!「碧落に星」浅月さん宅夢主、有明昴さん、帆風潮さんと共演させていただいています。
科学王国造船場。海辺に設置されたその場所は、その名の通り科学王国の民が集まり、一隻の船造りに勤しんでいた。
今日の海は穏やかで、カモメが高く飛んでいる。押しては返す波の音を聞きもせず、千空は船の設計図を確認していた。龍水の模型のおかげで、科学王国総出の船造りは概ね順調だ。それでも細かい微調整は絶えない。
「千空くん」
正面から名前を呼ばれて顔を上げる。昴がいつものように微笑んでいた。
「どうした昴、なんか問題か?」
「そうねえ、全体で休憩時間にしてるはずなのにリーダーが休んでないことが問題かしら」
昴は頬に手を添えてわざとらしくため息をついて見せる。千空は手に持っている設計図を静かに丸めながら、視線を宙に逃して口元は誤魔化すように孤を描く。首の後ろを掻きながら、「あ゛〜」と声を漏らし、愚直に頼み込んだ。
「見逃せ、昴」
「いいえ、駄目です。造船の段取りが気になるのはわかるけど休むときは休まなきゃ駄目よ」
昴はにっこりと笑ったまま、けれど僅かに声のトーンを落として言った。これは駄目だなと、長い付き合いで培った勘が言う。こういうときの昴に口で勝てる気がしない。下手なことを言って火に油を注ぎたくもない、千空が言葉に迷っていると、背後から高らかな笑い声が聞こえてきた。
「はっはー!昴の言う通りだぞ千空!指示を出す者が休まなければ他の者も休みづらい!結果として効率が落ちる!わかったら素直に貴様も休め!」
振り返った先にいたのは龍水で、両手に見たことのない料理の盛られた皿を持っている。皿から肉の串焼きを一本取るとビシッと音のしそうな勢いで千空に肉の先を突きつけた。
千空はぐうの音も出ずに、「わーった、休む」とだけ言って肩を落とす。昴に加えて龍水も相手にできるほど、頭が回る気がしない。とどのつまり、千空だって疲労は確かに感じていたのだ。それを科学的好奇心や責任感から無視していただけで。
千空が折れると、昴と龍水は目配せをして満足そうに笑った。龍水は突きつけた肉をそのまま千空の口に突っ込み、皿から手のついてない串焼きを一本昴に渡す。
「龍水くん、千空くんがちゃんと休んでるか見張っててくれる?私ゲンくんに呼ばれてるの」
「ああ!任せておけ!」
「ご丁寧に監視役なんざつけなくても休むわ。つーか昴、テメーも休めよ」
「あら、休むわ。ゲンくんとはお喋りするだけだもの」
にっこりと有無を言わせぬ笑顔で、昴は手を振りながら去っていく。昴の背中が遠く離れてから、千空は隣に立つ男に視線も向けず話しかける。
「テメーも休めよ」
「フゥン?俺は休んでるぜ?貴様の隣でな」
「どいつもこいつも……」
千空は腰に手を当て項垂れながら、龍水から渡された肉を齧る。さすがフランソワ。塩加減が絶妙だ。フランソワの料理を食べて、普段なら龍水のそばにいるはずのメイドの存在を思い出す。
「潮はどうした?いつもならテメーの三歩後ろを歩いてんだろ」
「潮には休めと言ってある。俺が休まねばあいつも休まないからな」
龍水は何気ない仕草で木製のフォークの先を木の下の木陰へ向ける。そこには横に倒した丸太に腰掛ける潮となまえの姿があった。
海辺にメイド服を着た女性がいるとはなんとも奇妙な空間だなと、千空は唇の端だけを上げて笑う。
開けた空間は人の動きが把握しやすい。距離はおよそ八メートル。こちらを見てはいないが視界に龍水が入るような位置。休めとは言われども、なにかあればすぐに駆けつけ対応できる距離だ。さすがのプロフェッショナルだなと、呆れ混じりの笑みが漏れる。
潮となまえは楽しそうに笑っていて、常に龍水のそばに控えている潮と、自分と行動をともにすることが多いなまえが二人だけで談笑している姿になんとなく目を細める。潮となまえが二人きりで行動することはそう多くないので、珍しいなという感覚だった。
「気になるか?あの二人がなにを話しているか」
「あ?……あ゛〜そりゃお年頃の男のコだかんなあ。ククク」
龍水の揶揄うような視線に、悪ノリで返す。実際、二人だけでどんな会話の種があるのか気になったのも事実だ。しかし龍水にばかり言われるのも面白くない。
「テメーだって気になってんじゃねえのか?自分のメイドが主人のいないとこでどんな話してんのかよ」
「無粋なことを言うな」
千空と龍水は目を合わせ、しばらく見つめ合う。どちらからともなくそっと視線を外すと、さりげなく、あくまでさりげなく自然に、なまえと潮の方へ足を向ける。
二人は楽しそうに笑っていた。潮が揃えた両手を膝の上に重ねて、なまえが口元に丸めた人差し指の背を寄せながら笑う。二人の会話が聞き取れる距離まで来た。
「まあ、なまえ様もですか?」
「はい、あはは、あれには驚きますよね」
「ええ、執事長もあのときばかりは言葉を失っていました」
「フランソワさんが?ならよっぽどだったんですね」
「ええ、でも他のご家庭でもそういったことがあるのですね」
「私も、てっきりうちだけかと……」
和やかに穏やかに二人の会話は繰り広げられる。想定したものよりも数倍所帯じみた会話に、千空も龍水も拍子抜けする。
潮が口元を手で覆いながら上品に、くすくすと笑う。なまえも目を細めて笑う。その姿はいつもより幼い気がした。
「でも爆発ってこんなに日常的なんですねえ」
「ふふ、龍水様は執事長の誕生日をお祝いしようとキッチンを爆発させました」
「私も、千空さんの部屋のドアを開けたら急にドカンと……」
あはは、うふふ、と笑い合う二人。会話の内容が些かおかしいぞと、千空と龍水は揃って眉を顰める。
「千空さん、肌が弱いのに漆とか使って凄い顔になるんですよ」
「龍水様も初めて船に乗って海に出た日ははしゃいで落ちて溺れて……あのときはさすがに肝が冷えました」
「あと、この簪も千空さんが……」
「まあ!私も龍水様からいただいた……」
「でも千空さん、気になる論文見つけるとお風呂あがりに服も着ないまま読み出すんですよ」
「ああ、龍水様にもそういうところが……欲しいものが見つかると下着もつけぬまま部屋を出ようとするときがあって……さすがに敷地内とは言え止めるのですが」
「待て待て待て、なんの話をしてんだテメーら!?」
「はっはー!潮!喋りすぎだぞ!?」
あ、これ自分たちの話だ。と気付いたのはほぼ同時。千空と龍水は二人の談笑、もとい自分たちの暴露話に待ったをかける。まさか最初からずっと自分たちの話であんなに楽しそうに笑っていたのたろうか。そう思うと千空も龍水も気恥ずかしくなって、薄らと頬を染めて眉を寄せる。
なまえと潮は驚いたように眉を上げて、それからすぐにいつもの自分たちに見せる笑みを浮かべた。
「ああ、千空さん。龍水くんもそんなに慌ててどうしたんです?」
「龍水様、千空様どうかされました?」
二人は極めていつも通りに穏やかに話しかけてくる。どうしたもこうしたもない。
「なまえテメー、プライバシーの侵害だぞ」
「潮、あまり昔の話を掘り返すな」
苦い顔でそう言うと、二人はきょとんとして、互いに顔を見合わせた。それからふふふと笑い出す。その笑みはどちらも、先ほどまでの笑い方とは違う、歳下に向ける笑みだった。
「おやおや、それは失礼しました」
「申し訳ありません龍水様」
仕方がないなと言うように柔らかく笑う二人に、千空も龍水も言い返せる言葉がない。苦し紛れに「フランソワが新作を作ったから、貴様らも貰ってこい」と龍水が言えば、二人はやはり子供を相手にするような笑みを浮かべた。
「じゃあせっかくなので」
「いただいて参ります。龍水様はしばらくはこちらに?」
「ああ、千空を見張ってる」
「おい」
二人は立ち上がると並んでフランソワの方へ向かっていく。その後ろ姿を見送ってから、千空と龍水はどちらからともなく視線を合わせた。
「アイツらまさかいつもあんな会話してんじゃねーだろうな」
「……否定はできないな」
二人は苦い顔をして、先ほどまでの潮となまえが座っていた場所に座る。後ろに立つ木がちょうど日陰を作ってくれて、二人は影の下でしばらく黙り込んだ。先に口を開いたのは龍水だった。
「……潮は昔から、俺につきっきりだったからな。年齢の近い相手と仕事以外で接することも少なかったはずだ。だからなまえと話している姿を見て、嬉しく思ったんだが……話の内容が些か問題だ」
「あ゛〜、そりゃ同意だ」
千空が耳を掻きながら半ば嘲るように表情を歪めて薄ら笑う。龍水の言うことがわかる気がしたから。
なまえは千空が小学生の頃、それこそ白夜が生きていて、大人の庇護下でぬくぬくと生きていた頃から、石化する以前の時代でも、なまえは千空の家のお手伝いさんとして隣にいた。家のことから、千空の科学のことまで、多岐に渡るお手伝いをしてくれていた。それは石化光線が降り注ぎ、石化が解け、再び言葉を交わすようになってからも、なまえは変わらず千空の隣にいる。千空の保護者役として。
「俺のボディーガードとしての役割が大きかったからな。潮はなんというか……俺のことを、庇護対象だと思っている節がある」
「オメーんとこもか……」
千空が低い声で言えば、龍水は意外そうに目を瞬かせて千空を見た。パチリと切れ長の瞳が見え隠れする。「そういうものなのか?」とでも言うように。
「フゥン、どこの家庭もそう変わらんものだな」
「いや、特殊事例だろうが俺らはよ」
間違った感覚を植え付けないように、千空は訂正を入れる。そうだ、血の繋がりのない、歳上の女性が年頃の男子を相手に庇護対象だと思い、それを本人が感じ取れる家庭などまずおかしい。
「つーか、テメーんとこは別におかしくねえだろ。実際主人とボディーガードなら、バリバリの庇護対象だろうが」
「そんなことはわかっている。だが貴様、いつまでも子供扱いをされて男としての矜持が欠けるとは思わないか?」
「……ま、わからんでもないわな」
子供扱い、という言葉が千空の胸にストンと落ちた。そうだ、なまえの自分に対する接し方は間違いなくそれだ。ふと目を海の方へ向けて、押し寄せる波のさらに遠く、水平線の向こうに想い馳せるように目を細める。
「いつまで経っても、カワイイガキ扱いしてきやがる」
紡いだ言葉が、いざ声に出すと自分でも思っていた以上に子供じみた感情が乗っていて、思わず苦い笑みがこぼれた。
出会った頃からずっと、なまえの自分に対する接し方は変わらない。背が伸び、声が低くなろうと、なまえは昔のなまえのまま。
「いっそ解雇しちまえばどうだ。そうすりゃ対等だろ」
「その台詞そっくりそのまま貴様に返すぞ」
互いに横目を流しながら、黙り込む。カモメが高い声で鳴いて、波の音が心地よく繰り返される。カモメの鳴き声の隙間を縫うように、二人は同時にため息を吐いた。
歳下だから、子供だから。例えば出会い方が違えば、例えば歳が近ければ、今と違う関係を築いていただろうか。
(――なんて、今の関係を嫌ってるわけでもねーのにな。クク、たらればなんて非合理極まりねえ)
自分の考えを一蹴し、千空はいつものニヒルな笑みを浮かべる。千空にとってなまえはいつまでも歳上の女性で、その差はどうしたって埋まらない。なまえを数年石化でもしない限りは。けれど潮と話す姿は同年代と話す女性で、それはきっと自分には向けられないものだともわかっている。
(なまえのことだから、仮に石化してる間に歳が追いついても、なんも変わんねえだろうな)
そういう人間だ。歳が変わったくらいで、なんも変わるわけがねえと、千空は諦めにも似た、けれどどこか鬱々としたため息をつく。
「む、さすがフランソワ。このきのこのソテーは美味だな。潮が好きそうだ」
「……俺が言うのもなんだが、妙な距離感してやがんなテメーら」
龍水は皿に盛られたソテーを味わいながら、メイドの名前を出した。千空にはわからないが、初めて食べた料理に対する最初の感想が雇っている相手が好きそうだ、というのは普通なのだろうか。主従とはそういうものなのか?いやこいつらは主従の前に、雇用関係のはずだ。こいつらの距離感バグってねえか?
しかし千空も人のことは言えないという自覚があった。だから「俺が言うのもなんだが」なんて言葉を口にした。けれど龍水はそれすらどこ吹く風で、目を眇めて胸を張る。
「フゥン、距離感など千差万別、人の数ほどあるものだろう?少なくとも、俺と潮はこれが普通だ。千空、貴様となまえもそうではないのか?」
傍から見たら普通ではない関係を、普通だと言い切れる。そこが龍水の憎いところでもあり、羨ましいところでもあった。普通ではない。そんなことは文明が途絶える前から気付いている。きっと自分の存在は、どこかでなまえの普通や、世間からの当たり前を奪い、あるいは枷となっていた。
「テメーと潮は、俺となまえとはまたちげえだろ」
そう返すと、龍水はスッと目を細めた。どこか値踏みするような、こちらの意思を推し量るような目だ。居心地の悪さに、肉を一切れ口に運ぶ。
「フゥン、貴様は己がどれだけ恵まれているか気付いていないと思っていたが……どうやら妙な矜持が邪魔をしているらしい」
「なんだそりゃ」
洗練された手つきで、木製のフォークにきのこを刺し、そのままパクリと口に含んだ。腐っても財閥の御曹司、こんな世界になってもテーブルマナーが染み付いているらしい。
恵まれている。そんなことはわかっているつもりだ。
なまえが"お手伝いさん"としていた、3700年前とはなにもかもが違うのだ。ならばもう、あの頃の関係性は破棄してもいいはずだ。なまえにはその権利がある。
それなのに、3700年経っても、石化して目覚めても、文明が途絶えても、なまえは千空の知るなまえのままで笑いかけてくる。
潮風が千空の髪を揺らした。少しベタつく風は、自分の胸の内を示すようで鬱陶くしも感じた。
「貴様は、なまえがなぜ自分を助けるか考えたことがあるか?」
「――あ?」
「俺はある」
唐突に問いかけ、一方的に話を始めた龍水に思わず顔を向ける。
彼は海を見ていた。海の向こう、水平線の、さらにその先。光が昇るところ。そして光が沈むところ。かつて自らの船で海に出たこの男は、この世界のまだ知らぬ海がどう見えているのだろう。
龍水は細めた目を水平線に向けたまま、穏やかな波のように話を続けた。
「潮も、フランソワも、七海財閥に仕える身だ。本来ならば、文明が滅び、七海財閥も途絶えた時点で俺に付き従う必要も理由もない」
カモメが広い空を悠々と飛んでいる。その下で海が太陽の光を受けてきらきらと白く光る。潮の匂いが風に運ばれて強くなった。
「けれど二人は当然のように俺のそばにいる。石化から解かれて、真っ先に俺の心配をする」
千空は潮の復活時に立ち会った。判断力に長け、戦闘力の高い彼女は目が覚めて瞬時に事態を把握した。その上で、自分でもなく他の誰でもなく真っ先に龍水の安否を心配した。仕事に対する責任感だけでは表せないものが、潮の中には確かにあるのだろう。
そしてそれは恐らく龍水に向ける、なにかしらの情と呼ぶべきものなのだ。
それは侍従が主人に向けるようなものかもしれないし、親が子に向けるようなものかもしれない。あるいは、それらを少しずつ混ぜて、潮にしかわからない色をしたものなのかもしれない。
フランソワの石化を解いたとき、千空はその場にはいなかったが、居合わせたゲンから大まかに話は聞いている。こちらもまず龍水の居場所を尋ねたそうだ。
一言に主従と呼ぶには繊細で、大胆な関係性。
「フランソワは世界一欲しい執事で、潮は世界一欲しいメイドだ。そんな二人がそばにいて俺の手助けをしてくれる。それはなぜか?」
龍水がゆるりと視線を海原から千空に移した。形のいい唇が、楽しそうに歪む。そうして龍水は、その目をカッと見開いた。
「そんなものはわからん!!」
張り上げられた声量に、鼓膜が震える。思わず「あ゛?」と聞き返すときに頬が引き攣ったのは仕方がない。龍水は勢いのままに立ち上がり、また視線を遥か遠い水平線の向こうに投げた。
「潮にもフランソワにも、恐らく二人なりの思うところがあって俺のそばにいるのだろう。それがどんなものであろうと俺はかまわん!世界一欲しい二人が俺の元にいる!その事実が最高だ!」
「……」
引き攣った口が塞がらない。千空は龍水を見上げたまま固まるほかなかった。結局七海龍水という男は、どこまでも欲張りで、自分の気持ちに正直なのだ。
「与えられるだけは性に合わん。俺が二人に返せることは、二人がそばにいてくれる俺のまま、なにも諦めず、欲しいものは全て手に入れることだけだ。そしてそのためには二人が必要だ」
腕を組み、挑むように海原を見据える龍水はとても楽しそうだった。この世界で初の大型帆船。その船長として、心からの信頼を寄せる相手とともに、この果てのない海に出られることが楽しみで仕方がないというような顔だった。
龍水の言葉を聞いて、千空はふと思い知る。それは自分がずっと抱えていて、上手く答えの出なかった胸の内の一欠片。
そうか、自分は与えられている。なまえにそのつもりはなくても、そう感じている。当たり前のように隣にいてくれることに。変わらず名前を呼んでくれることに。微笑んでくれることに。3700年前からずっと、なまえは自分に色々なものを差し出してくれていた。そしてそれに返せるものがないのが嫌だと、自分は思っている。
「すげーな、てめえ」
千空は心からの賞賛を送った。千空が辿り着けなかった解答に、龍水はきっと、ずっと前から辿り着いていたのだ。なぜ潮が自分のそばにいてくれるのか、考えて、そんなものは本人にしか知り得ないのだと気付き、納得するまでどれくらいかかったのだろう。感嘆の眼差しを向けると、龍水はパチリと瞬いて、それからいつものように、自信ありげで、どこか見透かすように目を細めて笑った。
「俺はこれまで随分と潮に助けられてきた。今もそうだ。貴様にとってのなまえも、そうなのだろう?」
千空はなにかを答える代わりに、僅かばかり視線を外して笑った。その仕草と表情が、肯定を表すことを龍水は知っている。誰かに向ける心の内を曝け出すのが得意ではないことも。
なまえにたくさんのものを貰っている自覚があった。心の柔らかいところを笑顔で差し出す彼女に、子供扱いをされていると感じた。責任感が強くて、しっかりしたなまえだから、少なからず千空を子供として見なければいけないと思っている面は確かにあるのだろう。ただそれをわかっていても、なまえが自分を見る理由が、そばにいる理由が、"子供だから"なのは嫌だと思う。
成果上げたやつには相応の見返りがあるもんだ。一方的になんて納得いかねえ。
ゲンや昴に、龍水と千空は変なところで考え方が合うと言われたことは何度かある。特に気にしてはいなかったが、今は確かにそうかもしれねえなと、千空は自嘲を込めて口角を上げた。
龍水のように、ただ自分のやりたいことを自分のままでやることが、なまえに返せるものなのかは断言できない。
それでも、その先で笑うなまえは容易に想像できた。千空は腰を上げ、龍水の隣に立ち並ぶ。
自分の隣が、なまえの笑う場所であればいいと思うのは紛れもない事実だ。
「あ゛ぁ、なまえにはいてもらわなきゃ困るからな。"お手伝いさん"がいなきゃ俺の科学は進まねえ」
海から強く風が吹く。それはいずれ海に出るであろう二人を待ち望むかのような、挑発的な風だった。千空の薄緑がかった髪が風に靡き、龍水が帽子を手で押さえる。押さえながら、龍水は揶揄うように、目だけを千空に流した。
「千空、貴様も大概欲深いな」
「ククク、そういうことにしといてやるよ」
近い未来で、二人はこの青を讃えた海に飛び出していく。そのときの喜びを、興奮を、分かち合いたい相手が確かにいる。同じものを見て、同じ感情を抱き、それを共有できることが、もしかしたら自分たちの望む対等な関係なのかもしれないと、心の隅でそう思う。そう思えたなら、この馬鹿馬鹿しい応酬にも確かに意味はあったのだと、そう思えた。
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