「好きだ。俺と、付き合ってくれないか?」
「えっ……?と……え、あ……わ、私、あの………
――――ロン毛の男子はちょっと……ごめんなさい!!」
*
(我ながら恐ろしいほど最低な断り文句だった……)
いくらテンパっていたとはいえ、あれはないだろあれは。昨日の失態を思い浮かべては、申し訳なさと自分への嫌悪感と今日からいじめでも起きるのではないかという不安に苛まれた。
霧野蘭丸。去年同じクラスだった彼は、この学校の2年生の中でもかなり有名な男子だった。理由はまあ、かの有名なサッカー部の一軍だってこともあるとは思うけど、それよりも、あれ。
顔がとにかく美しかった。
整った輪郭に、鼻筋が通っていて、大きな瞳は長いまつげで縁取られている。肩より伸びた桃色の愛らしい髪の毛は、常に下の方で左右2つに束ねられていて。筋骨隆々というわけでもなく、声だって中性的なものだから、入学当初は男装の趣味がある女子だって噂もあったくらいだ。
そんな可憐な容姿を持っているというのに、先述の通りスポーツが得意で性格も男前(らしい)というのだから、ギャップに弱いたくさんの女子を虜にしているというわけである。
――そんな男なら誰もが羨むモテモテの彼に、私は昨日告白された。
未だに信じられない。どうしてあんな人気者の彼が、たいして目立つわけでもなく、顔も勉強も並で、自分で言うのもなんだけど、けっこう性格悪い私のことなんか好きになったのだろうか。皆目検討もつかない。誰かと間違えてない?ドッキリ?罰ゲーム?
考え出したらキリがない。それほどまでに、にわかに信じがたいことだった。というか、信じてない。あれは夢か幻か何かだったのだ。喪女拗らせすぎてとうとうイケメンモテ男くんに告白されるハッピーな幻覚を見てしまったに違いない。病院行こ。
ああ、でも。夢だったのならOKしておけば良かっだろうか。勿体ないことをしてしまったなあ。だが残念ながら、私の好みのタイプは彼とは(外見だけだと)正反対だったのだ。私はもっと男らしくて頼れる感じの人が好きで、ピンクのツインテールのロン毛さんなんて、ぶっちゃけると私にとっては「ありえな」かった。
なんて、霧野くんについて考えていた時だった。
「きゃああああ!!」
突如響いた悲鳴。……いや、悲鳴は悲鳴でも、例えばイケメン俳優に街で出くわした時のような。イケメン選手がシュートを決めた時のような。女子達の、黄色い声だ。
「えっそれどうしたの!」
「なんで切っちゃったの!?」
「ちょっ、通してくれないか?」
ああ、うるさいなぁ。私は昨日のこともあって、あまり眠れていないんだ。大きな音は、頭痛に響く。
少しでもそのきゃあきゃあした甲高い声を遮断したくて、私は顔を伏せた。その悲鳴の原因が、あろうことか私のところへ向かってきている事なんて、露知らずに。
「――みょうじ」
頭上から、聞き覚えのある声がした。
(え、は……え?)
ぴしり、と石化したかのように体が硬直する。やばい。やばいぞ。なんで、なんでこの人うちのクラスまで来たの!?は!?無理でしょ昨日の今日でしかもあんなん顔合わせるどころか同じ空間で呼吸することすら気まずいんだけど!?えっ!?無理!死ぬ!死んだほうが楽!え本当何文句言いに来たの!?ちょっとテメェ校舎裏まで出ろやァってやつ!?落ち着いてくれそんなことしたらきっと部活に支障を来すぞ!?アッそんなチクったりしたらお前今後の学校生活平穏に過ごせると思うなよってやつですねーーー!?
「みょうじ」
再び名前を呼ばれ、どっと汗が吹き出した。心拍数の上昇が著しい。息が苦しい。顔を伏せてるせいで余計に呼吸がしづらい。苦しい。苦しい。居たたまれない。辛い。苦しい。ああ、もうこれは、顔を上げるべきなのか?そうなのか?どうしても?
「おい、起きてんだろ、みょうじ」
「……はい、すみません起きてま……………は?」
観念して、怖々と顔を上げた。が、私の机の前にいたのは想像とは違う人物だった。
違う人物というか、違う外見だった。
外見というか、その髪型が予想し得ないものだった。
あまりに衝撃的で、とてもじゃないけど信じられなくて、思わず目を見張った。
「切ってきた。どうだ」
彼のツインテールが、消滅していた。
消滅というか、ショートヘアになっていた。
「え、えっ……え!?」
「お前の好みになれてるか?」
彼はドヤ顔と呼ぶに相応しい、自信たっぷりの顔でその肩より短くなった桃髪を触った。
―――えっ、ちょ、マジで髪切っちゃったよこの人!どうしよう私がロン毛死ねとか言ったから!?いやそこまで言ってないけども!!
「もう一度言うぞ。みょうじ、お前が好きだ。付き合ってくれるか?」
「……へあ、」
突然の二度目の告白に、間抜けな声が出た。彼の、先程とは一転した真剣な眼差しが、私をじっと見つめる。澄んだその翡翠色に、思わず息が詰まった。どくどくと、全身を忙しなく血が駆け巡るように、体温が上がって、熱くて仕方がない。霧野くんの頬も、少し赤らんでいて。それを冷ますように窓から吹いてきたそよ風が、彼の短い髪の毛をさわさわと揺らした。
好きな人のために髪を切るだなんて、そんなの漫画の中だけだと思っていた。仮にあったとしても、白々しくて、寒々しくて、されたほうなんて居たたまれないと思っていた。周りがからかうと思っていた。そんなのあまりに重いと思っていた。非現実的だと思っていた。私なんかとは、一生無縁だと思っていた。
でもそれは紛れもなく私に縁を結びつけた。現実に起こり得た。透明とさえ感じる爽快さを纏っていた。周りも彼に呑まれていた。私も、目も心も意識も、何もかも奪われていた。
だけど、こんな、こんなの、無理だって、いや、でも、どうしたら。
だって、私はあんなに馬鹿で最低で頭の悪い振り方をしてしまった。嫌われていたって可笑しくない。陰口叩かれたって、ふざけんなって罵られたって仕方がない。そのはずだったのに、彼はまだこんな私のことを好きだと言う。だから、今まで、少なくとも何かしらの拘りをもって大切に伸ばしてきたであろう長髪をばっさり切ってしまった。そしてまた会いに来た。諦めずに、ふて腐れることも、怒ることも、嫌うことも、忘れることもなく、私に会いに来た。
そんな彼に、私が何を言えというのだろう。どの面下げて、返事をすれば良いというのだろう。これを受けても、再び振っても、正解とは思えなくて。第一、何様のつもりなのだと。でも、それでも。私は心臓を掴まれたように、捕まれたように。その髪と同じ桃色に頬を染めた、唇をほんの少し噛み締めた、愚直なほどにこちらを見詰めている彼から目を離せないでいて。その根底にある感情を、無視することなんてできるわけもなくて。
正常に機能しない思考を無理矢理回して、ほとんど動かない口をどうにか動かして。くらくらと、倒れてしまいそうなほど熱い顔面と耳と、汗の滲む手と額と、怖いくらいに跳ねる心臓をすべて受けながら死物狂いで紡いだのは、こんな素敵な彼には似つかわしくない、至極普通で平凡でありふれたありきたりな言葉だった。
「あ……アドレス交換から、お願いします……」
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