「エースく〜ん?」
「……………」
「こんなところで寝てたら風邪引きますよ〜。いくら暖かいとはいえ」
「……………」
「……反応、なしかー」
天候、晴れ。若干の肌寒さはあるものの地に差す陽光は暖かい。時刻は昼休みを少し過ぎた頃。用務員としての仕事で中庭の隅にやってきたなまえは、気持ちよさげに猫のように丸まって眠る男子生徒を見つけた。背後からだったけれど、あの特徴的な髪色と腕にある寮を示すそれは赤だ。
きょろきょろと辺りを見渡して、いつも一緒にいる同級生と不思議な新入生を探しても見つからず、はて、と首を傾げる。近くに教科書や筆箱はなく、本当に昼寝をしに来たみたいだ。ぐっすり眠る顔を覗き込みながら声をかけるも、すっかり熟睡のエースは僅かな反応もせず、ただただいたずらに時間が過ぎていった。
「……幼い顔立ち……まだ16歳だもんね」
立派に声変わりをしようとも、メイクを施そうとも、まだこの世に生を受けて16年。親の庇護を受けなくてはならない年代だ。ナイトレイブンカレッジにいる間は教職員が守らなくてはならない、大事な未来の魔法士なのだ。
入学早々、魔法石をわざとでなくとも壊してあわや退学処分になりかけになったり、色々な寮の騒ぎを苦労しながら解決してみたり。その顔に似て行動力もバイタリティもあるエースは、どうしても校舎全般の用務員を請け負うなまえの目に留まる。それだけじゃなくて、人懐っこい性格と今どきの男子高校生らしく感情表現が豊かなエースとは、なにかと話をすることも多かった。
ーーと、そんなことを考えていれば、むずむずと眠っていたはずの体が微かに動いたのが見えた。
「エースくん? 起きました?」
視線を向けて声をかけるも、ぼんやりしているのか普段よりも無防備な表情が浮かんでいる。
「うーん……まだ寝ぼけてるか」
はたはたと眼前で手を左右に振ってみるが、特に何も変わらない。
まあまだ昼休みは残っているし、授業前には覚醒して教室に戻るだろうと自己完結して立ち上がろうとした、その瞬間。
「っわ!」
戻しかけた手が誰かに掴まれてしまった。誰か、なんてこの場にはなまえ以外にエースしかいない。恐る恐る視線を下げれば、ぽかんと間が抜けたような顔をするエースがいて、もう一度首を傾げる。
「………え? 用務員、さん?」
「はい。なんですか、エースくん」
「なんでここに……」
「ええっと、それより手を離してくれるとありがたいんですが」
「……え?」
眉を下げながらそう乞うと、エースはようやく自分の掴んだ手に意識がいったのか、二度三度なまえの顔と手を行き来しながら、次いで勢いよく離されてしまった。
「!? いや、これは……」
「ご家族の夢でも見てたんですか? それで、人肌恋しくなったりしたとか」
「………ごめん、ほんっっとごめんだからそれ以上何も言わないでくれ」
はーーー、と深くため息をついて前髪をぐしゃぐしゃと撫で付ける姿に苦笑をこぼしながら、今度こそ立ち上がる。そろそろいい時間だろうし、自分にも仕事がある。
「寝るのもいいですけど、場所は考えましょうね。風邪引いてしまったら勿体ないですし。じゃあ私、行きますね」
「おお、サンキュな」
まだ恥ずかしいのか覇気のない返事に少々心配になりながらも、用具箱を片手になまえは校舎内に戻っていく。それをじっと見つめる視線には、珍しく気づきもせずに。
「……あっぶね〜、……あのまま引き寄せるところだったわ。目覚めてよかったー……」
男子生徒のぼやきも届かず。
意識が覚醒した時に感じた柔らかな感触と、爽やかな香り。どうやっても男の自分が出せるようなものではないそれに、今も心臓が早く動いている。
日焼けしたから、陽光のせいだと言ってもごまかせないほどの頬の赤みが、男子生徒に生じていた。
つまり、エース・トラッポラもひとりの男だったという……そんな当たり前の事実が発生した、とある夏手前の日の出来事。
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