路地裏に居る四男
昔からお世辞にも社交的な性格とは言えず、友人作りも下手だった。それで不自由したことは無いとは言えないけれど、仲の良い友人が一人もいないのかと言われればそんなこともない。少なくとも、小さい頃に知り合い、今でも交流の続いている幼馴染らとは互いにかなり親しい位置にいる、と自信を持てるくらいの繋がりは持っていた。
そんな「彼ら」のうちの一人、松野一松は、その短い裏路地の奥にしゃがみ込んでいた。
丸まった背や気紛れで気難しい性格、柔らかい猫っ毛などまるで猫みたいな一松は、自身も生粋の猫好きだ。よく家でも猫と戯れているし、今彼の傍らに置いてあるビニールには猫缶か何かが入っているに違いない。
「一松」
喉から勝手に小さな声が出た。私は帰路に着こうとしていた足を止め、彼の元へ歩を進めた。別に、家も近所で互いに暇をもて余しているから、久しぶりに会ったわけでもないしわざわざ声をかけることもない。それに猫との至福のひと時を邪魔するのも野暮というものだ。だけどそれでも、私はそこに向かっていた。なんだかいつもより小さく見えたその背中を、見なかったことにはできなかった。
「一松」
もう一度、今度はちゃんと呼び掛ける。返事はない。
彼のそばの袋には、予想通り猫缶が入っていた。路地裏は光があまり差し込まず、一切の色を与えられていないようだった。彼の代名詞でもある、パーカーの紫色も、この暗さではほとんど意味を成していない。そんなうす暗い、ひんやりと重たい空気で満たされているここは、それでも彼のお気に入りの、心が安らぐ大切な場所だった。
「……こいつさ」
一松が口を開いた。彼の低い声は、いつもよりずっと抑揚がなかった。絞り出したように小さくて、不安定で、風でも吹けば消し飛んでしまいそうなほどか弱かった。
「いつもここにいて」
「うん」
「俺が来るたび顔出してくれてさ」
「うん」
私はいつの間にか一松の横にしゃがみ込んでいた。彼の膝の上に乗せられた老猫は、どこか気持ち良さそうに目を閉じていた、ような気がした。
「寿命だったみたい」
「……そっか」
「俺が今日来たときにはもう死んでて」
「……」
こういう時、なんて返すのが正解なのだろう。なんと声をかければ良いのだろう。その答えを、やっぱり私はまだ知らなくて。私でごめん、これが十四松だったら、おそ松だったら、あいつらだったらって、そう思うのもただの逃げな気がして。でも、取り繕ったような言葉も、練りに練って吐き出した模範解答だって、そんなものはいらないことだってわかっている。
一松の丸い背中に恐る恐る手を伸ばし、やさしく撫ぜる。きつく縛られた口が次第にとけていき、しばらくして、震える口から小さく、ほんの少しだけ嗚咽が漏れた。ごめんね、今隣にいるのが私で、ごめんね。
「……ねえ、この猫さ、今日一松が来てくれて良かったって思ってると思うよ」
「なんでわかるの」
「わかんないよ。けど、どうせわかんないんだから、そうあってほしいって思ったって、罰は当たんないでしょ」
「……そっか」
そうだったらいいな、と丸まって俯いたまま彼は小さく呟いた。それからしばらくやさしい手つきで猫を撫でていたが、途中で名残惜しそうに手を離し、やっぱり顔は上げないまま口を開いた。
「トキ、この後時間ある」
「うん」
「こいつの墓……一緒に、作ってほしいんだけど」
「うん、いいよ」
一松は、こういう時素直になれないことが多い。思ってもないことを言ってしまって、不器用に周りを突っぱねて、人との距離をはかれないで。でも本当は誰より優しくて真面目で繊細で、最近は昔よりその一面を見せてくれるようになった気がする。きっと、あいつらが「そう」してくれたのだろう。だから一松が、他人を容易には自分の領域に踏み入れさせない彼が、こうやって私にお願いをしてきたのは、あいつらのおかげだ。私じゃどうしようもできなかったことだ。それでも、嬉しかった。
私はこの優しい幼馴染が、いつでも素直に、あいつらと馬鹿やって笑っててくれればと思う。なんて、元々あまり多くの表情を見せない彼に思ったって、詮無いことなのだけれど。だけど、こうして私を信頼してくれる分には、勝手にそんな風に思っていたって、罰は当たらないだろう。そう思った。
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