジッと明日人の顔を見てくる。
「えっと……?」
「そのユニフォーム、君達が"今"の雷門?」
「え?」
彼の言葉を咄嗟には呑み込めず、聞き返すと「ちょっと」と涼やかな声が背後から聞こえた。サッカー部の面々が一斉に振り返ると、そこにはマネージャーを努めてくれているみょうじなまえが立っていた。
「あ、なまえさん」
「何を騒いでん──……あ?」
明日人達の向こうにいる人間の姿を垣間見た時、なまえは僅かに顔を顰め、それに気付いた上で、彼は対照的に笑みを深くした。
「元気そうだねえなまえさん」
「え?」
「……何しに来たわけ、先崎」
「ん?」
事態を呑み込めない明日人達は2人を交互に見る。2人の表情はどこまでも比例していて、ぽかりと開けた口はなかなか塞がらなかった。
***
「だからさあ、なまえさんに会いに来たんだよ。そろそろ寂しがってるかなーと思って?ほらなまえさん友達少ないからイタイ!」
「殴るぞ」
「もう殴ったよね!?」
戯れ合っている……とは言い難い2人の様子を、サッカー部の面々と合流したマネージャーのつくしと杏奈が見守る。
「あのなまえさんが揶揄われてる……」
「何者だあいつ……」
「なまえさん友達少ないんだ……」
愛想がなく、普段から声を大きくすることも、激しい表情の変化を見せることのないなまえが露骨に顔を顰める相手(しかも男)に、明日人達はひそひそと声を顰めて話し出す。
「あの……つくしさん」
「ん?」
「あの人誰なんですか?」
隣に立っていたつくしに、杏奈が声を顰めながら尋ねれば、その場にいる他のメンバーもつくしの方へと視線を集中させた。つくしは彼と面識があるようで、先程もにこやかな挨拶を交わしている。
「ああ、彼は先崎要くん!帝国学園の生徒で、鬼道くんの親友です!」
「えっ!鬼道さんの!?」
いつもと変わらない明るい笑顔でつくしがそう説明すると、明日人は目を丸めて声を大きくした。万作が声がでかいと明日人の口を横から塞げば、「ふぉふぇん」と輪郭のない言葉で謝罪し、解放される。
「で、なまえさんとはどういう……?」
「なまえちゃんと?うーん……」
つくしは立てた人差し指を頬に添えながら、宙へと視線を彷徨わせる。2人の関係を形容する言葉がなかなか見つからずにいるようだった。
「私も詳しいことはわからなくて、でも先崎くんは円堂くん達とも仲が良くて、よくサッカー部の見学に来てたの。なまえちゃんともそれで仲良くなったんじゃないかな」
「仲良く……?」
「あれって仲良いって言うのか……?」
奥入と道成が2人の様子を見ながら首を傾げる。その視線に気付いたのか、はたまた自分達が話題になっているとわかっていたのか、要は彼らと視線を合わせるとにこりと微笑んだ。それから向き直り、口を開く。
「自己紹介が遅れたね、帝国学園3年、先崎要です。ここにいるなまえさんとは相思相愛の仲です」
「えっ!?」
「堂々と嘘をつくな」
「え?嘘じゃないよね?」
「殴るぞ」
横から口を出すなまえを、要はカラカラと笑いながら受け流す。なまえを相手にあんなことができるとは、とサッカー部一同は唾を飲んだ。
「あ、俺達は……」
「知ってるよ」
道成が自分達もまだ自己紹介をしていないことに気付いて、名乗ろうとするのを他でもない要が遮った。細められた目は見透かすように明日人達を映していて、少し居心地の悪さを感じる。
「知ってる。伊那国島からサッカーする為に東京まで出て来たって言うサッカーチームなんだってね。凄い行動力だ」
にこやかな笑顔と、行動力の賞賛に、緊張で固まっていた明日人達の心が一気に解けていく。なまえだけが要の横顔を訝しげに見つめていた。
「はい!先崎さんは鬼道さんの親友なんですか!?あ、俺稲森明日人です!」
「稲森くん、よろしくね」
「はい!」
確かめるように名前をなぞる要に、明日人は顔を綻ばせて大きく頷く。鬼道の親友だという要に色々な話を聞いてみたいという思いが強く出て、声がつい大きくなる。
「親友ね、どうかな、悪友って表現の方が正しいと思うよ」
「あくゆう……」
「あ、もしかして彼円堂くんと同じタイプ?」
「かもしれない」
首を傾げる明日人を小さく指差しながら、なまえの方に顔を向ける要に明日人は更に首を傾げる。円堂と同じと言われるのは嬉しいが、何を同じと言われているのかわからなかった。氷浦の方を振り向けば、彼は苦笑いをして「後で教えるから」と囁いた。
「先崎、あんたどうせ帰れって言っても帰らないでしょ」
「何ですぐ帰らそうとするの!?帰らないけど!」
「練習の邪魔すんなよ、みんなは練習に戻って」
パタパタと追い払うようになまえが手を振れば、明日人は名残惜しそうに「はい……」と返事をして、他の面々もグラウンドに戻って行く。つくしと杏奈はドリンクの準備をしてくると立ち去って、グラウンド脇のベンチに残ったのはなまえと要だけになった。要はさも当然のようにベンチの空いたスペースに腰をおろす。
冬の名残の冷たい風が吹いた。木々が揺れる音がそこら中で鳴って、要もなまえも、グラウンドに目を向けたまま話し出す。
「あんたほんとに何しに来たの」
「え〜?だからなまえさんに会いに」
「そういうのいいから」
バッサリとなまえが斬り捨てると、要はくつくつと笑って「酷いなあ」と溢した。
「ま、新生雷門を見たかったってのもあるかな。そう言えば見たことない子がいたけど、新しいマネージャー?」
「ああ、神門さん。2年生で今の生徒会長」
なまえが答えると、要はパチリと瞬きをする。生徒会長、という言葉に引っ掛かりを覚えたのだ。
「え、あの子生徒会長なの?先代と違って可愛げのある子だったね」
「お前それ雷門さんが聞いたらキレてるから。まああの子も結構強気だけど……」
「そうなの?雷門の生徒会長は性格が悪くないとなれないの?」
「それは違うでしょ、多分」
2人の会話のリズムが少しずつ整い始めて、同時に環境が変わったことを強く知らしめる。こうして2人、グラウンドを眺めながら目を合わせることもなく話すことは何度もあった。あった筈だ。それなのに所々で感じる違和感が、2人の心を幾らか重くする。
聞こえてくる掛け声が違うことも、なまえがグラウンドを見守る理由が変わったことも、要の雷門を訪れる言い訳が変わったことも、それが変化のせいだと告げている。
円堂達、雷門イレブンが雷門を離れて季節がぐるりと回った。
互いに進級し、あった筈の存在を遠くに感じるようになった。
「でも意外だ。なまえさんが新しいサッカー部のマネージャーを引き受けるなんて」
「それは……円堂にも頼まれてるし、仕方なく」
「へえ、じゃあそれも円堂くんの?」
それ、と刺したのはなまえが羽織っている雷門中のジャージだ。なまえが着るよりかは少し大きいサイズで、袖もよれている。目敏い要はすぐに気付いた。
なまえは何も言わずに、ただ不貞腐れたような顔でジャージの襟を治す。それが何よりの肯定で、要は小さく笑う。
「てっきり、君は雷門のサッカー部が新しくなるのを嫌がるかと思ってた」
「は?」
「君が大事なのは"円堂くんや木野さん達のいるサッカー部"だと思ってたから」
そこで初めて、2人は引き寄せられるように互いの方へ顔を向けた。水中のような青い瞳と、そこに沈んだ柳のような深緑の瞳が交差する。
交わったのはほんの一瞬で、どちらからともなく目を逸らした。まるでそれが自然なことのように。
沈黙を埋めるように風が鳴る。なまえが靡く髪を押さえながら口を開く。
「……風丸は元気?」
風丸は元は陸上部のエースだったが、円堂の心とサッカーに魅せられてサッカー部のディフェンダーとして活躍していた選手だ。今はサッカー強化委員として要の通う帝国学園に赴いている。
恐らくなまえは何気ない世間話としてその話題を選んだのだろう。けれどただの世間話にするには、彼女の選択は間違っていた。
「風丸くんね、元気にしてる……と言いたいけど、どうかな、帝国のサッカー部も色々と渦巻いてるみたいだから」
「! ……ほんとなの、影山が戻ってきたって……」
要の言葉に含まれた意味を正しく理解したなまえは眉を寄せて要の方へ目を向けた。要は目を細めて笑っている。ニヒルな笑みは、よくないことが起きているとわかっているように見えた。
「理事長……元ってつけるのが正しいかな。影山零治は帝国に戻ってきたよ。風丸くんはあれを総帥って呼んでる」
「それって……!」
「まだ何も問題は起こしていないけど、これからはわからないねえ。フットボールフロンティアも始まったし。彼は責任感が強いから、取り込まれないか心配だ」
もう手遅れかもしれないけど、と続けた要の笑みは小さな子供のようで、装った無邪気さが彼にしてはわざとらしかった。
「……あんた、それをわかってて放っておいてるの」
声に、熱がこもる。トーンの変わったなまえの声に要は気付いていた。
「……鬼道が帝国からいなくなって、僕としては楽しみが減っていたからね。でもおかげで少し楽しくなりそうだよ」
「先崎……!」
なまえの中に確かな怒りが生まれる。それを向けられているのが自分だとわかっている。
「やっぱりわからないな」
要の声は淡々としていた。けれどよく通るその声は、追求するようでもあった。要の視線はグラウンドの明日人達に向けられる。
「彼ら、平々凡々なチームだねえ。雷門の名前を背負うには色々と足りてないんじゃないのかな。言ってみれば、円堂くん達がいないおかげでサッカーを続けられているチームだよ。それなのに君が何も言わずにマネージャーをやっているなんてさ」
「どういう風の吹き回し?」と続けた要の言葉に、他意はないようだった。純粋に答えを求めているその瞳に、翳りはない。
「……私は」
なまえはジャージの胸元に触れる。円堂に託されたジャージだ。一緒に彼の意思も託されたような気がした。それに気付かないフリができる程、なまえは器用ではなかった。
「私は確かに、円堂達のいるあの雷門が好きだったよ。あの古ぼけた部室に誰もいないのは、今も寂しく思う時がある」
声には確かに寂しさが滲んでいるようだった。けれどそれでもなお彼女の言葉には凛とした芯の強さがあって、要は思わず目を細める。要は時々、円堂が、鬼道が、なまえが、自分以外の誰かが、眩しくて仕方がない時がある。わけもわからないのに胸が鈍く痛む時がある。わからないのに、その度に自分が歪んでいることだけを理解してしまうから、静かに目を閉じた。
風はまだ冷たく、でも確かに春の匂いがして、芽吹く季節だと告げている。
「でも、円堂達が残したものを、あいつらが作った場所を、私も大事にしたいと思うから、私はここに立ってる。確かに稲森達は円堂達に比べればまだまだかもしれないけど、同じくらいにはサッカー馬鹿だよ。あいつらの築いた雷門は、今もまだ続いてる。私はそれを守りたい」
なまえの青い瞳が真っ直ぐに要に向けられる。要も静かに目を合わせた。強い瞳が、問う。
「あんたは違うの」
問い掛ける言葉の温度に、微かな期待が入り混じっている。そうだねと笑って要が頷くのを、なまえは無自覚にも期待していた。
要の唇は弧を描いて、「そう」と短く頷いた。
「やっぱりなまえさんはなまえさんだね。少し安心した」
そう言うと、要は立ち上がり「そろそろ帰るよ」と告げる。
「先崎」
「僕が今日来た理由の半分は新しいサッカー部がどんなのか見に来たんだけど、それはまた今度じっくりと見させてもらうことにするよ。雷門は僕にとっても特別だから。中途半端な奴らがその名を語るくらいなら誰もいない方がいい」
最後の言葉は冷めていた。冷静に紡がれた言葉だからこそ、強い意志を感じた。要は鞄を掴んで、「それからね」と切り出す。
「実はこれは鬼道にも言ったことがないんだけど」
「?」
要はなまえとの距離を詰める。唇をなまえの耳元に寄せて、唄うように囁いた。
「僕はね、影山零治が嫌いなんだよ」
その言葉に、なまえは目を剥く。パッと要の顔を見る為に距離を取ると、やはり要は笑っていた。不敵な笑みは、三日月を逆さにしたような目は、奥底に弱くとも確かに光を灯しているように見えた。
「あいつの思い通りにことが進むのは僕も面白くないから、安心していい、少なくとも雷門に危害は与えない」
「先崎……」
「でも鉄骨には注意してね」
「笑えないからやめろ」
表情のない笑みを浮かべて言う要に、なまえも真顔で返す。影山と鉄骨は本当に笑えない組み合わせであることを2人はよく知っているのだ。
毒気を抜かれたなまえは、首裏に手を当てて、疲れた表情で尋ねる。
「雷門はって……帝国の方は大丈夫なの」
言えば、要は宙に向かってカラカラと笑った。
「ははは、なまえさん、確かに鬼道が抜けたのは帝国にとって痛手だと思うよ。僕にとっても、ちょっと退屈になったのは事実だけど」
今度は要がその深い緑色の瞳を真っ直ぐになまえに向けた。不敵とも、自信とも取れる強い笑み。
「それでも影を断ち切ったのは間違いなく彼らだ。今更影に取り込まれるような奴らじゃない。それは風丸くんも一緒だと思うけど」
「……うん、そうだね」
ほんの少し口元を緩めたなまえに、要もふっと笑う。
「楽しくなりそうだって言うのも本音だけどね。新しい戦力もいるし……それは別に帝国のことだけじゃないよ。色んなものが渦巻いてるのは、帝国だけじゃないみたいだし……ちょっと面白そうな子を見つけたから暫く退屈しないで済みそうだ」
要に目をつけられるなんてとなまえは心から哀れんで顔も知らぬ誰かにそっと手を合わせる。
吹く風の向こうを見る要の横顔を見ながら、なまえは想う。
強化委員をきっかけに、自分の環境は変わって、やるせないことも、受け入れたいと思うことも、その逆も、色々あって、それを話したい相手が傍にいない寂しさは、何度もあったけど。
(あんたはいつも同じ場所にいる)
それが案外……本当に少しだけ、心を軽くすることもあって、なまえは余計なことを言いそうになる前に口を噤んだ。
同じ過去を語れる相手がいるのは、心強いから。
できれば要はあまり遠くに行かないようにと心の深い、自分でも認識できないような場所で、静かに願う。
「じゃあ、稲森くん達によろしく」
「ん……ねえ」
「ん?」
歩き出そうとした要の背中に声をかける。要はピタリと足を止めて上半身だけで振り返った。
「半分は稲森達を見に来たって、じゃああとの半分はなんだったの」
なまえが聞けば、要はパチクリと瞬きをした。それから真顔とも無表情とも言えないような顔をした後で、なまえさんに会いに来たんだよとまた笑った。
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