!あおいさん宅の黒猫夢主さんと、くのたま夢主のお話です。



 医務室の縁側の下で寝ていれば、保健委員会のおちびさんたちが今日も機嫌がわるいみたいだねと、ひそひそ声で話しながら廊下を歩いて行くのが、聞こえた。
 おやおや。雨の匂いがちょっとする。あんまり雲行き良くないのかな。そういえば善法寺くんが野草探しに行くって、一昨日同室の食満くんに話していたのを聞いたっけ。
 つむっていた目を片目だけ開ければ、西の空がどんよりしているのが見えた。
 そろそろ委員会も終わりかな。
 久々知くんが今日は早めに終わりになるかもって言ってた。じゃあちょっと早めに迎えに行こう。そうしたらお夕飯一緒に食べられるよね。
 前足を突っぱねて、大きく背を伸ばす。首を後ろ足でばりばりかいて、歩き出すと「ねこ?」と小さな呟き声が後ろから聞こえた。
 はいはい。なぁに? わたしにご用かな?
 くるりと首をちょこっと向ければ、忍たま4年生よりも少しくすませた紫色のくのたま制服に身を包んだ女の子と目が合った。
 その色合いはくのたま4年生かな。久々知くんと同学年だ。
 声を掛けられたからひと鳴きして、返事をしてみると、縁側にわざわざしゃがみ込んでくれた。見かけない顔の子だ。
 くのいち教室の敷地は罠だらけだから、自分から行くことは殆ど無い。
 たまに山本先生や顔見知りのくのたまが抱っこさせてとせがんでくるから、なすがままに抱っこされてお邪魔することはあるよ。だってほら、猫の可愛さや暖かさは、百も承知。
 指を伸ばされたので、鼻を近づけてご挨拶。
「……冷たい」
 そりゃあ健康ですから。猫の鼻はしめっているものさね。
 しゃがみ込んでくれたので、ちょっと勢いつけて、縁側へ跳んで上がり込む。
 保健委員会は忍たましかいなかったはずだから、けが人かな。医務室には必ず一人はいる常駐制。お当番の子がいるから誰かしらに対応してもらえるはずだけど。
 足に頭を擦り付けてみれば、縁側に足を下ろして座り込んでくれた。
「おいで」
 あら、いいの?
 女の子のお膝は柔らかいから好き。
 低学年の子たちに抱っこしてもらうのも好きだけど、小さいからちょっと不安定なんだよね。
 私を見下ろす眼差しは柔らかい。
 この学年ぐらいからくのたまは色々あるみたいだし、何か新野先生に相談に来たのかな。
 鼻をかすめるさび付いた匂いはしないから、月の障りでもなさそうだし。
 3年生で大多数のくのたまは自主退学でやめていってしまう中、残ってるってことはなにがしか事情があるか、何も考えてないかのどっちかだって、いつだったかくのたまの上級生が誰かに話をしているのを風の噂で耳に入ったのを覚えてる。
「やわらかいね」
 お、そうかい? 満足に食べさせてもらってるけど、背中がちょっと骨張ってるってこの間竹谷くんに言われたばかりなんだ。
 私の背中を撫でる手は優しい。けど、珍しいかな。ちょっとささくれ立ってる。
 くのたまはどんな小さな傷でも、徹底的に治すように、1年生の頃から授業出教えてもらうはずらしいけど、この子の手は結構がさついてて傷が残っている。
 最上級生にもなれば、指先はしっとり傷は殆ど見当たらない。それなのに武術は忍たまを負かすほど。
 去年、その子に手を出しに行ったおまぬけさんが、こてんぱんにやられたって、久々知くんが皆と話をしてたよ。
 でも、この子はそういうくのたまの雰囲気がしない。
 ここに馴染んでいるようで、馴染めてないような、なんとも不思議なくのたまさん。
「なぁあん」
「あなた、ここで暮らしてるの?」
 うん。久々知くんの長屋でお世話になってるよ。
「なんか慣れてる雰囲気ですね。もしかして長い?」
 もうなんだかんだ4年はここで生活してるねぇ。
 人間に戻れもしないし、元の家にも帰れもしないし。いったいどうしてここに来たのかもわからないや。
「……私はまだようやく1年と少し経ったぐらい」
 まるで独り言のよう。息を吐くように私に向かって呟いた。
 え、そうなの?
 それじゃああのくのたまさんたちの独特な雰囲気はないはずだよね。
 忍たまたちを前にしたときのにやりと笑ってケタケタ強かに笑って、蹴落としていくような雰囲気。
 いや、全員がそうだとは思わないけど。……去年が強烈だったのかな。
 思わず視線をさまよわせてしまったけど、気にならなかったみたい。
「ここは、生きづらい場所ですね」
 そうかい? 私は居心地いいけど。
 あーでも教室に居場所がないとか、そういうのだったら居づらいかも。
 頭巾をかぶってないからか、黒髪がさらさら風に流れた。久々知くんも綺麗な黒髪だけど、女の子特有というか細い髪質で、繊細って言葉が似合う。
 元気を出して欲しいなぁ。少し立ち上がって頭を押しつけて、顔をなめると「痛い」と密やかな笑い声が聞こえた。
 笑ってくれたなら良かった。
 まったく笑えない子もこの場所にはいるからね。
「にゃあん」
「……一歩踏み出せたばかりなんです。また、来てもいいですか?」
 もちろん。おいでおいで。私、お日様が気持ちがいいときは、医務室の前にいるときが多いの。
 あ、でも善法寺くんが薬草煮込んでない時ね。
 ぎゅっと抱きしめてくれた編入生のくのたまさん。上級生からの編入なんて、よっぽどの事情を抱えてそう。
 久々知くんとは全然違った柔らかくて細い身体が、温かくて柔らかくて、まるで猫みたいだった……。

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