01
彼らとは、小学生の頃からの幼馴染みだった。
私は昔から友人を作るのが下手で、いつも一人でいるような子どもだった。嫌われやすい、というほどではないけど、ただ思っていることを素直に言ったり顔に出すのが苦手で、流行りのものや、女の子が心をときめかすものにもさして興味を持つことができなかったし、共感もあまりできなかった。周りにも少し、遠巻きにされていたような気もする。
『なあなあ、お前なにしてんのー?』
彼らはそんな私の世界に突然踏み入って、自由気ままにそこで暴れ倒した。そのうち、私がいたその小さな世界は彼らによって壊されることになる。
まったく別の場所から見たそこは、今まで自分がいた場所であるにも関わらず、とてもくだらないものに思えた。随分とつまらない場所にいたのだと思った。私は、私を引っ張って連れ出してくれた彼らにひどく感謝していた。
今も相変わらず私は友人を作るのが下手だし、感情を顔に出すこともさほど上手くはならなかった。それでも私は、彼らに出会って、少しだけ、私を好きになれたのだ。

「俺たち、別れようか」
「…………は?」
冬の手前だった。昼休みの中庭、肌寒さに身を強張らせていた私は、その一文字を喉から絞り出すので精一杯だった。しかしそれは決して、投げかけられた台詞があまりにもショックで、動揺し、ことばが出なかったからではない。……衝撃、と日本語に訳せば、あながち間違いでもないわけなのだが。
──私とおそ松は、昔も今も、いわゆる恋愛関係などではなかった。断じて。
「……いや、何が?」
「だから、俺たち別れようって」
聞き返すも、同じ内容を繰り返されるばかりで思考が追いつかない。今までの思い出──ちなみにやたらと振り回されたり、碌なものが無い──を振り返ってみるが、彼に何か勘違いさせるような事を言った覚えも、した覚えもない。ではどういうことなのか。もしくは、そもそも「別れる」という意味の認識が、私とおそ松の間では違うというのか。
「俺たち……っていうか、トキと、俺たち六人ね」
「……はあ? 何それ……?」
情報が増え、余計に謎が深まったというのは一体どういうことなのだろうか。私と六人──おそ松、カラ松、チョロ松、一松、十四松、トド松が、別れる?
彼は何が言いたいのだろう。わざわざこんなところに呼び寄せておいて、何がしたいのか。考えれば考えるほど分からなくなる。
隣に腰かけるおそ松の、あまりにも見慣れきった顔をじっと見据える。彼は至っていつも通りの、かる〜くてお気楽そうな笑みを浮かべていて、さして真面目な話をしているようには見えなかった。かといって、ふざけているように見えるのかと問われると、そんなこともない。つまりは、分からないのだ。彼の意図も、感情も、何も。
小学校から高校の今まで、縁が途切れることもなく長い長い月日をなんだかんだ一緒に過ごしてきた。でも、それでも、彼の心がまるで分からなかった。
「……何、つまり、どういうこと? 縁切るってこと?」
「んー、まあそういうこったな」
「え、ちょっ……いや待ってよ。よく意味が分かんないんだけど」
「あれートキお前そんなに理解力ない奴だったっけ?」
「喧嘩売ってんの? 買わないけど」
「なんだよそれぇ。まいいや。だからつまり、俺ら金輪際駄弁ったり遊んだりしないってこと」
「……いやだから……何でそんな、急に……」
「まあ、そういうわけだから。じゃな」
ベンチにだらしなく腰掛けていたおそ松は、よっこらせと、混乱する私をよそに立ち上がる。その際軽くはためいた学ランの裾を、咄嗟に掴んだ。振り返ったその目が、さも面倒くさそうに私を見下ろしていて、酷く息が詰まる心地を覚えた。
「いや……待ってよ、そんなので納得いくと思う? なんかもうわけ分かんないし」
「お前は納得しなくてもいーの。もう俺たちで決めたことなんで」
「横暴が過ぎるっつーの。ほんとちょっと待てって、」
「……トキ、しつこいよ。それとも、ちゃんと言葉にして言ってやらなきゃわかんないの?」
びくり、と肩が震え、心臓あたりに厭な浮遊感を覚える。それでも掴んだ裾だけは、これだけは離してはいけないと、なんとか離さずにいた。
いつになく低い声。冷めたような目。同い年で、小さい頃から知っているはずなのに、全身に纏ったその威圧感に体が硬直した。──いつからだろうか。彼が、ただのお気楽な馬鹿じゃなくて、こうして人を従わせることができる"兄"に"成ってきた"のは。
まだ自覚はなさそうだし、何より彼自身が"兄"であれと言われることを嫌っているから、何とも言えない。しかしとにかく、彼はそれを、誰かれ構わず見せるような奴ではなかった。これは、彼の"弟たち"が「おいたをした」時、もしくは「他人によって害われた」時、それだけだったはずだ。少なくとも、誰より近くにいた"他人"である私から見れば、そうだった。
だからおそ松が、私に対してこんな声色で、こんな表情を見せるなんて、初めてだったのだ。
「……私が何かした? それともあんたらが何かしたの?」
「お前にはもう関係ないよ」
「関、係なくないし……当事者だよ。馬鹿なの?」
おそ松のへらりと、何の暖かみも感じない薄ら笑いが、突き放されているように思えて仕方がなかった。
実際、その通りだったのだろう。一体何だというのか。私は彼に何かされた覚えこそあれど、した覚えなどない。本当に、心当たりなどないのだ。
逸らしたら負けだと、恐ろしささえ感じている心を見て見ぬふりして、必死にその目を、離さないように、逃がさないように、睨み返す。それなのにこいつは、こちらの緊張なんてなんのその。
ぱちん!
と、比喩ではあるが、おそ松は唐突に、弾けたように破顔させた。明らかに場にそぐわないことすら、気にせずに。思わず呆気に取られていると、彼は再び口を開いた。
「ま! もう俺らのことは忘れろってことだよ! いいじゃん、俺らとなんかつるんでんじゃなくて、女友達と遊んでろって!」
「……お前、ほんと何な……あっ、」
腕をとうとう強く振りほどかれ、反動で私は後ろに倒れてしまう。地面に尻餅つくよかましではあるが、代わりにベンチに強かに腰骨を打った。ふざけんなよ馬鹿、痛いよ、なにすんだよ。
『ちゃんと言葉にしてやらなきゃわかんないの?』
それは、縁を切ろうとする理由をわざと伏せていたというわけで。言わなくても察しろよと、遠回しに言っていたわけで。その『言葉』というのは、きっと。
「……わけ、わかんない」
遠ざかる背中に、くしゃりと顔が歪んだ。
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