「よォトシ〜!」
スパーン! と勢いよく部屋の障子が開けられ、思わず眉間に皺が寄った。近藤さんだけに許していた「トシ」というあだ名で俺を馴れ馴れしく呼ぶ、ガキ特有の高い声。姿を確認しなくても誰だかわかる。集中力が霧散し、目の前の書類が途端に読み込めなくなった。どこか痛む頭を指先で押さえていると、ドンと背中に軽い衝撃が走る。
「トシまたタバコすってるの? やめたほうがいいよ。はいがグロテスクになるんだって」
「あーはいはいわァったよ……」
「つまらんよ。二点」
「いやダジャレじゃねーよ」
咥えていた煙草を、文机の端に置いていた灰皿にねじ込むようにして消した。別にコイツに言われたからじゃねェ、齢二桁もいってねェであろうガキの前で吸い続けるほど、人間性が腐っちゃいねェだけだ。
コイツ……なまえは俺の背中から顔を出して、総悟よりもでっけェ目ん玉で灰皿を見つめている。なまえはとっつァんの知り合いの娘で、稀にこうして屯所に預けられることがあった。男所帯の、しかも対テロ用組織に普通ガキ一人置いてくか? いやそんなこと言ったら天下の将軍様をキャバクラに連れてくとっつァんのほうがよっぽどヤベーけどな。
「おいおいトシ〜前よりタバコのかずふえてるじゃんかよ〜。そんなに口さびしいならコイビト作りなよ。キスでうめてもらえ」
「オイ誰だなまえに余計なこと教えた奴ァァ!!」
年齢にそぐわない発言が飛び出し、思わず誰にともなく叫んだ。コイツは妙に肝が据わってやがって、他の隊士らにも、ソイツが一見どんなに凶悪なツラしてても臆することなく絡みに行く。隊士らもなんだかんだこのガキを面白がっているのか可愛がっているのか、その度に構っていた。だから誰かにいらねェ知識を吹き込まれてることも、度々あった。ガキにクソみてェなこと教えてんじゃねェ全員切腹させんぞコラ。
「そうカリカリすんなよトシ〜」
「うるっせえお前が言うな! 大体俺ァ仕事中なんだよ、邪魔だオラあっち行ってろ」
「ちょっとそう音するくらいで注意力さんまんしてるなんて、オニのふくちょーの名がすたるぜ……うぎゃん!」
言うことを聞きそうにないなまえの首根っこを掴んで持ち上げる。猫のようにブラブラとするそいつをそのままに、部屋を出て局長室に向かった。俺が今向き合ってた書類は、元はデスクワークが苦手な近藤さんのそれをぶんどってきたモンだった。つまり、今近藤さんは俺より手が空いてるってわけだ。
「近藤さん」
「おう、トシになまえちゃん! どうした?」
「悪いが、しばらくコイツの面倒を頼む」
「やーだーーー! はなせー!」
「そうかそうか、ホラなまえちゃん、おじさんと一緒に……」
「トシがいーいー!!」
じたばたと騒ぐなまえを、近藤さんの前で下ろしてやる。俺なんかより、よほど近藤さんのほうがガキの扱いが上手かった。人間性がそもそも違うし、鬼だなんだ言われる俺の顔より、愛嬌あるゴリラ顔のほうがそりゃ親しみやすいに決まってら。
近藤さんは人の良い快活な笑みを浮かべて、不服そうに着物を直すなまえの頭を撫でようとする。だがその手を機敏に掻い潜り、俺の足元に戻ってきたかと思えば、今度はよじよじと木の幹相手のように登ってきやがったオイオイオイ何してんだ投げ飛ばされてーのかお前はよォ!!
「ガハハハハ! やっぱなまえちゃんはトシに一番懐いてるなァ〜!」
「そうだぜトシ〜! わたしね〜一番は小栗旬之助だけど、二番目にはトシ入れてやってんのよ!」
「そりゃ良かったじゃねーかトシ!」
「いやなんも嬉しくねーよ。つーか親父は入ってねーのかよ」
「おとーさんはね〜え、ゴキより手前かな」
「限りなく最下位じゃねーか!」
「おとーさんくさいししつこいんだもーん。あーあ、トシか小栗旬之助がわたしのおとーさんだったらいいのにな〜」
「オイオイ、親父が泣くぞ……」
言いたい放題、やりたい放題ななまえに妙な疲れが押し寄せる。こんなチビ一人、ひっぺがすのも訳なかったが、どうせ何度やったってまた纏わりついてくる未来は見えていた。こっちの苦労もしらねーでニコニコしやがって、これだからガキは嫌なんだ。
「トシはなんだかんだ総悟にも懐かれてるからなァ。他人を惹き付ける才覚があるんだろう」
「そりゃアンタのことだろ、近藤さん」
「ガハハ! 俺ァ仲間に恵まれてるだけだよ」
「おとーさんもね〜、こんどーさんのことたよりにしてるって」
「おお、そうかそうか! そりゃしっかり応えていかないとなァ!」
「そうか、じゃあ近藤さんあとはコイツのこと頼まァ」
「やだー! トシがいい〜! ねーこんどーさん!」
「ほらトシ、なまえちゃんもこう言ってるし」
「だーーーっ、たく……! オイ、俺ァあくまでも仕事中だ、お前のお守りしてやる暇なんざ本来ねェんだよ。次騒いだら今度こそ追い出すからな」
「いさいしょーち!」
ぴょんと俺から降りて、小せェ手で敬礼するなまえにため息が出る。一体何のために局長室に来たかわからねェじゃねーか。笑顔の近藤さんに見送られながら、俺はなまえを連れて仕方なく部屋を後にした。
「ったく……なんで俺なんざご所望なのかねェ」
隣で吹けもしない口笛を楽しそうに吹いてやがるなまえに、俺の呟きは届かなかったようだ。
なまえが初めて屯所に来た時から、何故かコイツは妙に俺に着いてきやがった。俺ァ子どもに好かれた試しがないだけに、余計になまえに懐かれている理由がわからない。
なまえは至極楽しそうに、嬉しそうに笑ってやがる。軽い足取りは、じきにスキップに転じそうだった。一体、俺といて何がそんなに面白いんだか。ガキの考えることってェのは本当にわからねェな。
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