「わかんなぁい、子どもだもん」



 どこか甘えたような舌足らずな発声。その声にそぐわぬポーカーフェイスを浮かべる彼女は、ぼうっとしていると言えばそうだが、本心でないと分かっているから渋い顔をせざるを得ない。よくもまあいけしゃあしゃあと……とはいえ、自分だってまるっきり同類ではあるのだが、アイツらに「なんだかオクターブが上がりましたね……」だとか「すげーロコツだな……」だとか指摘されるほどでないと自負している。その上、彼女は「大人の人は敬いなさいって、おかーさんによく言われてた」だとよ。いや、敬うって……まあ、そこまで振り切らねーとガキのフリなんてやってられないのかもしれねーな。それはちょっと分かるけどよ。



 生意気なガキがまた増えたと思った。うちに居候している坊主だとか、そのガキが仲良くしているあの騒がしい友人たちだとか。妙にマセたガキどもとおんなじだ。もちろん、あの博士のところに住んでいる、ひときわ物静かなガキもだ。まったく、いまどきのガキは一体どうなっている。平気で事件に首を突っ込んで、子どもの見るもんじゃねえと何度言っても聞きやしねェし。ガキはガキらしく、世の中の汚ぇもんには触れないでいいんだよ。なのにあの新顔ときたら、ガキの責務を忘れたように大人ぶってやがる。お前はガキだ。分かるまで、俺は何度でも言い聞かせる。



 可愛らしい子だと思う。私のことを「蘭おねえさん」と呼んでくれる姿に、ついついその頭を撫でたくなってしまうこともある。表情や立ち居振舞いはとてもクールだし、時折何を考えているのか推し量れないこともあるけど、彼女が私に紡ぐ言葉は素直だった。だけどそれ故に、たまにとても核心を突くような、心臓がドキリと浮くような発言をするから、そのたびに私は、彼女のことをまだまだ知らないのだと思わされる。



 雲のような子どもだ。大人びていると思えば、突然に子どもらしい言動を見せる。端的に言えば、掴み所がない。扱いにくいが、彼女はあの人の勤める喫茶店にしばしば顔を出すらしく、彼と親しいようだから無下にはできない。それに、あの人のあんな表情を見ることも珍しくて、それを引き出す彼女は貴重な存在だから。そのまま、何も知らない無垢な子どものまま、時が来るまでは彼と仲良くあればいいと、そして子どもらしく、薄情に、時が来たら忘れてくれればいいと。自分は大人だから、勝手にそんなことを思うわけだ。



 一人で喫茶店に来るような、そしてコーヒーを頼むような、とても年不相応に大人びた子だった。その聡明さと落ち着きたるや、まるで大人だ。さすがは彼のお友達だ、と。最初はそれだけだった。強いて言えば、と、ひとつ思うこともあったが、いやいや、まったく似ても似つかない。彼女は話してみると思いのほか素直で、可愛らしいただの子どもだ。そう考えて以来、そんなふうに記憶の端をつつかれることはとんとなくなった。彼女は店のお得意様で、なんだか話がよく弾んで、僕のケーキであの硬い表情をほころばせる、ただの小学一年生の女の子。
 それで、いい。

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