07


 顔は可もなく不可もなく。どちらかと言えばまあ可愛い、程度。成績も普通で、特筆した特技はなし。テンションは常時低め。ややコミュニケーションを取ることが下手で、仲の良い友人と言えば幼馴染みの自分達とトト子ちゃんくらい。
 俺たち六つ子と常に行動を共にする、なんてことはなかった。友人という関係以上に彼女に固執しているわけでも、されているわけでもない──青と黄色の弟あたりは、若干愛情表現が大袈裟なところがあるが──ただ、他の友人たちよりも確かにつるむ頻度は高く、距離が近い、対等な友人。それが時池トキだった。

(ああ、腹立つ、ムカつく)

 ──トキと話さなくなって、約一ヶ月が経過した。その間に俺たちの中での不満や苛立ちは、少しずつ積もっていった。悪者になるのは慣れていたつもりだったが、存外そうでもなかったらしい。もしくは、トキを傷つけていることが負の感情になっているのか。いや、そんなことはもうどちらでも良かった。何にせよ『これ』をやめてしまうわけにはいかないのだから。

 休日の昼下がり。薄曇りの空。12月に入って、ますます冷え込んできた。吐く息は白く、冬を強く感じさせる。
 俺は一人、当てもなく町を散策していた。自分たちの部屋の、いつも通りに日常が回っているようで、どこか重い空気に、反吐が出そうで逃げるように出てきたのだ。誰もが話題には出さなかったけれど、誰もが考えていたに違いなかった。

(トキも、あいつらも、俺も、ほんっとに馬鹿だ)

 全身から不機嫌オーラが満ち溢れているであろうことも気にせず、ずかずかと街へ繰り出す。ゲームセンターにでも行くか、なにか旨いものでも食って発散するか。いくつかのスポットを脳内に巡らせていた時、見覚えのある後ろ姿が目に飛び込んできて。

「……あ?」

 反射的に、そばにあった店先の看板にしゃがんで身を潜める。今、最も会いたくなかった、そして俺を苛立たせている最大の理由であるそいつは、背後の視線に気付く様子もない。

 なるべく視界に入れないように、かつあいつの視界に入らないように、大雑把ながらに注意を払っていたというのに、これだ。勿論、同学校同学年で同じ階の教室なのだから無理があるのはわかっていたけれども。だからと言って、何も街中という可能性の低い場所で偶然出会わなくたっていいじゃないか。
 ならば早く、あいつに見つかる前にこの場から去ればいい話だ。──そうしたいところであったが、それができない理由があった。俺の視線の先には、久しく話していないトキに絡む、どこか見覚えのあるような男。年は自分たちとそう変わらなそうだ。

 トキは従来、残念なことに異性にモテた試しがなかった。それがあいつ自身の気質のせいか、自分たちがそばにいたからかはわからないが、少なくとも、俺が近くで見てきたうちではそうだった。そんなトキに、男は一体何の用だというのか。──怪しい。この上なく怪しい。
 男に促されるように、トキはその背中に追従する。そこそこの距離があるだけに、どんな会話を交わしているかは聞き取れなかったが、少なくともナンパの類ではないだろう。俺がそう感じただけ、という可能性も否定はできないが、男からは明らかに"らしい"雰囲気が見られなかった。かと言って、道案内などといった平和的な空気も感じられない。つまり、普通であれば、上手く言い繕って逃げるに違いないのだ。

 だというのに、何故お前はホイホイついていくのだ、トキよ!

 まさかあの、俺が言うのも何だが、チャラチャラと服を着崩したような男からのナンパやら愛の告白やらを期待しているんじゃないだろうか。だとしたら、あまりにちょろすぎる。単細胞なカラ松や、その名の通りなチョロ松を余裕で上回るちょろさだ。それとも馬鹿か。俺が言うのも何だが、馬鹿なのか。
 いずれにせよ、俺にはこの光景を見なかったことにするという選択肢は無かったのだ。

 男がトキを連れ込んだのは、人のいない路地裏だった。怪しい。ますます怪しい。何をどう考えたって、悪い予感しかしない。男は一体何を企んでいるのか。そして未だ逃げようとしないトキには何の勝算があるというのか。
 俺は角からそっと様子を窺い続ける。男が随分と声を潜めていることと、周囲の喧騒も相まって、会話の内容は断片的にしか聞き取れないかった。ああ、下手すれば通報ものの怪しさだ。俺が。だがそんなことを気にしている場合でもない。

 男が下卑た笑みでポケットから携帯電話を取り出し、画面をトキに見せつける。残念ながらこちらからは中身は見えなかったが、トキの背中が強張ったことは分かった。
 なんだ、何を言っている? トキは何を見せられた?
 また、何か一言二言交わすと、トキは怯えたように後ずさりする。それを見た男は、さらに笑みを深めてあいつの腕を掴んだ。

 その光景を目の当たりにした俺が、そこへ出ていこうとするより早く。
 トキは捕えられた腕を強く自分側に引き、いきなりのことによろけた男の顎に全身全霊の頭突きをかました。そしてこの動きを、俺はよく知っていた。
 反動で後ろに倒れる男から、腕を解放されたトキは素早い動きで携帯電話を奪い取る。それから、それを持った手を高々と上げた。地面に叩き付けるつもりだろうか。そう推測したのと同時に、俺は弾けるように駆け出す。

 トキの細い首に後ろから両腕を回し、庇うようにしつつもこいつを軸に半回転。そして、前方からこいつ目掛けて飛んで来ていた鉄パイプを、勢いよく蹴り飛ばした。

「おそまっ……」

 驚愕に満ちた顔を見せるトキ。だが、すぐに自分の手から携帯電話が離れていることに気がついた。どうやら俺が飛びついた時に落としてしまったようだ。それも、あろうことか相手側の方に。
 こいつは今度はその顔を真っ青に染め、慌てて数メートル先に落ちた携帯電話に手を伸ばす。しかし、それより先に奥から姿を現した別の男に回収されてしまった。

「あれ? なんだ、そっちから来てくれたんだ。この女使うまでもなかったじゃん」

 その台詞に、ああ、やはりそういうことかと納得する。
 これだから、トキが俺たちといて、良いことなど一つも無いのだ。


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