「あ、おはよう遅刻ギリギリの紋土くん」
「おー……」
あと一分ほどでチャイムが鳴るであろう教室に、さぞ眠そうに欠伸を噛み殺す大和田クンが姿を現した。慌てて手に持っていたものを背に隠すボクをよそに、先程まで話していた河部さんは「じゃあそれ、よければ食べてね苗木!」と言い残すと大和田クンにひょこひょこと近付いていく。隣に並んだ彼らは片やリーゼントの暴走族、片や大人しめの女子。ミスマッチと言わざるを得ないその光景は、最初こそ目を疑ったが、もはや見慣れたものとなってた。
「言っとくけど私はちゃんと起こしたからね。鬼連打したからねチャイム。フルコンボだったドン」
「うっせェ」
「あ、そうそうこれ。バレンタイン。良かったねー残り物には福があるよ!」
「……あーそうかよ」
「あ、あれ? なんか機嫌悪くなった?」
いや、そもそも来た瞬間から悪くなかった? と思ったが、誰より彼との付き合いが長い河部さんがそう言うのだからそうに違いない。そしてさらに、彼女は自身の失言のせいで彼が機嫌を損ねたかもしれないことに、きっと気付いていないのだろう。
バレンタイン。日本において、女性から男性へ想いとともにチョコレートを贈るのが通例のその日。ボクたちの通う希望ヶ峰学園も例外なく、チョコの甘い香りが学園中に漂っていた。
そんな中でボクら78期生の女性陣は、舞園さんと江ノ島さんを中心に、クラスの男子たちにいわゆる義理チョコを配ろうと画策してくれていたらしい。嬉しいような、切ないような。そして、一ヶ月後を楽しみにしている、とチョコを渡していった江ノ島さんとセレスさんの笑顔の恐ろしいこと。……ただ、腐川さんのように元から一人分(勿論彼女の場合、十神クンである)しか用意してない人や、そもそも興味ない、と切り捨てる人もいたらしいけど。
話を戻すが、つまり河部さんもその流れに乗っとりクラス分のチョコレートを用意していたようだった。一人だけ渡さないのはちょっと、とでも思ったのか、マナーモードかとの突っ込みを入れたくなるほどに震えながら十神クンにまで渡していたのはちょっと忘れられない光景だ。
そうして、遅刻ギリギリの大和田クン以外の全員に配ったところで、彼が登校してきたというわけなのだが──……もしかして彼は、河部さんから一番にチョコを貰ったのが自分じゃないことが気に食わなかったのではないか? しかも、同量同ラッピング。
その推理が正しければ、彼が来たときに咄嗟に河部さんから貰ったチョコを後ろ手に隠したのは正解だったことになる。……まあ、それも河部さんが何の気なしに「残り物」なんて言ってしまったせいで無駄になってしまったわけだが。
「まあいいや、とりあえずお返し楽しみにしてんね! 美味しいものがいいな〜」
「お前は食い物のことしか考えらんねーのかよ」
ふは、と表情を緩めた大和田クンに、ボクの小さな緊張はすぐさま解れていった。流石河部さん、彼の機嫌を損ねるのも、直すのも上手い。……いや、褒めてる褒めてる。
河部さんからチョコを受け取った大和田クンは、当たり前のように袋から中身のチョコレートケーキを取り出すと、バクリと大きな一口でそれを食べた。さ、流石幼馴染。その場で食べてその場で感想を述べるというのか。やはりボクなんかとは格が違う。
ともあれ、これで彼の機嫌も完全に良くなるに違いない。渡されるのが最後だったとはいえ、これで最初に河部さんのチョコを食べたのは大和田クンということに──
「ウオエッ……!」
「は!?」
──予想外のその反応に、河部さんだけでなくボクやその周りも思わず目を丸くした。
「オイ蘭……っ、なんっだこれクッソまじィぞ!」
「ええ!? う、嘘だぁ! だってこれ、クックパッドで超簡単レシピで調べたやつだよ!? さすがに失敗なんてしないって! 紋土くんの味覚が狂ったとかじゃなくて!?」
「じゃあ食ってみろってんだ!」
「むご!!」
怒りと苦しさで顔を赤く染めた大和田クンは、河部さんの口に食べかけのケーキをねじ込む。その様子に、ぴしりとボクらは固まった。
出た、大和田クンと河部さんのナチュラルイチャつき……!!
今までに何度これを見せつけられたことか。しかも本人たちはとくに意識していない上、恋愛感情もない。素でやっているのだ。勘弁願いたい。桑田クンや葉隠クンはまたやってるぜ、と呆れたような面白そうな顔をしているし、舞園さんたちはきゃあっと楽しそうにそれを見ている。石丸クンなんかは顔を真っ赤にして、不純だなんだと騒いでいた。そのおかげで、授業開始のベルも見事にかき消されるほどに、なんだか騒々しい事態となった。
「ブグッ……な、にごれ! クッソまずっ! てかしょっぱ!? 飲み込めらいんらけど!」
「お前あれだろ、ぜってー塩と砂糖間違えただろ……!」
「おえっ……やばい言われるとそんな気がしてきた……」
「お前人にやる前に味見しろってんだよ!」
「数ギリギリだったからできなかったんだよ! 私だって食べたかったよ! いやこれは食べたくないけども!」
言い争いを続ける河部さんと大和田クンだったが、開けっ放しだった扉から先生が入ってきたことを終止符に、二人は会話を打ち切った。それから河部さんは、自分の席に着く前にボクらを一瞥すると、
「す、すみませんあとでチョコ回収させてください……」
半泣きで決まり悪そうに手を合わせた。……うん、ごめん、気持ちだけ受け取るよ……返すね。
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