雪が降った。
修了式を控えた3月。冬に比べて随分と暖かくなってきたと思っていたのに、あたり一面真っ白に染まっていて。同じように吐いた息も白く、寒々しかった。まったく、随分前にタンスにしまったネックウォーマーを、再び引っ張り出す羽目になるとは。
ブツクサ文句を垂れつつ、ふと視線をずらせばどこかの玄関先に小ぶりの雪だるまが見えた。そういえば、子供の頃はたまに作ったりしていたが、今となっちゃ暇さえあればサッカーの生活で、数年雪遊びなんてしていない。
俺は少し進路をずらして道路わきに寄ると、少し屈んで真っ白なそれをすくい取ってみた。
(冷てぇ)
手の体温でじわりじわりと溶けていく雪は、少しずつ水滴となって指の隙間から滴り落ちる。思わず手をぶんぶんと振り回し、水を飛ばした。
目の前の雪は、土も混ざってなく、誰かに踏まれた形跡もない。ただただ真っ白で、なめらかに降り積もっていた。
ほんの出来心だった。その場にしゃがみ込んだ俺は、両手を柔らかな雪に突っ込むと、適量を掬い上げおにぎりを作るようにそれを丸く固めていく。いや、おにぎりと言えば三角形だが、生憎料理なんてする習慣のない俺は丸いそれしか作れなかった。マネージャーの山菜や空野が作る綺麗な三角形のおにぎりは、流石女子だな、と実は心の中でいつも感服していたりした。……ああ、ちなみに瀬戸のギャグみたいな巨大なおにぎりは論外だ。好んで食べる西園なんかもいるが。
そんなことを考えながら、徐々に形を整えていき、1段目が完成した。壊さないようにそっと地面に置き、もう一度さっきより少なめに雪を掬い、形を作っていく。
雪が積もっただけあって、降っているわけではないが気温は低い。そんな中雪なんていじってるもんだから、いい加減手の感覚がなくなってきた。だけど、なんでか止まんねぇ。こんな小学生の遊びなんかを、どこか面白いと思っている自分がいるということなんだろう。
「倉間くんだ、おはよう」
背後から、女の声がかかった。ばっと振り返った先にいたそいつは、同じクラスのみょうじで、もう3月だというのにほとんど話した記憶がない。まあ、クラス全員と仲良く話せる奴なんて、早々いねぇけど。むしろいたら尊敬するわ。
それより、よりにもよってこんなところを見られてしまった。だが今更弁解の余地もない。開き直って、「雪だるま?」と問うみょうじにおう、と返した。
「子供みたい」
「うっせ」
ああ、くそ。男子中学生が夢中になって雪だるまを作っている光景なんて、確かにおもちゃで遊ぶガキのようだ。滑稽極まりない。だがみょうじの笑い方は、嘲笑というより微笑みに近かった。
「まあでも、中学生なんてまだまだ子供だよねぇ」
みょうじは何を思ったか俺の隣にしゃがみ込む。冷たくなった鼻が、ふわりと漂ったいい香りを抜かりなく拾い、不覚にも少しどきっとした。そんな煩悩をかき消しながら、半分ヤケになって終盤に差し掛かった雪だるま作りに集中する。ようやく球体らしくなった雪玉の、丁度目の位置に当たりそうな部分を小指でへこませる。それから先ほど作った1段目に乗せ、完成度の低いいびつな雪だるまが完成した。
「おお、可愛い」
「……そうか?ガッタガタじゃねーか」
「えー、自分で作ったものなのに」
笑いをこぼしながら、みょうじは手乗りサイズのそれの頭を撫でた。ペット扱いかよ。そんな風に雪だるまに接する奴、見たことねぇよ。そのせいか、そいつの横顔からどうにも目が離せなくなった。寒さで赤みを帯びた鼻先も、伏し目がちになったことで目立つまつ毛も、マフラーに引っかかって弧を描くやわらかそうな髪の毛も。女子のそれをこんな間近で見る機会なんてなかったから、全部、目の毒だった。
「倉間くん、手冷たそうだね」
「あー……まあ、確かにもう感覚ねぇな」
「それ大丈夫なの?あ、そういや私いいもの持ってるよ」
そう言ってポケットを漁ったみょうじは、何かを右手に取ると、空いてる左手で俺の手首を掴んだ。
「はい、あげる」
俺の手のひらと、重なったそいつの手の間に、冷えた俺の手には熱すぎるもの。凍った手を溶かすみたいに、カイロからか、掴まれた手からか、熱が伝わってきた。
「……さんきゅ」
「あったかいでしょ」
「だろうな。カイロだもんな」
あー、俺なんで今までこいつと全然話さなかったんだろう。いや、それより初めて話したってのに、気まずさも沈黙もありゃしねえ。すげえな、コイツ。誰とでも仲良く話すタイプにゃ見えなかったから、意外だった。それとも、たまたま俺とは波長が合ったのか。それは知らねえけど。
「倉間くん、今日朝練は?」
「今日はねぇよ。つーか俺が部活やってるって知ってんのか」
「そりゃーそうだよ。サッカー部あんなに活躍してたし、接点なくても流石に知ってるよ」
「そうか」
「来年も……じゃなかった、来年度も、頑張ってね。全然関係ないけどさ、応援してるよ」
「……あー、ありがとな」
「あ、照れてる?照れてる」
「照れてねぇ!」
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