06
「ったくアイツら本っ当クズばっかりでさぁ! 結局僕がケツ拭いしてるわけ!」
「コーラで酔っとる」
「六つ子六つ子って言うけど、どうしてこうも違うのかわかんないね!」
「はいはい」
「ちょっとトキからもガツンと言ってやってよ!」
「無理無理、私にそんな影響力も発言力もないから。トト子ちゃんに頼んだら」
「トト子ちゃんがそんなの了承してくれるわけねーだろ! つーか僕らのアイドルを僕らのごたごたに巻き込みたくない!」
「私は巻き込むんかーい」

よくわからない日々が、続いたと思う。
それは僕にとって、ではない。あいつにとってだ。何年もの付き合いがあった幼馴染たちに、突然距離をおかれている。しかも、理由もなしに。それはどんなに嫌なことだろう。怒りを覚えることだろう。もう嫌われていたって可笑しくない。でも、それは僕らにとっては好都合だった。僕らで決めた『あのこと』をやり遂げるためには、そのほうが良かった。
「時池か」
放課後。忘れ物を取りに教室へ戻ろうとしていた僕は、廊下の角を曲がろうとして、咄嗟に足を止めた。僕のクラスの担任の声だ。そいつが呼んだのは、僕らの幼馴染の名前。つまり、曲がればあいつに会ってしまう。
なんてタイミングだ。クソ。心の中で舌打ちする。しかしこれは仕様が無いことだ。諦めてこのまま一度引き返そう。それでやり過ごしてから、取りに行こう。そう思って踵を返しかけたところで、僕の足は止まった。
「最近、松野とはつるんでいないみたいだな」
あの教師は、僕たちのことを少し目の敵にしているところがあった。教師というのは誰を贔屓することもなく公平に生徒を見るべきだが、僕たちに対してはそういう、ある意味特別な目を向けていた。いや、あの教師だけではない。おそ松兄さんを筆頭に、良くも悪くもまあ目立つ僕らの、お世辞にも優秀なんて言えない素行を気にしている教師は多かった。
「去年お前を受け持ったが、お前は成績も悪くないし素行も問題無いんだから、わざわざ問題児を友達に選ぶことはないんじゃないか」
眉毛が、びきりと動くのを感じた。けれど、それだけだ。教師の言う通りだと思った。僕がとやかく言う資格も、手立てもない。
「あの兄弟は成績も芳しくないし、いつまでたっても遅刻癖やサボり癖の直らないやつもいる。何松かはわからんが、他校の生徒と最近また喧嘩したという噂もあるらしいじゃないか。本当に、どうしようもない。嘆かわしいな」
ああ、そうだ。その通りだ。まるで反論の余地もない。だから僕がここで腹を立てるなんて筋違いだ。確かに僕はあいつらより真面目ぶってはいるけど、ああやって一緒くたにされてるのは結局、根はクズなのを隠しきれていないということだ。だから苛立っても仕方がない。どうせあんな奴は本当の僕らを見ちゃいないんだ。だから期待もしてはいけない。
「お前ももう少し見る目を養って、あんな奴らとつるんでいないで──」
「先生」
教師の長広舌を止めたのは、他でもない。トキだった。落ち着き払った、トト子ちゃんより少し低いあの声。久しぶりに聞いた、幼馴染の声。鞄を持つ手に、力が入った。
「……確かに、松野くんたちは、馬鹿でろくでなしで」
トキは静かに言葉を紡ぐ。抑揚はほとんどない。何を想っているのか、その声色からは読み取れなかった。怒っているのかもしれないし、何も感じていないのかもしれない。
心臓が厭に跳ねていることに気が付いた。なんで僕は、ここにいるんだろう。盗み聞きなんかしてるんだろう。もしかして、トキの本心が少しでも聞けたらと、思ったのだろうか。そんなことをして、どうするつもりだったのだろうか。
そして僕はきっと、それを聞くのが怖いんだ。
「でも」
「っトキ!」
──四つの驚いた目玉が、一気に僕の方を向いた。それでも構うことなく、僕は二人のもとへ乱入し、鞄を持たないほうの手でトキの腕を取る。喧嘩した時に掴む野郎どもの腕とは違って、随分細い手だと思った。「いつまで待たせるんだよ」適当な台詞で状況を正当化して、そのまま引っ張るように、彼女を教師から引き剥がすように僕は歩き続ける。トキは呆然と残された教師を気にしながらも、僕の手を振りほどくことはなかった。
「チョロ松」
しばらく歩いて、誰もいない階段脇へとたどり着く。呼ばれた名前に、反応することはない。できる道理が無い。僕はそっとトキから手を離した。もう忘れ物は諦めよう。どうせちゃんと持ち帰ったところで、予習なんてしやしないのだから。
「チョロ松、なんで……」
うるさい、と言いかけて、どうにか留まった。こいつが悪いわけじゃない。むしろこいつは何も悪くない。ただ僕が、もうこれ以上こいつの声を聴きたくなかった。……違う。こいつに何か言われるのが怖かったんだ。
トキは怒らない。戸惑っているようだった。それでも僕はトキに掛ける言葉を全部、すぐには取り出せない奥深くの所にしまいこんでしまっていて、黙る他なかった。
ぐ、と喉が詰まった。何かがせり上がって来そうになって、僕は立ち尽くすトキを置き去りに、たまらずその場から逃げ出した。
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