※2015フリリク再掲





 『あの大和田紋土の女』
 これまでに間違えられた回数は、両手じゃ足りない。
 だから、こんな目に遭ったのだって、実は初めてではない。
 かと言って、慣れているのかと言われれば頭部が吹っ飛ぶ勢いで首を横に振るだろう。

「オイ女ぁ、妙なマネしたら殺すぞ」
「ハヒッ……」

 恐怖で呂律が回らない。ほら、ほらもう! これだから男はさぁ! すぐ殺すだのなんだの野蛮なことを口にしやがって! どうせそんなんする気ないくせに! だって捕まっちゃうしね!!
 キリキリ、キリキリとお腹痛が痛む。ああ、家に帰りたい。何それ? 何その鉄パイプ? なんだお前それで紋土くんをボコボコにしてやる算段か。はい残念! 紋土くんはなぁ過去にバス停の標識振り回したりしたことだってあるんだぞ!! お前らなんか瞬殺だかんなバーカバーカ!! この顔面偏差値中の下共めーーー!!!
 心中で鉄パイプの男とその取り巻き数人を罵倒する。ああ、縄で縛られた手首がそろそろ痛い。

 ──こんな目に遭うのが嫌なら、紋土くんと距離を置けばそれだけで万事解決じゃないか。そんなことは分かっているのだけれど。私にとって、彼と距離を置くというのはそう簡単にできるものではないのだ。

 とはいえ、私が言いたいのは例えば「小さい頃から今に至るまでずっと一緒で、恐らく一番の私の理解者である彼と離れるなんて、そんな簡単なことじゃない」なんて漫画的で、ドラマチックなものではない。そもそも離れるなんて言ったって、誤解が生まれない程度の距離感を保てればそれで良いのだから。
 ただ、それすらもできないのだから、彼と私との間には確実に強烈な、所謂「腐れ縁」というものが発生しているに違いない。と、ただそれだけなのである。
 ……まあ、あとは、やっぱ紋土くんがいないのはつまらないから、というのもあるけれど。

 とにかくそういうわけで、なんやかんやで私は紋土くんを釣る餌として、数人の顔面中の下(いやもっと下かもしれん)の男たちに拉致されてしまったわけだ。

(どうすりゃいいんだこれ……)

 勿論、待っていればいずれ紋土くんは来てくれるだろう。下駄箱開けて手紙入っててちょっとドキドキしながら見たら果たし状って書いてあって「ドルァ!!」と血管浮かべながら床に叩きつけてるはずだろう。それから「ナメた真似してくれんじゃねェか」と鬼の形相でこちらに駆け付けることだろう。

 ただそれからが問題だ。困るのはここなのだ。私が捕まっている以上、紋土くんは迂闊に手を出せない。──なんていうことが、無いのだ。彼の場合。
 喧嘩に負けるのは嫌だけど、私を全く無視して殴り合いに身を投じるわけにもいかない。そこから行きついた答えが、「真っ先に私を回収する」というわけである。つまり、紋土くんが私に辿り着くまでの間に、私がこいつらに数発程度は殴られたりなんだりする可能性があるわけだ。
 そりゃ私だって痛いの絶対嫌だしというかめっちゃ怖いし口から心臓出そうだし、何もしないわけじゃない。紋土くんの後ろに隠れさえすれば、私の身の安全は確保される。まあでも、それが簡単にできたら苦労しないんだ。

(数が、数が多いなぁ……!!)

 先に述べたように、私は一般ピーポーでありながらもこういった経験は初めてではない。だから正直1、2人だったら、これまでの経験値をフルに活かしてどうにか切り抜けられる自信は無きにしも非ず。だけど今回は5……6……7人。7人かあ……無理だわ。絶対無理。死ぬ。顔の形変わるまで殴られる。アッ駄目だもう詰んだ。
 流れ落ちた冷や汗が、床に染みを作っていく。嫌に脈打つ心臓が酷く痛んだ。あと、お腹も痛んだ。
 というか本当、もう、可笑しくない? 違う高校に通ってるのに、なんで私と紋土くんが仲良いってお前ら知ってるんだ? そんなにいつも一緒にいねーよ馬鹿! ……いや、あれか、まさか先週の日曜に買い物で荷物持ちさせたのを目撃されたのか。アッ、納得。

 その時、ドガン、と乱暴に倉庫の扉が蹴破られ、外の光が一斉に漏れ出した。ウワアアア目がアアアア!!!

「クッ……やぁっと来やがったなァ。こないだはうちの奴が世話になったらしいじゃねえか、大和田紋土!」
「……ナメた真似してくれんじゃねェか」

 ──想像していたセリフを一字一句違えず言い放った紋土くんは、いつもバリバリに決まってるはずのリーゼントを大分乱していた。物騒にもこめかみに血管を浮かべ、全力疾走してきたのか肩で息をしている。さっすが私なんやかんやで大事にされてるう! アッ嘘です調子乗りましたごめんなさい。

 落ちつけ私。ふざけている暇などないぞ私。さあ、ここからが勝負だ。思ったより早く紋土くんが来てしまったため脳内シミュレーションする時間がなかったが、四の五の言っている場合ではない。
 幸いなことに、今回縛られているのは両手だけであり両足は自由だ。後ろで固定されてるだけにバランスを崩したら地面に顔面ダイブだが、まあ気を付ければ何とかなるだろう。足は疲れてるけど一応動かせる。よし、行くぞ。ダイジョブ、私ナラデキル。

「おおっとォ、勝手に動くんじゃねえぞ? こっちにゃ人質がっふ!!?」

 私は足に力を込め俊敏に立ち上がると、やけに抑揚をつけて喋るパイプ男の背中に渾身の頭突きを食らわせた。それから、大きく仰け反った男の横をすり抜け、紋土くん目掛けて駆け出す。対する紋土くんも、こちらに向かって拳を握りしめ突進してくる。アレッこれ私が殴られて死ぬんじゃね? とまあ考えてる場合でもなく、幸運なことに私たちの予想外の動きに、不良たちは一瞬出遅れた。

「……っクソがぁ!!」
「っひ!?」

 その怒号に反射的に振り返ってしまい、私は見てしまう。パイプ男が落としたそれを、拾い上げたまた別の男が、私に向かって思い切りパイプを振りかぶった。う、う、うわああああああああああああ死ぬうううううううううううううううううう、

「ふんぎぃっ!!」

 私は土壇場で膝のバネをきかせ、タックルの勢いで紋土くんに向かって飛び込んだ。紋土くんは両手が塞がっている私をいとも軽々と片手で抱き止め、もう片方の手でパイプを受け止め、

「オラァ!!!」

 その握力だけでパイプをへ、へし、へし折り、もぎっとへし折り、それを以ってして唖然とする男を殴り飛ばしたああああファアアアアアアアア規格外!!!!!!!

 その場が騒然とする。紋土くんは私を片腕でしっかり抱えたまま、今度は背後から襲いかかる男に回し蹴りを食らわせた。二人目。
 それからその回った勢いのまま、殴りかかってきた別の男の顔面に肘を叩きこむ。三人目。
 今度はその男の胸倉をつかみ上げ、その頭をまた別の男の頭に打ち付け気絶させる。四人目。
 雄叫びをあげながら、壁にあった木材を掴んで殴りかかる男の腹を蹴り飛ばす。五人目。
 その地獄絵図のような光景に怯みきった男に、一片の慈悲も無くアッパーをかます。六人目。

 本当にものの数秒でこの人数を殺……嘘嘘、倒した紋土くん。残るは、私が頭突きをかましたリーダー格の男のみ。

「オイ……」
「ひっ……くっ、来るなァ!! ……ガフッ!!」

 紋土くんは、私から手を離すとそいつの元まで近寄り、男の腹を容赦なく蹴ると床に踏みつけた。それから、男の顔面に踵を落とす。鈍い呻き声が倉庫に響いた。いっ痛え!! 見てるだけでいってええええ! やめたげて! もう勘弁してあげてください!! 鼻血出てるから!! もう見ていられないくらい、鼻からの出血多量で死んでしまいそうなくらいダラダラ出てるから!!

「蘭を狙ったのは失敗だったなァ……」
「がはっ!!」
「もももんどくん! 縄! これ! ほどいて! そいつもういいから瀕死だから!!」

 これ以上いったらとうとう殺人罪で捕まるから! お怒りを鎮めてくださいませ!! ね!!? その悪人面やめよう!!! キチってるから! そのちょっと口元に笑み携えてるところとか本当に頭ヤバい人だから!!
 そんな意思を込めて誠心誠意魂込めて訴えれば、紋土くんはようやく正気に返ったのか、今まさに振りおろそうとしていた足を止める。男は恐怖と助かった安心感が入り混じったような顔を浮かべてがくりと白目をむいた。……ご愁傷様というか、自業自得というか、なんというか。でもまあ、紋土くんに喧嘩を売ったのが失敗だったね。ああ、もう、早くここから出たい帰りたい。
 紋土くんに背を向け、縄を解いてもらう。私は気が抜けてずるずるとしゃがみ込んだ。久しぶりの解放感に「どふうぅぅぅ……」と溜めこんでいた息が情けなく漏れる。ちなみに縄はささくれ立ってない綺麗な種類のもので、今回は私の手首も無事だった。本当に良かった。

「蘭、怪我してねェだろうな」
「元気ハツラツです、はい」

 紋土くんは単純馬鹿だから、きっとここで「ちょっと殴られた」とか嘘つこうものなら、完全にのびている男たちに再び拳を振るうことだろう。しょうがないね、紋土くん私のこと大好きだもんね。

「オイ」
「アッスンマセンまた調子乗りました!!」
「はあ? 天…オラ、帰んぞ」
「ウィッス……紋土くん、紋土くん」
「んだよ」
「疲れた。おんぶ」
「ざっけんなテメー」
「冗談だよ。んなことしたら目立つじゃんか」

 紋土くんは眉間に皺を寄せたあと深くため息をつき、私の腕を引っ張って立ち上がらせる。私は軽くよろめきながらも、紋土くんの横につき歩き出した。

 倉庫の出入り口を通ったところで、私はちらりと後ろを振り返った。そこは7人の男がボッコボコに倒されており、一見事件現場のようだ。
 ……ふ、ふははは、ざ、残念だったな。紋土くんにとっての私という存在の価値を見誤ったな。きっと今ごろ夢の中で、私を人質として選んだことを後悔していることだろう。はは、はははは。喧嘩吹っ掛けたのだってそっちだからな。こっちは何にも悪くなどないからな。

 願わくば、近所の人に通報されませんように。そんなことを祈りながら、私は紋土くんと帰路についた。


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