自分のことが、あまり好きではない。
やさしい人になれない。頑張り屋になれない。特別賢いわけでも、運動ができるわけでもない。家族にだって、関係が悪いわけではないけど別段期待もされない。将来の夢だって、小さい頃に花屋さんとか言ってたくらいで、これまで大した目標も掲げずに、漠然と漫然と生きてきた、贅沢者の愚か者。
周りにはすごい人がたくさんいた。高校に入ってからは、そういういわゆる「才能」が、特に顕著だったような気がする。頭のいい人。スポーツ万能な人。足がとても早い人や、無限の体力を持ったような人。裁縫がすごく上手くて早くて、私のブレザーの袖のボタンが取れかかっていた時に、ものの五秒で直してくれた子もいる。
同じクラスの石神千空くんは、その中でも一等「すごい人」だった。新入生総代。前例を打ち破る破天荒な挨拶。あれは全校生徒が、石神千空という人をその人生の一部に鮮烈に焼き付けられたと思う。もちろん、私も。
石神くんは頭が良かった。どのテストもいつも満点、あるいはそれ以上とかいう聞いたこともない点数を叩き出して周りから持て囃されていたし、授業中の先生のミスだって指摘できちゃうくらい、常に先を行く人だった。いつもなんかよくわからない本を持っていたし、科学部では一年生ながら部長にまでなったと聞く。運動は……私よりも苦手みたいで、体育ではヘロッヘロになっていた。最初はなんでもできる人だと思っていたから結構意外で、ちょっと、可愛いななんて思ったりした。
私が特別意識していなくても、クラスメイトであること以外全く接点や関わりやなくても、それでも日々話題が耳に入ってくるくらい彼は有名人で、目立つ人だった。
『よォ、みょうじ』
──石神くんはきっと、とてもやさしい人なんだと思う。
人類を助けるためなんて言ってるけど、彼は、彼らはむしろ、自分達が助けてほしくて人を復活させているんだ。人手が足りないから。協力してほしいから。
それを咎めたいわけではないけど、ただ、石神くんはきっと、復活させた相手に協力を拒まれることは、想定していない。恨まれたり、嫌われたりすることを考えていない。それは、もし石神くんが起こされた側だったとしても、起こした人を恨んだり嫌ったりしないということ。それを当たり前だと思っていること。それは、とてもやさしいということ。義心に溢れているということ。
私は駄目だ。私は、起こしてほしくなんてなかった。こんな、何もない世界で。ささやかな生きる楽しみさえ、見つけられそうにない過酷な石の世界で。赤の他人を呼び起こすために、つらい思いをして頑張れる自信がない。そんなに私は、人間ができていない。
そもそも、3700年なんていう途方もない時が経った自覚さえないのだ。石になっている間、痛みも苦しも、意識もなくて、私は、ちっとも不幸なんかじゃなかった。起こされて、そう思う人は、たぶんきっと、私だけじゃない。
ただでさえ、これまで生きることをそんなに楽しめてはいなかった。ただ惰性で学校に行って、なんとなく友達と話したりして、テストの勉強をしたり、少し趣味のことをしたり。それだけ。例えばある日突然、交通事故で死んでしまったって、構わないとさえ思っていた。
なのに、私だけ。家族も友達も見つからない中、何もできない、ただの凡人以下の私を。
『テメーの力が必要だ。手ぇ貸してくれ』
なんで私を覚えていたんだろう。彼にとって、私なんて目立ちもしない、意識にも入らない、ただの教室の端役の一人。そうだったはずでしょ? それなのに、私の名前を、覚えてくれていたから。そんなふうに、何にもできないと思っていた私を、見てくれていたから。私の力なんかを、必要としてくれるから。私は、そんなふうに言われちゃ、断ることなんてできない。断り方を知らない。差し出された手を、払いのけることなんて、できやしない。
石神くんは、やさしくて、とても酷い人だ。それでいて、誰よりも頭がいいくせに、人の機微にもたぶん、聡いくせに、私の気持ちなんて、私が彼の言葉にどれほどの気持ちを抱えたかなんて、知りもしないんだ。
私は、誰かに必要とされたかった心を、石神くんに人質にされている。
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