!「碧落に星」浅月さん宅夢主、先崎要くんと共演させて頂いてます
そこはなにもなかった。
真っ白な壁、床、天井に、少年と少女が1人ずつ。2人は鍵のかかった扉の前、目の前に掲げられた文字に、一方はいつもと変わらぬ、何も考えていなさそうな、或いは何を考えているのかわからない標準装備の笑顔を浮かべ、一方は呆れたような、或いは蔑むように顔を顰めていた。
【要となまえが大笑いしないと出られない部屋】
「わあ〜、僕これ2回目なんだけど。なまえさんは?」
「数えたくもないわ」
要は掲げられた文字を指差して隣に立つなまえを見る。なまえは文字を睨みつけたまま、忌々しげに答えた。
最近、要やなまえをはじめとするイナズマジャパンのメンバーが同じような部屋に閉じ込められる事件が多発している。指定された条件をクリアすればすぐ扉が開き、条件そのものが難しくないことから、被害者の面々は条件を満たすことでことなきを得てきた。
以前、鬼道と共にこの部屋に閉じ込められた要も、時間はかかったが条件をクリアして部屋を出た。今回も危険を感じるような内容ではなく、要は特に危機感も感じずに口を開いた。
「いや〜どうする?これ、僕は正直この状況だけで笑えそうなんだけど」
「ちっとも笑えない」
なまえはこの部屋に嫌な記憶でもあるのか、眉間に深いしわを刻んだまま、それが晴れることはない。
「じゃあどうする?誰か外から助けてくれるの待つ?」
「決まってんでしょ」
尋ねる要に背を向けるようになまえは鍵のかかった扉に近付いていく。それから服の袖をまくり、拳を握った。
「ぶっ壊す」
「わあ〜!発想がゴリラ的ぃ!」
要が言うと、なまえはこれでもかと言うほど眉間にシワを寄せて要を睨む。要はへらりへらりと笑ったまま、「ごめんごめん」と平謝りをする。
「いやごめんって、だってまさかそんなゴリ……物理的な方法を取るなんて思わなかったからさ」
「おいゴリラって言いかけたのわかってんぞ」
「もうちょっと冷静にいこうよ。何を焦ってるのさ」
「っ……」
要の瞳に確信が光る。なまえの焦りを、見透かしている。なまえは居心地が悪そうに口を閉ざした。青い瞳は、要を貫かん勢いだが今更そんなものが要に通用しないともわかっている。
「……アンタは」
「うん?」
「心配じゃないわけ、他のみんなのこと」
その一言に、要はパチリと瞬きをした。それから、目の前で目を逸らしながら苦く顔を歪めるなまえの焦りを理解する。
「……なるほど、円堂くんや木野さんが僕らと同じように巻き込まれてないから心配なわけね」
「……別に2人だけじゃないけど」
「はいはい、他のみんなもね。なるほどね」
要は鼻から息を吐き、体の力を抜いた。
「他のみんなを助けるためには自分がここから出なきゃだもんね」
言葉を連ねていくうちになまえの目が逸れていく。全て図星だなと思いながら、要は掲げられた文字を見上げた。
はてさてどうしたものか。笑えと言うのなら笑えるものを提供して欲しいものだと、要は嘲るように唇を歪ませた。
笑えと言われれば、自分は笑える。けれどなまえは自分の感情に嘘をついて面に出すことはきっと得意じゃないのだろうなと思う。
いやはや、困った困った――と、頭の後ろで手を組んだ時だった。ガンっと鈍い音が室内に響いて、ん?と顔を音の方に向けるとなまえがドアノブを壊しに掛かっていた。
「ちょっとちょっと、なまえさん?目を離した隙にさあ……野生的過ぎるでしょ」
「まじでここから出たら覚えとけよ」
なまえは肩越しに要を睨みつけ、その眼光の鋭さに、要は両手を顔の横に上げて降参のポーズを取る。
なまえは握った拳でドアノブを殴り、時折確かめるようにガチャガチャと乱暴に回したりしているが、開きはしない。
けれど扉に傷がついているのは要からも見えた。
「その扉物理的に壊せるんだねえ」
「前に秋ちゃんと閉じ込められた時もぶっ壊した」
「経験済み……その時のお題は?」
「チッ……」
「なるほどなるほど、なまえさんの琴線に触れるような内容だったんだね」
にこやかな笑みを作りながらそう言えば、なまえはギロリと要を再度睨みつけた。要は気付かないフリをして、扉を観察する。なまえが過去に壊して脱出した経験があるのなら、この扉を内側から破壊できる可能性は十分にある。現に今何度かなまえが衝撃を与えたことで扉に傷がついている。
要が思案している間に、なまえは扉の破壊行為を再開した。
ガン、ガンっ、ガツン――、破壊音は正直に言えば聞いていて気持ちの良いものではない。要は目を眇めながらなまえの後ろ姿を見た。
傷がついているとはいえ、扉はそれなりの強度のようだ。それを素手で壊そうというのだから、当然壊す側にも負担がある。なまえは手を止める様子がない。どことなく焦っているような必死さがあって、要は深いため息をこぼしながら左手で後頭部を掻いた。
そっとなまえに近付いて、背後からその手を取った。
「はいストップ」
「あ?」
要よりも幾らか小さく細い手を握る。こんな手でよくもまあ扉を壊したものだと、呆れ半分感心半分で、要は今度は短くため息をついた。
ポケットからハンカチを取り出して、器用になまえの手を包んでいく。
「おい」
「いや〜なまえさんの勇ましさには感心するけどさあ、やり方がよくないよね。なんですぐ拳で解決しようとするかな」
「先にお前の頭を砕いてやろうか」
「怖っ!そういうとこだよ!」
なまえの手は要の予想通り赤くなっていて、これは内出血は逃れられないだろうなと思う。下手をすれば打撲傷になるだろう。顔で力一杯に嫌悪感を表すなまえに、要は口角が上がるのを感じた。表情のわりに、ハンカチを享受するところが可愛らしいなと思う。
「これで脱出したとしてさ〜、円堂くんや木野さんも無事だったとして、僕の面目丸潰れだよね。女の子に怪我させて一人だけ無傷だったらさ。鬼道にも嫌な顔されるだろうし」
「潰れるような面目ないでしょ」
「厳しいなあ」
キュ、と背後にハンカチの端を結び合わせる。ペールグリーンのハンカチはこのままなまえにあげてしまってもいいかと思っているが、彼女のことだから律儀に洗って返しそうだなと思った。なまえは眉を寄せた不服そうに応急処置を施された手を見る。そっと肩を押して、なまえを扉の前から離す。
「はいじゃあ選手交代」
「は?」
「う〜ん」
要は扉に耳を寄せて、コンコンと丸めた手の甲で叩いてみる。音は軽い。そんなに厚い扉ではないようで安心した。
なまえが壊そうとしていたドアノブ付近にはへこみや傷がある。ドアノブを回してみると、扉は開かないものの、感触からドアノブ自体が扉から外れそうになっているのはわかった。
よしよし、これならなんとかなるかもしれない。
要は扉を見ながら、距離を測るように二歩三歩と下がっていく。
「ちょっと?」
「まあ単純にさ、ただ大きい力を加えるだけなら手よりも」
グッ、と要が僅かに膝を曲げて姿勢を低くした。身を捻り、左足を軸にして、身を捻る。全身の動きは滑らかで、力が上がった右足へ流れていくのが、なまえにも見てわかった。
捻った勢いを右足へ乗せて、踵からドアノブの側面へと蹴り付けた。
バキッ、と今までにない音が室内に響く。見ると、ドアノブが扉からほとんど外れている。
「足の方がいいよね」
要がいつもの調子で言うと、「もういっちょ」と続けて、今度は扉の面を思い切り蹴り付けた。バキバキッと木が割れるような音がして、ギィィと重い音とともにゆっくりと扉が開いた。
唖然とした表情で、なまえが壊れた扉と要の背中を見る。
くるりと半身を捻り、要がなまえの方を振り返った。いつもの飄々とした、へらりとした笑みを浮かべている。
「ね?」
「……アンタも結局物理じゃん」
なまえの口元が引き攣って口角が上がり、不覚にも要につられたようになまえの表情も笑ったように見えた。
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