次男が面倒くさい


「……ねえなんで私呼ばれたの」
「これを見やがれバーロー…」

 とっくのとうに日が沈んだ時間。カラ松からメールが来たと思えば、いつのも痛い文面とはまるで違いべらんめぇ口調。それでも奢りの文字に釣られてやってきてみると、そこには格好付けるのも忘れて大泣きしているカラ松と、それを慰めるおでん屋の坊主がいた。
 そんなカラ松がこちらを捉えた途端、一層ぼろぼろと涙を流し私の首元に全身全霊で飛び付いてきた。その腕力と勢いに夕飯吐き出すかと思ったがなんとか堪えた私は偉いんじゃなかろうか。

「おれ梨に負けたのおおおお!!!」
「うーわ1ミリも状況理解できないしパジャマな理由もわかんないしすごいウザい」
「今のカラ松にゃおめぇが必要なんだ……」
「ねえおでんくん私帰っていい?」
「いや今必要って言ったばっかだし誰がおでんくんでい!!」

ぎゃーぎゃー喚くおでんくんに、ぴーぴー泣き喚くカラ松。前者はまあ良いとして、あの格好つけ野郎カラ松がここまで泣き散らしているのは珍しい。まあ打たれ弱いし涙目になってるのは多々目撃したことはあるが。

「うおおおおおんんおおおおああああおれも梨食べだがっだぁぁぁぁ!!!」
「知らねえしすこぶるどうでもいい……」

内心うんざりしつつ、少なくともカラ松が落ち着くまで帰れないと悟った私は思わず嘆息した。あー…面倒くさい…なんでこの六つ子こんなに面倒くさいのわけわかんないんだけど…誰か助けて。
カラ松の涙がじわりじわりと、どんどん私のパーカーに染み込んでいく。今度クリーニング代請求しよう。そんなことを考えつつ、引っ付いてくるカラ松をそのままに私は椅子に腰を下ろした。それからテーブルに置いてあった水に口をつける。恐らくカラ松のだろうが飲んだ形跡はないし別に良いだろう。

「……んで、なんでただでさえウザいコイツが輪をかけてウザくなってんの」

喉を潤しながら、私はおでんくんに問う。彼は眉間に皺を寄せながら、事のあらましを話した。
なんてことはない、いつもとさして変わらないくだらない出来事だった。おでんくんが六つ子に今までの溜まりに溜まったツケを払わせるべく、カラ松を誘拐して身代金の要求(ちなみに百万)をしたは良いが家族が誰も興味を示さなかったという。まあさすがに同情の余地はあるが、所詮おでんくんからの電話。ふざけてるだけと捉えたに違いない。もしくはそんな金はないから、代わりにカラ松に人質の価値は無いと相手に悟らせて解放させるつもりだったのかもしれないし。
とか言いつつ、二つ目である可能性は限りなく低いだろうけど。だってアイツらだし。もしそうだとしてもそれは建前で、本心は面倒だったから、とかが当てはまりそうだ。だってアイツらだし。

ぐずぐず鼻を鳴らしながら抱きついているカラ松は、酷く小さく見える。思わず、ため息が出た。

「……ねえ。カラ松がいつも着けてサングラスさあ、かっこいいよね」
「…え…!?」
「まじすげーイカしてるよすげーナイスだよ」

私からの(サングラスに対する)突然の賞賛に、勢いよく顔を上げたカラ松は充血した目を泳がせた。うろたえっぷり酷いな、と感じつつ「あれ実は私すごい気に入ってるんだー」とさらに言葉を重ねる。

「そ、そ、そうか……そうかそうか、フフ、まさかトキがそんなに俺のことをかっこいいと思」
「だからね、それ欲しいなー」
「……え?」

私の台詞に、不意をつかれたカラ松は表情を固まらせた。

「カラ松のサングラス、私すごく欲しいなー。駄目?」
「え、あ……」

わざとらしく首を傾げて見せる私に、カラ松はポケットからいつものサングラスを取りだした。眉を下げ、それを困り顔で眺めている彼はどうやら迷っているようで。それは紛れもなく、サングラスをかなり気に入ってる証拠だった。それなのに、こいつは。真顔で棒読みで、どう考えても心のこもってない私の頼みに対して、こいつは。

「……フッ、トキの頼みとあらば仕方がない……特別だぞ?」

得意の決め顔で、それをずいっと私に差し出すのだ。

「……アンタほんと馬鹿だね」
「えっ?」
「いらないよ別に。貰っても使わないし」
「え、でも今お前、」
「冗談だよ」
「……まさか遠慮しているのか?フッ、可愛い奴だなトキは」
「あーやっぱそのサングラスはカラ松くんが着けてるのが一番かっこいいと思い直したのでさっきのことは忘れてください」

適当に繕った言葉を真に受けたカラ松は、また決め顔で「そうか、お前がそんなに言うなら……」とサングラスを自分に掛けた。ニヤリと口角は上がっているが、心無しか頬に赤みが差している。本当そういうところだけは、いつまでたっても可愛い奴だよお前は。痛いけど。

「つまりさあ」
「ん?」
「そういうところが駄目なんだよお前は」
「うっ……!?」

唐突に、そして端的に「駄目」などと言われたカラ松は、あからさまにダメージを受けたようだった。お前本当私のこと大好きだな兄弟に痛いとかさんざん言われてもケロッとしてるくせに。…ああ今は偶々精神が弱ってるってだけか。知らないけど。

「アレだよお前、アイツら全員お前に甘えてんだよ」
「うっ……うぇ?」

情緒不安定なのか再び涙目になっていたカラ松は、素っ頓狂な表情を見せた。

「だからぁ、どんな態度取られても本気で怒らないし、嫌ったりアイツらを傷付けたりなんかしないじゃん。そうやって"いいお兄ちゃん"だし"いい弟"だから皆甘えてんだよ。カラ松がどこまでも許してくれるから」

カラ松は言葉が見つからないのか、眉を下げて口を開けたり閉じたりしていた。そんなこと、考えたこともなかったのだろうか。だとしたら、コイツは本当に真性の馬鹿だと私は思う。

「一回アイツらの前で泣き喚いてみるとか、もしくは本気で怒ってみれば。いつものアイタタな言葉じゃなくてさぁ、思ったことそのまんま言ってみりゃいいじゃん」
「…………」
「六つ子だからって、言わないと伝わらないこともあると思うけど」

一卵性の六つ子。最初は一つの卵だった彼ら。俺があいつであいつが俺、そんなキャッチフレーズでもつけてやりたくなるその関係性。でも、それでも黙ってたら分からないことだってある。もう彼らは個々の存在であって、1つの心を共有しているわけではないのだから。

私は一、二口飲んだ水をそのままカラ松に突き出した。「水分補給しときなよ」と付け加えると、彼はしばし逡巡した後、コップを手に取り、くるりと半回転させ遠慮がちに口をつけた。その顔には若干の照れが滲んでいる。なに今更気にしてんだ?飲み回しなんてよくやってんじゃん。

「……ぷはっ」

最初はちびちびと、次第にごくごくと喉を上下させたカラ松は、残りの水を一気に飲み干した。余程喉が渇いていたのだろう。まああれだけ目から水分放出してりゃそうなるわな。
カラ松は空っぽになったコップを見つめている。まあ、もう大丈夫だろう。多分。

「んじゃ私帰るわ。奢りはまた今度ヨロシクねおでんくん」
「だーから誰がおでんくんだ!」
「ま、待ってくれ!」

バタバタ暴れるおでんくんをよそにカラ松が立ちあがる。ヤケに真剣そうな顔つきでこちらを見るものだから、思わず出口へ向かっていた足を止め身構えてしまった。

「……何?」
「トキは……トキだったら俺と梨どっちを取る!?」
「………」

絶句した。絶句せざるを得なかった。馬鹿かコイツは!あっ知ってた!昔から今に至るまでずっと馬鹿だった身を持って知ってた!!

「……梨」

ポツリと呟くとカラ松の全身に電撃が走った。それから息絶えたようにばたりと机に伏す。おでんくんが「てめー何してやがんでいバーロー!!てやんでえバーローチクショーっ!!」と目を血走らせているが無視。そのまま帰路についた。

「……アイツ馬鹿だなぁ」

店から数メートル離れたところで振り返る。今ごろまた奴の嘆きが店内に響いているに違いない。
あーあ、本当救いようのない馬鹿だアイツは。わざわざ確かめようとするのも馬鹿だし、自分を梨と比べんのも馬鹿だし、というかそもそも、

「本人に聞かれて素直に答える奴がいるかってんだよ」

梨と友人、どちらが大切かだなんてそんなの愚問じゃないか。



***
アッなんかパジャマなのに携帯もグラサンも所持してたことになってる……無視してください……


Back
Topへ