!「碧落に星」浅月さん宅夢主、先崎要くんと共演させて頂いてます
朝晩はぐっと冷え込むようになり、季節の変わり目を感じ始めた。撮る被写体も段々と色数が減っていく。物寂しい景色の中で、黄色と青を基調としたユニフォームに身を包み、グラウンドを駆け回る少年達にピントを合わせながら、要はベンチに座るなまえに向けて口を開いた。
「僕にはね、全てが馬鹿らしく映っていたんだよ」
要は静かにそう言った。口元には薄く笑みを湛えている。なまえは一瞬、ちらりと目だけを動かして要の横顔を見た。笑うその目は、いつもよりも寂しげな気がする。
「父さんが死んでから……僕の世界は狭くなった。多分怖かったんだよね、誰かが死ぬ現実がさ」
要の声はとても静かで、落ち着いていた。グラウンドから聞こえる掛け声が遠く感じて、なまえはいつの間にか視線をグラウンドから要に移していた。
父が亡くなり、その突然の死は要の中の何かを壊した。漠然としていた死が、あの時確かな実感を伴って明確な形を成した。また唐突に、別れも言えない死が来るかもしれないと、人との繋がりをどこかで恐れていたのだろう。ただそれを理解するには、要は幼過ぎたし、意味のない笑顔を重ねていくうちに、そういう感覚が麻痺していたのかもしれないなと思う。
「……まあ早い話が僕は自分の目的の為に鬼道やなまえさんの大事なサッカー部を利用したわけで」
「喧嘩売ってんだろ」
「まさか〜」
カメラから顔を話して、要はケラケラと笑った。笑うその姿にいつものような胡散臭さは感じない。
「……馬鹿らしかったし、実際馬鹿だったよ。鬼道も円堂くんも、みんなもさ……」
要の視線の先に、鬼道と円堂がいる。眩しいものを見るように目を細めて、要は続ける。
「僕のことあっさり許しちゃってさあ……友達だとか言っちゃうんだよ。馬鹿だよねえ……」
絆も、信頼も友情も、要には意味のないもので、滑稽なものでしかなかった。いつかどこかで消えるものだろう、だから父はあんなにも寂しい最期を迎えたのだろう。だから人と人との繋がりなど、希薄で、曖昧で、そういうものだろう、そうではなければ駄目な筈だろうと、ずっとずっと思い続けてきた。
そう思っていなければ、とてもじゃないがやりきれなかった。
けれど最後に、要は自分が憎んできた、信じてこなかったそれに救われた。けっきょく一番馬鹿だったのは自分だったのだ。
利用してきたと告げても、鬼道は要を許しその手を掴んだ。円堂も同じくして笑って許した。いや、もしかしたら許したという意識すら彼らにはないのかもしれない。いっそ憎んで、許さないと罵ってくれたらいくらか楽だった。けれど彼らがそういう人間ではないことを、もう痛いくらいにわかっている。
そしてきっと、彼女もそうなのだろう。
「怒らないんだねえなまえさん。君の大事な円堂くんも利用してたのに」
「やっぱりお前喧嘩売ってんだろ」
要はなまえを振り返り、なまえは眉を寄せて要を見た。要は穏やかな目をして笑っている。けれどその笑みはいつもよりも歪で、苦しそうにも見えた。その笑顔に、なまえはこれまでの要を思い出す。
胡散臭くて鬱陶しくて、大事なことは何も言わない要。
でもきっと、そういう風でしか生きてこれなかったのだろうと、今になって思う。周囲がそういうものだと信じた、自分が求めた先崎要である為に、要はあの笑みを作り続けていたのだろう。
なまえは目を伏せて、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「別に……円堂達が納得してるなら私が口を出すことでもないし、先崎の言うことも、ちょっとわかるよ」
吹いた冷たい空風が、なまえの髪を攫って要の頬を撫でた。要の表情から笑みは消え、円堂や鬼道を見ていたのと同じ目で、なまえを見る。
「私も……円堂や秋ちゃんに助けられたことあるしさ……」
そう話すなまえを見つめながら、要はなまえを想う。
初めて会った時から、どこかで引っかかっていた。
淡白な物言いとは裏腹に、意外にも情に厚いなまえ。
最初は自分に似ていると思っていた。自分に似ているからこそ余計なちょっかいをかけて困らせたかった。君も僕と同じでしょうと言いたかった。
けれど違った。彼女は、なまえは、自分なんかよりもずっと強くて、綺麗だった。凛々しく、優しく強いなまえを、いつからか要はこれは汚してはいけないものだと思うようになった。自分と似ているようで全然違う彼女に、綺麗なままでいて欲しかった。
だからいつの間にか芽生えたこの感情には気付かぬふりをして、見えないふりをして、奥の奥へしまいこんできた。いつかこれも消えるだろうと思いながら。
「鬼道は僕を友達だって言う。僕も今はそう思ってる。けど僕は……誰かを大切に思うとか、そういうことがやっぱり、まだよくわからないんだよ」
奥へしまいこんだこの感情が、本当に"それ"であっているという自信もない。
「だから……誰かを好きになる、大切に想う資格があるのかさえも、わかんないんだよ」
この感情を抱くことは許されるのか。消えてくれれば楽だったこの感情は、胸の奥でも静かに焔を灯し続けていた。無視できないほどに育ってしまったそれを、いっそ殺してしまおうかとすら思う。だからこれは勝手な、最後の賭けだった。要はなまえを見る。逸らさずに真っ直ぐに。なまえも伏せていた目を要に向けて、青と深緑の瞳は確かに交じり合う。
「……別に、いいんじゃない?」
なまえの言葉に、要は息を呑む。遠く聞こえるグラウンドの声に、足元を掠める落ち葉が、まるで別の世界のことのようで。
「誰だってみんなさ、先崎が思ってるよりも、人を好きになるのって難しいことだと思うよ。円堂とかといるとわかんなくなるけど……多分、それが普通だよ」
その言葉を聞いて、要はほとんど無意識に口を開いていた。
「なまえさんも?」
「え?」
溢れた自分の声にハッとして、要は一瞬たじろぐ。何を言っているんだ自分はと、どれだけ余裕がないんだよと自分を恨む。様子を窺うようになまえを見れば、なまえは再び目を伏せて、考え込んでいるようだった。
「……まあ、そうかな」
眉を寄せながら出された答えに、要は胸の奥の焔が揺らめくのを感じた。
誰だって手探りで人との繋がりを探って、確かめているのかもしれない。なまえの答えを聞いて、彼女もそう思っているのなら、この殺そうとしていた感情は、まだ生かしておいていいのかもしれない。
そう思うと、自然と口元が緩んだ。
「……そっかあ……じゃあ、これからガンガンアピールしていかなきゃねえ」
要の言葉に、なまえは要にそういう相手がいるのかと内心驚き、いやいやいやと思考を打ち消す。ただ自分が相手のことを大切に想っていると伝えることを言っているのかもしれない。別に要は意中の相手がいるとは言ってないし、そもそもいても自分には関係ない筈だと言い聞かせ、自分は誰に言い訳をしてるんだと頭を抱えた。
「なまえさん?どしたの?頭でも痛いの?」
「ちょっと黙れ」
「え、急に酷くない?」
この馬鹿げた思考を振り払おうとしていると、ドリンクボトルを運ぶマネージャー達の姿が見えて、手伝おうとベンチから立ち上がる。動いていれば忘れるだろうと期待も込めて。ついでに要に嫌味の1つでも言っておこうと思い、要を振り返り口を開く。
「でも先崎の場合は相手に本気だって分からせる方が難しいんじゃない、胡散臭いから」
「……ふむ」
てっきり笑い飛ばされると思ったのに、予想外の反応で少し驚いたが、今はとにかくドリンクボトルのことだけを考えようと雑念を振り払う。「休憩時間ですよー!」と音無がグラウンドに向かって声を上げると、駆け回っていたサッカー部の面々が揃ってこちらに向かってくるのが視界の端に映った。「手伝うよ」と秋に声を掛けようとしたところで、後ろから名前を呼ばれる。
「なまえさん」
「なに――……」
振り返ると同時に、腕を軽く引かれた。気付いた瞬間には要の影に覆われていて、深緑の目が自分を見ていた。その目に映る自分があまりにも間の抜けた顔をしているなと思った時、頬に柔らかい何かが微かに触れる。
すべてが一瞬の出来事で、何をされたか理解するのには時間が必要だった。ただ、周囲の目が自分と要に向いているのはわかったし、彼等が物音1つたてない状況であることもわかった。
ゆっくりと離れた要はなまえを見ると、ふわりと笑う。今までに見せたことのないような柔らかな笑みで、なまえを見て言った。
「僕、なまえさんが好きみたいだよ」
その言葉の意味を理解する前に、マネージャー達の黄色い声とサッカー部の野太い叫び声が重なる。なまえは要の初めて見せた恐らく偽りのない笑みに、暫し言葉を失うばかりだった。
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