深紅の色合いで出来た天鵞絨の絨毯はハーツラビュル寮では至る所にしかれており、見慣れた光景であるはずなのに、彼女がそこに佇んでいるというだけで、初めてみる景色に感じた。
普段はふたつに縛られたプラチナホワイトの青みがかった細い髪が、これまた細い青色のリボンで背中あたりでゆったりと括られ、むき出しの白磁の肩にかかる。
「エースくん」
ハスキーで女性らしい声色の彼女、なまえは呆然と佇むことしかできなかったエースに気が付き、髪と同色の瞳を細めて微笑んだ。
オフショルダーのドレスは白い花がデコルテラインを飾る。首飾りがないことでいっそうの清楚さが際立ち、耳たぶを飾る愛用のティアドロップが映えた。
「よ……用務員さん」
「ふふっ。赤くなっちゃって」
「いや、だって……そりゃあ赤くもなるでしょ。あんた綺麗だし」
「わっ。素直ですね。ありがとうございます。エースくんも、かっこいいですよ。おでこ出す姿なんて、これからあと何回見られますことやら」
瞼がわずかにきらきらと輝いて、じっくりとその顔を見てしまう。
「本当に綺麗なんだって! ってか、なに。何回見れるって……言ってくれればあんたになら何度だって見せてやるよ」
額に手をやれば、いつのまにやら上がっていた髪。来ている服も制服ではなく、なまえに合うようにデザインされた赤チェックのタキシード。
「……て、なんで俺こんな格好。それに用務員さん、あんただって」
「おかしなエースくんですね。というか、ほら『用務員さん』に戻ってますよ」
人差し指を立てて、エースの前に突きつける。
「どういうこと?」
立ち姿綺麗ななまえを、下から上まで眺めて首を傾げる。フィッシュテールのドレスはいつも隠れている足が惜しげもなく出されていて、目の毒だった。
困ったように後頭部に手をあてたエースに対し、きょとんとした顔をした彼女は声を上げて笑った。
「ちょっと!」
「やですねぇ。緊張しすぎて、頭がどうにかなっちゃったんですか?」
指先でツンとおでこを軽くひとつき。そのまま頬に手をあてがわれて視線を合わせられる。
「今日は、あなたと私の結婚式じゃありませんか」
添えられた指先は、目尻の赤いハートをなぞる。ややあってエースの仰天した声がホールに響いた。
「えっ、は!? はぁああああ!?」
「もう。バージンロードの先にいてくれなくちゃ、私怒っちゃいますからね」
「まってまって! 意味わかんねぇ! 俺まだあんたに」
「この期に及んでプロポーズしてないとか言わないですよね? 私はきっちり受け取っておりますとも」
胸に手を当て、幸せそうに笑みを浮かべられて、喉まで出かかった言葉が魚の骨のように引っかかった。
プロポーズどころか、告白もまだなんですけどぉおお!!
「でも、そっか。エースくんからは大切な言葉を頂きましたけど、私からはお伝えしてませんよね」
ひらりとゆれるドレスの裾をわずかに持ち上げ、頭をやや下げる。長い髪の毛が肩から落ちる瞬間がやけにゆっくりに見えた。
「私を貴方のお嫁さんにしてくれますか?」
ひゅっと喉から息が漏れた。ひときわ大きく鳴った音は己の身体から聞こえたもので、血管がちぎれたのかと錯覚した。
ゆるりと顔を上げ、上目遣いで「……なーんちゃって」と恥ずかし気に口元に手を当てる姿に、手が伸びた。
つかんだ手首はほっそりとしており、口は自然に名前を呼んだ。彼女の両瞼がゆっくりと下がり、柔らかそうなそこに自然に吸い寄せられた……。
「……っていう夢を見ていたわけね。はいはい、あー……あーそうですか」
なんていう都合の良い夢。
見慣れた寮の天井で、自室のベッドであることは一目瞭然。自分はパジャマ姿で、タキシードであるはずもなく、当然なまえの姿もない。
「なんつー夢見てんだか」
ベッドわきに座り、肩を落とす。これは恥ずかしい。恥ずかしいけれども、夢だ。誰に見られたわけでもない。
開けっ放しにしてしまったカーテンから差し込む陽射し。がしがしとセットされていない髪を乱雑にかいて、立ち上がった。
ハンガーにかけた制服に袖を通し、ネクタイを軽く締める。左胸には忘れずに赤い魔法石が付いたペンを差す。
部屋に備え付けられている鏡台の前に立った時、少しだけ前髪を上げてみた。
たまにはイメチェンしてみるか? 用務員さんはなんて言ってくれるだろう。
数十秒そうした後、夢に出てきた彼女の顔を思い浮かべて首を横に二度振った。「今日は前髪あげてるんですね!」と元気に言われるだけで感想なしという可能性もある。
それは避けたいところ。
せっかくなら夢でみたタキシードのようなめかしこんだ服を来た時にでも。
「おっし……!」
忘れ物なーしと部屋の中を軽く見て、数時間後に起きる事件のことなど想像もせず、景気よく今日も部屋を飛び出す。
階下の部屋で「フラミンゴの当番を忘れるとは、いい度胸がおありだね!」と今日も寮長が怒声が響いていた……。
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