「はいこれ」
「……なんだこれ」

 某日、午後七時。アポなしに人の家に転がり込んできたと思えば、そいつはいつもの間抜けな笑みを浮かべると、出し抜けにコンビニの袋を突き出してきた。

「なんだこれじゃないよ。誕生日おめでとう紋土くん」
「いやだから、なんだよこれ」

 袋の中には、プラスチックケースに容れられたケーキが2つ。ただし、そのうちの白いほう──ショートケーキが、おおよそケーキとは呼べぬ代物に変形していた。ケースの中でぐっちゃりと崩れ、見るも悲惨な状態になっている。本来食欲をそそるはずのそれは、むしろうんざりさせるような効果を放っていた。

「いやちょっとね、道中ずっこけちまいまして」
「つーかなんでお前の分だけ無事なんだよ可笑しいだろ」
「いやーなんか、地面に叩きつけた時にショートがチョコのクッションになってくれたみたいで。いやーさすが紋土くんだぜ」
「せめてこっち見て言え。ケーキの残骸に語りかけてんじゃねえよナメてんだろ」

 相変わらずのふざけた頭に拳を軽く落とす。とはいえ、鍛え抜いた俺の腕は、手加減しようとある程度の攻撃力があったらしい。いでっ! と大げさに声をあげた蘭は、はたかれた頭を両手で労りながら俺をじろりと見上げてきた。

「なんだよもー! せっかくお祝いしに手土産まで持って山越え谷越えやってきたのに!」
「近所だろ」
「コンビニ一回寄ってきたからそれなりに歩いてるよ!」
「コンビニも近所だろ」
「まあいいや。お邪魔しまーす」
「あ、オイ!」

 俺より何回りも小せェ蘭は、俺の横をするりとくぐり抜けると勝手に部屋の中に入っていきやがった。長年の付き合いによりその奔放さにはもう慣れたが、それがどうやら俺に対してのみ発揮されるものだというのは納得できねェ。──かといって、アイツに俺以外の奴が振り回されんのも、気に食わねぇんだと、気付いたのはそう昔のことではない。

 とてとてと軽い足取りの後ろ姿を眺めながら、セットしたリーゼントが崩れないように頭を掻いた。毎年毎年、よくもまぁ飽きねェもんだ。
 中学校に入ってから二度目の俺の誕生日。小学校の頃よりますます荒れちまった俺と、ますます地味で消極的になったあいつ。端から見りゃあまりに不釣り合いな俺らは、まさか互いの家に唐突に転がり込むことができる程度の仲だなんて、誰にも想像つかないに違いない。

 今日だって、他クラスの知らねェ野郎が突っ掛かって来やがって、売り言葉に買い言葉、そいつの胸ぐらに掴み掛かったところで先公に見つかった。周りの奴らも、恐ろしいモンでも見るように俺を視線で抉っていた。本当に怖ェモンがどっちか、知りもしねーで。
 俺と蘭は違うクラスだが、俺の素行はそっちにも届いていた。ことあるごとに心配そうにこちらへ来ようとする蘭を、何度も目で牽制していくうちに、校内で話すことはほとんど無くなった。
 小中と学区が同じ面子ばっかりだから、俺と蘭が幼馴染であることを知っている奴らだって大勢いた。だが不良、ヤンキーに加えて、兄貴の影響で足を踏み入れた暴走族のレッテルまで貼られた俺に近付き、あまつさえ蘭との関係をからかってくるような幼稚な奴はもういなかった。そのうち、あまりにタイプの違う俺らが幼馴染である事実すら、どんどん薄れていった。

 こうして俺は、俺なりにこいつを巻き込まないように、護ってきたつもりだった。
 ──だが、どうしたってこの馬鹿は、俺の気持ちを汲み取りやがらねぇ。
 突っぱねても突っぱねても、こいつは引っ付いてきやがる。まるで俺の後ろが定位置だとでもいうように、隙あらば近寄ってこようとする。校内が無理なら、登下校、休日と、とにかくこいつは、俺との"縁"を大事に大事にしてきた。
 無意識なのかもしれねェ。もしくは、気付かないうちに俺の方から近付いてることもあるのかもしれねェ。とにかく、切ろう、切ろうとしても一向に切れない俺たちの繋がりは、なんだかんだここまで続いてきちまった。そのうち、離れようとしていた俺のほうが馬鹿らしくなって、諦めの方が勝るようになった。そうやって結局学校の外では一緒に過ごすことが多いもんだから、兄貴とのチーム絡みや、喧嘩っぱやい俺自身に敵意を向けている他校の奴らにも蘭の存在はどんどん割れていった。蘭を人質として捕らえやがるような輩も、少なくなくて、そのたびに俺は返り討ちにしていた。
 俺らは今更離れることなんでできねェ。だから、それなら、せめて俺はアイツをぜってーに護り切ると、そう誓った。

「ねえ紋土くんー、コーラあけていい?」
「言いながら出してんじゃねーよ返事聞く気ゼロだろ」

 ふいに呼ばれて視線を向ければ、蘭は勝手に人んちの冷蔵庫からコーラのペットボトルを、戸棚からフォークとコップを二つずつ取り出していた。俺の家を我が物顔でうろつく蘭に、最早何の違和感すら抱かなくなったのは、一体何年前のことだったか。ろくに覚えてすらいない。まあ、そんなこたァどうだっていいんだけどよ。
 雑誌やらゴミやら、とにかく色んなもので散らかっていたテーブルの上はいつの間にかある程度整頓されていて、その中心には先ほどのケーキが置かれていた。蘭はそこへ、抱えていた食器類とペットボトルを並べていく。

「にしても残念だよねェ大亜さん用事なんてさ。せっかくの紋土くんの誕生日なのに!」
「んだァ聞いてたのかよ」
「まあでも、私が来てくれたから紋土くん寂しくないね! 良かったね! さ、食べよ食べよ!」

 ツッコミどころがままあったが、もうそれすら面倒くさかった。主役の俺より先にケースの蓋を開ける蘭に続いて、ぐちゃぐちゃになったケーキの蓋を開く。律儀に頂きます、と手を合わせるそいつに倣い、俺もぼそりと小さく呟いてからフォークを取った。

「本当メッタメタじゃねーか……」
「まーま、ちょっとくらい型崩れしてたって味は変わんないさ! 細かいことは気にすんな男だろ!」
「ちょっとの範疇じゃねぇだろーが。お前はもちっと気にしろよ女だろ」
「いいんだよ私は大らか系女子だからね!」
「自分で言うのかよ……それよりお前、あんま遅い時間に外うろつくんじゃねーよ」
「最近日長くなってきたし大丈夫大丈夫!」
「帰りはどうすんだよ。言っとくが見送りはごめんだぜ」
「大丈夫、明日土曜だし。パジャマも持って来たからさ」
「泊まる気かよ……」

 中学の男女が片方の家に泊まる、なんて聞きゃ、そういう想像をする奴もいるだろうが、生憎俺たちの間にそんな雰囲気は皆無だ。小せェ頃からの付き合いで、俺の……両親はともかく、兄貴と、アイツの親も交流がある。長年の家族ぐるみの付き合いがありゃ、泊まりだって初めてじゃなかった。

「……オイ、ついてんぞ」
「んあ? うはは、紋土くん全然人のこと言えないから」

 頬を指しながら指摘してやったら、ケラケラ笑いながら、蘭は俺の顔に手を伸ばしてきた。頬に付いていたらしいクリームを拭い、ついでに自分の頬に付いていたチョコクリームも掬い取り、何のためらいもなく口に運ぶ。

「いやーショートも美味しいけどやっぱりケーキはチョコに限りますな」
「お前の好みだろ。ショートのほうがぜってー美味い」
「紋土くんの好みじゃん!」

 今度は品もなくゲラゲラ笑い始める蘭。──しばらくしてひとしきり収まったところで、蘭はフォークをケースのふちに置くと、じっと俺を見つめてきた。

「ねえ紋土くん」
「なんだよ」
「来年も再来年も、ずっとお祝いさせてね。紋土くんちで食べるケーキってさぁ、なんか格別なんだよね!」
「へいへい……」

 理由それかよ。突っ込みたくもなったが、これからもずっと、俺の誕生日に押しかけてくるのであろうこいつに、どこか変な心地すら覚えた。んだが、それは全然、悪い心地とかじゃなくてよ。なんて、目の前で阿呆みてェに笑うこいつには、きっと知る由もねーんだろうけど。


back
topへ