「雪さんだ〜やっほー!」
「うわ」
「つれなァい」

 ニコニコと笑いながら返した暁は、不快そうな雪を気にする様子もなく彼女の隣に腰を下ろした。それなりに古いものらしく、緋毛氈の掛かった縁台が僅かにぎしりと唸る。暁はそのまま振り返り、後方の店内にいた店主に「すみませーん、私もみたらし団子ひとつ!」と注文した。
 江戸内某所のとある甘味処。足繁く通うほど安価でもなく、早々手を出せないほど敷居が高いわけでもないそこに、雪は時折ふらりと訪れていた。どこぞの天然パーマのような甘党ではないが、彼女はこの店を好んでいる。味が良いのは勿論であったが、それなりに静かなこの空間は居心地が良かった。──今日みたいに、騒がしい人間に絡まれることさえなければ。

「最近だんだん寒くなってきたね〜。私はもうマフラー手放せないよ」
「おー」
「雪さん一人? だよね? 誰かと甘味屋デートするようなタイプじゃないもんねェ」
「おー」
「このお店初めてきたんだよね。雪さんと同じの頼んじゃったけど、他にオススメとかある?」
「おー」
「雪さんそれ一口ちょうだい」
「断る」
「お、ちゃんと聞いてた」

 けらころと笑う暁は至極愉快そうで、万年仏頂面の雪と並ぶとその差は際立つ。しかし暁は常に笑顔を、雪は真顔を崩さないところは、ある種似通ってもいた。
 少しして店主の女が注文を持ってきた。暁は寒さから袖に隠していた手をにょきりと出すと、親指と人差し指で串をつまんだ。もちりと丸い団子を、皿からぐいと引きはがす。きらきらと宝石のように光る大きな粒に、もぐりと食らいついた。

「ん〜おいひ」

 うっとりと満悦そうに目を細める暁。もちりもちりと楽しげに咀嚼している傍らで、雪も次の一口を含んだ。

「ほーいえば、最近呼んでくれないねェ」

 じと、と、重たげな瞼の下の翠眼がようやく動く。団子を頬張る横顔を寸刻見つめ、雪はようやくそれが何の話であるのか気付いた。

「常連みたいな言い方すんな。一回しか呼んだことねェよ」
「一回でも私に金落としてくれた人はみんな常連さ!」
「常連の意味しってる?」

 ぱっと花が咲くように笑いかけてくる暁は、その外見だけは無害そうな愛らしい少女だ。しかし花は花でも、有毒植物のような女であることを雪は知っていた。

「そもそも年がら年中薬師の世話ンなるなんてたまったもんじゃねーよ」
「いやいや、真選組の皆さんは年がら年中私の大事な金ヅル……常連さんだよ」

 巫女業の傍らで薬師も務める暁は、対テロ用警察組織である真選組とも顔馴染みの仲であった。

革命家・・・の皆さんも、毎度話題に事欠かないしね」

 そして彼女が幕府の組織と関わっている一方で、その彼らと決して相容れぬ存在に対しても商売をしていることを、雪は知っていた。細い綱の上に立っているような状態の暁は、その危うい日々を自身の平生として、当たり前に受け止めている。その博学な頭だけで、身を護るには心もとない細腕を補えるというのだろうか。

「……オメー、あんまあちこちフラフラしてっと、そのうち背中からブッスリやられんぞ」
「およ?」

 きょとり。暁の赤い双眸が丸められる。彼女の身を案じたつもりはなかったが、暁は雪のその言葉を幾度か反芻すると、嬉しそうに、それでいて楽しそうに口の端をつり上げた。

「心配してくれてるのか〜! 雪さんはやさしいなァ!」
「ほざけ」
「私は大丈夫だよ」

 暁は最後の団子を串から引き抜いた。雪より後から食べ始めたのに、いつの間にか逆転していたらしい。カラン。皿に串を放り、口元についていたたれをぺろりと舐めとりながら暁は椅子から立ち上がる。

「だって私死ぬつもり毛頭ないからねェ」

 振り返った顔には笑みが浮かべられていた。その言葉に込められた意味が本当に額面通りか、雪に推し量れる道理はない。暁は懐から財布を取り出しながら、「あ、それかさ」と軽い調子で続けた。

「心配なら、雪さん私の用心棒もやってよ」
「ビジネスの話ならな」
「え〜ケチ」

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