──キーン、コーン……カーン、コーン……

 突然のチャイムの音に、にぎわい始めていた場が一瞬で静まり返る。
 どこからかプツッと短い機械音が聞こえたかと思えば、壁の上部に掛けられてあったモニターが、ザーザーと濁った音を立てながら唐突に起動した。全員の視線がそこへ集まった時、謀ったかのように砂嵐の中にぼんやりとした何かの影が映し出された。

『あー、あー…! マイクテスッ、マイクテスッ! 校内放送、校内放送…!』

 あまりにもこの場にそぐわぬ高いトーンの、能天気な、厭に明るいダミ声。少々舌足らずなそれが、耳から入り込み、喉を通って腹の奥へ広がっていく。気持ち悪い。底冷えする。
 ざわざわと粟立つ肌は恐らく猛烈な不快感の表れで、それに気付いた時私は正体不明の悪寒に襲われた。

『大丈夫? 聞こえてるよね? えーっ、ではでは……えー、新入生のみなさん…今から、入学式を執り行いたいと思いますので……至急、体育館までお集まりくださ〜い。……ってことで、ヨロシク!』

 そこで放送はブツリと途絶えた。
 ……今のは、何だったのだろうか。教員にしてはあまりに砕けた口調。最後のどう考えてもいらない子どもみたいな台詞。それよりなにより、耳にこびり付いて剥がれないあのダミ声が酷く恐ろしくて……
 聞き、覚えの、ある………………?

「……オイ、蘭」
「え──ぅあ、何、紋土くん」

 ため息混じりに名前を呼ばれる。そちらを向けば紋土くんが「呆れた」とでも言いたげな瞳で私を見下ろしていた。

「顔面真っ白になってんぞ、お前」
「ああ……マジか……てかそんな面倒臭そうな顔しないでくれたまえよ紋土くん。親友だろ」
「悪ィな、俺素直だからよ」
「嘘こけコラ。お前割と意地っ張りでしょうが」
「ま、そんだけ喋れてれば大丈夫か」

 紋土くんの大きな手が、私の頭をぐしゃぐしゃと乱暴にかき混ぜる。ちょ、ちょっと、髪が乱れる。せっかくさっき整え直したというのに。その上、身長差がものさし一本分くらいあるせいで、傍から見れば丸っきり子供扱いだ。
しかし、たったそれだけで暖かいものに包まれたような、大きな安心感が訪れるのだから、本当に私という奴は。
 震えていた手は止まっているし、冷え切った体も体温を取り戻している。さまざまなことに対する不安と不信感を、彼との少しのやり取りで全てかき消されたのだから、やっぱり私は一生紋土くん離れなんてできる気がしなかった。

「んじゃそろそろ行くぞ。いつまでもここに居たって仕方ねぇしな」
「おうよ。……あっ、ちょ、ちょっと待ってて」
「んだよ」

 気付けば周りの人達はすでに移動していて、残っているのは私たちを含め数人だけ。これは、もう、他の子たちと仲良くなるチャンスだろう。逃せるはずがない。
 となるとまず誰に話しかけるか、かなり選別する必要があると思われる。
 とりあえずあの、ただならぬ威圧感を放っている筋肉の素晴らしい彼女は、無理だ。かなりの高確率でどもる自信がある。それから舞園さんと江ノ島さんも無理だ。有名人に自ら話しかけるとか、難易度があまりにも高すぎる。あと、あの銀髪の美人も無理だ。あの表情の少ない感じは、別名超高校級のチキンな私なんかが喋りかけたらすぐに会話が止まり沈黙が起きかねない。あっあと苗木しかいないわ。詰んだ。

 結局、出だしからこれか。せっかく勇気を出そうとしたのに……。諦めて、もうすでに先を歩いていた紋土くんに追いつこうと足を速める。しかし私は三、四歩ほど進んだところで、足を止め、振り返った。

(──ん?)

 ふと、何かが引っかかったように感じ、もう一度銀髪の美人を見た。彼女は手袋をつけた手を顎に当て、何かを考えているように佇んでいる。
 既視感。
 その動作は、どこか見覚えがある気がした。それを確認したくて記憶の引き出しを探ろうとするが、突然頭にビリッとした鋭い痛みが走る。再度チャレンジするが、ズキンズキンと響くような痛みが邪魔して上手くいかない。
これ以上脳を働かせたら爆発するぞ、みたいなそういう神様からのお告げだろうか。何にせよ、頭痛を伴ってまで思い出さなければいけないほど大切なことというわけでもない、はず。多分、勘違いか、知り合いの誰かに似ている人がいたんだろう。そう結論づければ脳はすんなりとそれを受け入れ納得した。

「ごめん、もういいよ。さあ行こうじゃないか」
「いや長ぇよ」
「ごめんごめん。ちょっと考え事しちゃって」
「どうせ『誰かに話しかけられねーかなーあっやっぱ無理だコレ』とかだろ」
「お主エスパーか」
「オメーの脳内表情から筒抜けなんだよ」
「マジかよ。凄い洞察力だね紋土くん」
「蘭が分かりやすすぎんだっつーの。だいたいそういうヤツはオメーのが得意だろーが」
「てへへ、あざっす」
「照れんなキメェ」
「ひっでぇ」


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