「ちょっと紋土くん!」

 遠慮なく人の家のソファーに横になっていた大和田は、怒りを帯びた蘭の声にしぶしぶ目を開けた。目の前に突き付けられていたのは、先ほど大和田が蘭に断りなく食べた菓子パンの包装。そして反対の手の指先には、ピンク色の丸いシールが貼り付いている。

「これ集めてるって言ったじゃん! 何で剥がさないで捨てちゃうかな!」
「あァん? 面倒くせぇこと言ってんじゃねーよ」
「今回は気付けたから良かったけどちょっとゴミ箱手突っ込んだんだからね!?」
「手ェちゃんと洗えよ」
「洗ったわ!」

 心外だと言わんばかりに声を張り上げる蘭。大声で捲し立てたせいか、僅かばかり呼吸が荒い。だが全く堪える様子のない大和田に、諦めたように息をつくのにそう時間は掛からなかった。

「もー……せっかく紋土くんの分だっていうのに」
「あァ?」

 大和田は思わず素っ頓狂な声を上げた。彼女はそのシール……すなわちポイントを貯めて皿と交換できるキャンペーンで、大和田の分を貰おうとしているという。確かに大和田は蘭の家を訪ね、当たり前のようにでかい顔で食事を取ることがままあるが、それにしたってわざわざ自分用の皿とする必要があるのか。──食器なんて使えればどれでも同じだろうと考える大和田に、蘭のこだわりは理解し得なかったらしい。真っ白とはいえ、お揃いの食器を並べてご飯を食べたいという、女子らしい些細なこだわりを。

「ああ、ちなみに家族分はもう揃えてるんだ。私よくここのパン買っててさー。まあ紋土くんはどうせ美味ければなんでもいい派だろうけど」
「俺にだって好みくらいあるっつーの」

 どうせ、とはなんて失礼な女だ。だが自分に対する蘭の失言は今に始まったことではないし、それも自分に気を許している証拠だ。それを考えると、怒りなんてさほど沸かず一瞬で吹き飛んだ。──とは言ったものの、その九割方は、面倒くささとどうでもよさが勝っただけなのだけれど。

「でもこれで25点集まったから、明日お皿貰ってくるんだ。そしたら紋土くんお昼に焼きそば作ってよ。材料も買っておくから」
「ハァ? 面倒くせぇな……」
「やった! 楽しみにしてんね」

 まだいいとも悪いとも言っていないのに、蘭の脳内ではすでに大和田が昼食を作ることになっているらしい。ニコニコと嬉しそうに頬を緩ませている。だが彼がそれに何も言わないあたり、長年積み重ねてきた言葉足らずの意志疎通があるのだろう。
 別に、ただ面倒なだけで悪い気はしないのだ。自分の料理、特に焼きそばを美味しい美味しいと笑顔で平らげる蘭は『仕方ない』と思えるだけの可愛らしさがあった。だがそれでも代わりにというように、大和田は後頭部をがしがし掻きながら一つの交換条件を提示する。

「んじゃ晩飯はテメーが作れよ、蘭」
「えー、面倒くさ」

 口ではそう言いつつも上機嫌のままな蘭もまた、この後にいいとも悪いとも言わず了解するのだろう。
 大和田は知っている。自分が蘭の料理を掻っ込む勢いで完食し、おかわりまで要求するほどには気に入ってること。彼女の絶品というほどでもない、極々普通の家庭の味が、絶賛こそせずとも好きであること。それらを言わずとも、蘭が気付いているということを、大和田は知っているのだ。
 彼は蘭に気づかれない程度に口元を緩ませると、再びソファーに身を沈ませた。


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