「恐らくはノースのなまえだろう」

 いつも全然まともに答えねぇ仏頂面が、珍しくスルリと答えを提示した。なまえ。あまり慣れない発音を口の中で転がす。

「なまえ・みょうじ。第12期の『ヒーロー』で、お前の先輩に当たる」
「ふーん。あんな細っこい女も『ヒーロー』なんだな」
「外見や性別で相手を判断し軽んじるな。彼女はお前の数十倍は強い」
「へえ、そんじゃー機会があったら、この鳳アキラ様がその実力見てやろうじゃねーか」

 拳を握って息巻くと、ブラッドはいかにも「呆れた」と言いたげに空気を吐いていた。んにゃろ、また人をバカにしやがって。
 とはいえ、知りたい情報は知れた。あの、入所式の日。サブスタンスの副作用が酷かった時に、いきなり魔法みたいに現れて、話しかけてきたヤツ。

『……少し目を瞑ってください』

 アイツが、あの時なんかしたんだ。風邪みたいな症状がなんか全然治らなくて、ウィルにさんざん心配されてたあれが、あの後ちょっと楽になった。喉のつかえが弱くなって、咳が減って、顔に籠もった熱も落ち着いた。明確に治ったってわけじゃなかったけど、あんなに頑固に長引いてた副作用が、明らかに弱まったんだ。

「なあ、そのなまえってヤツの能力ってどんなのだ?」
「気になるなら本人に直接会うといい。俺から話すことではない」
「んだよケチくせーな」

 ブラッドはそれ以上話すつもりはないみたいで、視線を扉に戻した。相っ変わらずの感じ悪さだ。能力くらい教えてくれりゃいいじゃねーか。エレベーターで一緒になっちまって、せっかくオレが大人の対応で話を振ってやったってのに。

「……明日の16時以降」
「あ?」
「医務室に行けば会えるだろう。話が聞けるか、手合わせができるかはお前次第だ」
「……医務室?」

 それだけ言うと、ブラッドは見えないシャッターを下ろして、オレを完全に意識から外したように見えた。オレもオレで、執着してるみたいに食い下がるのも面白くないから、口をつぐむ。
 体を下から上へ堰き止めるような感覚が抜けて行って、エレベーターの扉が開く。ブラッドはとっとと出て行ったから、オレもとっとと扉を閉めようとしてボタンを十連打くらいした。なのになんか全然閉まんねーなと思ったら開ボタンだった。オレは閉ボタンを一回押した。

(にしても医務室って……怪我でもしてんのか?)

 再び僅かな浮遊感が抜けていったのを感じながら、記憶を呼び起こしてみる。だけど入所式に見た限りでは、怪我なんかがあるふうにも見えなかった。いや、正直階級バッジも確認できないくらいちゃんとよく見てなかったんだけど……違う違う。副作用のせいでちょっとボーッとしちまってただけで、決して顔だけ見てたからとかじゃねーから。確かになんか、妙に視線を持ってかれるような目ぇしてたけど。

「つーかブラッドのヤツ……」

 ──なァ、『ヒーロー』か職員か分かんねーんだけど……雰囲気がこう、ふわっとした女。誰か知ってたら教えろ。

「オレの言い方も雑だったけど……よくすぐに分かったな」

 割合的に男がほとんどの組織だ。女ってのは、やっぱそれだけで目立つのだろうか。それとも、ブラッドとは関わりが多いヤツなのだろうか。大変だな、あんなのとしょっちゅう顔合わせねーといけないなんて。

『──無理はしなくて大丈夫ですからね』

 あの静かな高い声が頭の中でリフレインする。なんか妙に耳から離れない、やわらけー声だった。するっとして引っ掛かりのない、透明な、水みたいな声だった。
 あの、小突いたら倒れちまいそうなやわらかいヤツが、オレの数十倍は強いとブラッドは言い切った。オレの中の、のし上がりたい競争欲と、自分の強さを知らしめたい気持ちと、それから好奇心がどんどんでかくなっていく。どんな奴だろうと関係ねェ、先輩だろうが、女だろうが、オレのこと助けてくれたヤツだろうが、オレからすれば等しく全員ライバルだ。

「……っし、まずは明日、敵情視察ってヤツだな。待ってやがれ、なまえ・えーと……なまえ・ナントカ!」

back
topへ