!「碧落に星」浅月さん宅夢主、先崎要くんと共演させて頂いてます




選手達の負担を減らす為、サポートする立場として、なまえは今日も奮闘していた。選手達のタイムスケジュールに合わせて、備品の準備や買い出し、食事や練習中のドリンク作り、日本代表選手のマネージャーにもなると忙しいもので、今日もなまえは忙しなく歩き回っていた。

それでも選手達が食事をしている間や、練習が終わる頃にはマネージャー業も落ち着いてくる。その時は夕食を終えて、選手もマネージャーも自由時間となっていた。各自限られた時間を自由に過ごし、明日の英気を養っている。星が夜空を彩り始めた頃に、なまえが食堂を横切ろうとすると、食堂の出入り口から中を覗く後ろ姿に気付いた。

やや癖のある灰色の長髪。一目で灰崎凌兵だとわかり、何をしているのだろうと首を傾げつつそっと背後から近寄って行く。
灰崎に気付かれぬまま、彼の背後に立ち、同じように扉の隙間から中を覗くと、要と鬼道の2人が見えた。2人は笑って何かを話している。

「声かけないの?」
「っ!?」

熱も勢いもない声で尋ねると、灰崎はビクリと大きく肩を揺らして勢いよく振り向いた。見開かれた赤い瞳には、驚きを色濃く映していて、悪いことをしたかなとなまえは灰崎を見上げた。

「おっ、まえ、いつから……っ!」
「ついさっきから、で、声かけないの?」

灰崎は何かを言いたそうに口と眉を忙しなく動かして、それから食堂の中の様子を確認した上で、二歩、三歩と食堂から離れた。なまえもそれに倣う。

「あいつらのどっちか、もしくは両方に用があったんじゃないの?」
「……」

ちらりと扉の方を見やってなまえが言うと、灰崎は眉間にしわを寄せて、目を細めた。なまえが目を逸らさずに灰崎の様子を見ていると、ふいと逃げるように顔を背けて、小さな声で「……掛けづらい」と言う。その言葉に、なまえはキョトンと僅かに目を丸めた。意外そうに灰崎を見る青色の瞳による居辛さに、灰崎は口を歪める。

なまえは後ろ歩きに数歩戻る。扉の隙間から見える2人は楽しげで、ここのところ難しい顔をしていた鬼道の表情も解れていた。別に普通に声を掛けてしまえばいいのではないかと思いつつも、それを口にすることはしなかった。

なんとなく、声が掛けづらいというのはわかる。
あの2人が一緒にいるところは普段からよく見るが、周囲に人がいるのといないのでは、2人を取り巻く空気が違う。普段よりもずっと穏やかな時間が流れているのだと、傍目にもわかる。その空気を感じ取ってか、灰崎も声を掛けることを躊躇っていたのだろう。しかしあの2人ならば、声を掛けても嫌な顔をしたりしないとは思うが、それは関係ないのだろう。あの空間に踏み入るのは、確かに勇気がいる。

「灰崎でも気まずいとか思うことあるんだ」
「あ?」
「いや、なんかちょっと意外で」

不服そうに顔を顰める灰崎に、なまえは小さく笑う。その顔を見て、灰崎は視線を彷徨わせた。それからたっぷりと時間を取って、小さな声で切り出す。

「あいつらには、俺の知らない時間がある」
「……?」

扉の方に目を向けて、灰崎は言った。
赤い目は少し寂しそうにも見える。

「当然だけどな。出会ってから、過ごした時間が違う。別に俺のいない時間を知りたいとも思わねえけど」

自嘲するような口振りでそう言って、憎らしく笑う。灰色の髪が揺れた。

灰崎の言葉を、なまえはすんなりと受け止めた。砂時計の砂が落ちて溜まっていくようなほど自然に。

わかると思ってしまったのは、余りにも安直かもしれない。
日陰を好んでいた彼女に陽の光を素晴らしさを教えたのは円堂と秋だった。彼らの力になりたくてサッカー部を陰ながら応援してきた。部には所属しなくても、誰よりもサッカー部に近い存在だった。

円堂と秋が強化委員として雷門を離れた時、なまえは雷門に残り2人が作った場所を守ることを選んだ。どれだけサッカー部の近くにいてもサッカー部という枠の中に入っていないなまえは、わかりたくてもわかれない時間や問題があって、強化委員として頑張っていた彼らの努力や苦しみも、全てを知ることはできないから。
疎外感と言うには大袈裟な、寂しいと言うには子供染みた感情を、きっと灰崎もなまえも持て余しているのだ。

円堂と秋も、鬼道も要も、なまえや灰崎に対して距離があるとは思ってないのだろう。こちらが一方的に感じているのだ。
共に過ごせなかった時間、互いを知らない時間、そんなものはあって当然なのに時折酷く煩わしく感じる。

だからこれからの時間を少しでも共有したいと強く思う。

「……ん、そうだね」

言うと、灰崎の赤い瞳がなまえに注がれた。
思ったよりも素直に、それでいて柔らかく出た言葉は灰崎の赤い目を丸めさせるには充分だった。

「……でも……これから、もっとあいつらと居たいと思うなら下手な遠慮なんていらないんじゃない?」
「……!」

なまえは薄っすらと微笑み、くるりと背を向けるとツカツカと歩き出した。灰崎が「おい――……?」と声をかける。それは聞こえないふりをして、なまえは扉に手を掛け、一切の躊躇なく開け放った。

「おい!?」
「先崎、鬼道」

勢いよく開け放たれた扉の音に、自分達の名前を呼ぶよく通るなまえの声に、鬼道と要はきょとりと扉を開けたなまえと、その隣に慌てた様子で立つ灰崎を見た。

「みょうじ……と、灰崎か」
「どしたの2人共」

振り返る鬼道に、首を傾げる要に、なまえは右手の親指を立てて、隣にいる灰崎を指す。

「灰崎があんたらに用があるって」
「ッ、テメエ……!」

灰崎は目を見開き、動揺しているのか紅瞳が揺れた。居づらそうな表情を鬼道と要に見せないように長い髪で隠して顔を背ける。鬼道と要は一度目を合わせた後に、きょとりとして、笑った。

「そうなの?じゃあこっちにおいでよ」
「ちょうどいい、次の試合に向けてお前にも聞いておきたいことがあった」

2人はまるで当然のように柔らかく笑った。その様子に、灰崎は面食らったようにまた目を丸め、ジリ、とほんの僅かに後ずさる。なまえが肘でつつくと、ハッとしたように灰崎は彼女の方を見た。なまえは顎でしゃくって中に入るように促すと、不機嫌そうに眉を寄せてどこかしかめ面で、灰崎は一歩を踏み出した。

その後ろ姿に、広がった輪に、なまえは薄く笑う。それから自分も足を入れ、3人の横を通過して台所へと足を進める。

「何か飲む?いれるけど」
「なまえさん優しいなあ、じゃあ僕は」
「あ、半端に残ってるお茶飲んじゃって」
「選択権はどこいったの?」

要は椅子がわりにいていたテーブルから降りて、「手伝うよ」となまえのあとを追う。なまえが冷蔵庫からお茶を取り出している間に、要はコップを用意した。

「なるほど、さっきからうろついてたのは灰崎くんだったか」
「なに、気付いてたの?」
「まあね」

お茶を手に、要の方を振り返る。要はいつもと同じ横顔で笑っていた。
コップは四つ用意されていた。然りげ無くなまえの居場所も確保しようとする要の行為は優しさなのか、気まぐれか、それとももっと別の感情からくるものなのか、なまえにはわからなかった。用意されたコップに、麦茶を注いでいく。隣に立つ要が、なまえにしか聞こえない声量で言う。

「随分こっちの様子を窺っているみたいだったから、一星くんかと思って警戒した」
「……なるほど」

一星充を、要も警戒している。それを知るには充分な一言だった。
トクトクと注がれる麦茶を見ながら、なまえは尋ねる。

「あんたは一星のことどう思ってるの」

鬼道もなまえも、一星のことを警戒している。疑っている。
鬼道とそんな話をしたのはまだ記憶に新しい。


『──だからそれは、俺たちの役目だ』


円堂が一星に狙われたこと、それでも円堂は一星を疑っていないこと、……信じていることを、鬼道は語った。仲間であれば、円堂はきっと誰だって信じ抜く。だからこそ、そんな彼だからこそ、疑うことを知らない彼が、傷つかないように、守れるように。

なまえは鬼道とのやりとりの続きを思い返す。

『先崎は、このこと……』
『要も知っている。あいつが居合わせてくれなかったら事態は大ごとになっていたし、チームに不安も与えただろう。要が一星についてどう思っているのかは……俺も、わからない』


あの「わからない」という言葉の先を、なまえは知りたかった。
警戒している、と言うからには要も一星に思うことはあるのだろう。この男は、そういう感情を隠すのが格段に上手いだけで。

優しい、透けた茶色の水面から目を離し、要の横顔に移す。
要は依然笑っていた。

「難しい質問だね」

そう言うわりには、要は楽しそうに笑ったままだった。その態度に、なまえは眉を顰める。
先崎要は一星充をどう見ているのだろうか。そんな事が気になったのは、人を見る上で、要は観察眼に優れているし、その分析は的確だ。それに、要ならば自分たちの知らない一星の一面を暴いているかもしれないという期待もあった。
だからなまえは「いいから答えろ」「早く言え」という言葉を飲み込んで、要の次に紡がれる回答を待った。「そうだな」と要は弧を描いたままの唇を開く。

「見ていて可哀想なくらい面白いよ」

そう言って、要はなまえと目を合わせた。
要の言葉の意味を考える。考えても、きっとそこに込められた意味を正しく理解はできないとわかっていた。要もそれ以上話す気はなかったのたろう。「お茶作っておかないとね」と言って麦茶のパックを取りに行く。なまえは麦茶を作るためのボトルに水を溜める。ジャー、と水が容器の底に当たって、段々と音を変えながら溜まっていくのを眺めながら、なまえは要の方を見ずに、けれど彼の背中に声をかける。

「先崎」
「ん?」
「もう一つ聞くけど」
「珍しいね、どうぞ」

これはついでみたいなものだ。決して、自分の気持ちを要にわかってほしいわけではない。共有したいわけでもない。ほんの気まぐれ、純粋な疑問。

「鬼道が星章に行ってる時、寂しいとか思ったことある?」
「え、ない」

即答。
間髪いれずに、まさに秒速で、要は答えた。なまえが要の方を見ると、要もなまえの方を見ながらキョトンとしていた。その様子に、なまえはまるで汚物でも見るかのように表情を歪めた。

「ええ?何その顔、なまえさんから聞いたのに」
「いや……あんたって……」
「ええ?いやだって僕2週間に一回くらいで星章行ってたし」

その言葉に、なまえは表情を忘れたようにポカリと要を見た。
まあ……星章はそんなに遠くないもんな、となまえは最初に思った。それからじわじわと、麦茶のパックを入れた水が少しずつその色を変えるようにじわじわと。
そうか、そうかなるほど、これだからこいつは、先崎要と言う男は。

灰崎に、なまえに出来ないことを簡単にやってのけてしまう。それはもう、悩むのが馬鹿馬鹿しくなるほどに。

「そりゃ〜円堂くんも木野さんもいなくなって友達も少ないなまえさんは寂しかっただろうけど」
「おいこら」
「だから僕だってなまえさんが寂しくないようにと思って面白くもない雷門に行ってたのに」
「呼んでねえわ」

要はわざとらしいため息をつきながらトレーに4つのコップを乗せて、食堂の方へ歩き出す。歩きながら「それで?」となまえを見た。

「なまえさんはまだ寂しいの?」

笑うその顔が憎たらしくて、なまえは強く、けれど強がりではなく、「そんなわけあるか」と返した。

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