クラスメイトの見解
うちの学校には世にも珍しい六つ子が在籍している。一卵性の彼らは、コピー&ペーストを繰り返したかのようにそれはもうソックリで、色分けされたパーカーや持ち物がほとんど唯一の彼らを見分ける手段だ。聞くところによれば、他にもいくつか見分けるポイントはあるらしいが、何の接点も持たない俺は知る由も意味もない。そんな彼らは、良くも悪くも小さな噂がぽつりぽつりと絶えない存在だった。つまるところ、ちょっとした有名人ってやつだ。
「ね〜、あんたここの席の女どこ行ったか知らない?」
六つ子のうちの赤色、松野おそ松が俺に話しかけたのは、或る日の休み時間のことだった。
ここ、と指さしたそこは、俺の隣の席だ。トン、トン、と指で机を叩くその様は催促しているかのようで、呆然としていた俺は慌てて首を振った。嘘ではない、本当に知らなかった。というか、ただ席が隣同士なだけで、異性とペラペラ喋るほど俺は社交的な性格ではない。大方トイレか何かだろうとも思ったが、女性に対してそんな憶測を立てるのもなかなかに失礼だろう。
俺の返事を聞いた松野は、ええ〜? とあからさまに残念そうに顔を崩した。
──かと思えば、彼は何の脈絡もなくその席に掛けられていた鞄のチャックを開け、あろうことか中身をガサゴソと漁り始めたのだ。その行動に、俺は驚愕で顎をはずしそうになった。
「ちょちょ、ちょ!? お前なにやってんだ!?」
「いやー英和忘れちってさぁ。あの先生めんどっちいからサボろうかと思ったんだけど、チョロ松がうるさくってよ〜。だから借りに来たの」
……松野おそ松は、誰に対してもフレンドリーだ。それは今日初めて会話を交わした俺も、例外ではないらしい。ここまであっけらかんと明け透けに事情を語られては、咄嗟に言葉すら出ない。嘘だ、出てはいる。
「だからって女子の鞄漁るなよ!」
どんな理由があれ、この行動は流石にないだろう。いや、たとえ男子の鞄だったとしても、許され難いと個人的には思う。少なくとも、俺だったら嫌だ。
なんとか松野の行動を止めようと奮闘していると、松野が「あ」と声を漏らした。その視線を追えば、今まさに漁られている鞄の主、時池が眉間にしわを寄せて突っ立っていた。
「おートキ〜!」
「……何してんの、おそ松」
見るからに不機嫌そうな時池は、つかつかと松野のもとへ近付いてくる。そういえば、彼女が誰かを呼び捨てにしているのを聞いたのは初めてかもしれない。今まで彼女との接点もまるで無かったため、定かではないが。それでも、彼女はあまり人と親し気に話しているのを見たことが無いような気がする。いつも一人で静かにしているような、そんな女子だ。そしてそれは、窓際で本を読む文学少女的なそれではなく、言うなれば誰も寄せ付けないような一匹狼的な雰囲気だった。
だから、そんな彼女がまさか、学校の有名人と付き合っていたとは。驚きだ。
「人の鞄勝手に漁んな。人として駄目でしょ」
「いいじゃん俺とお前の仲だろ〜? ねえ英和貸してよ」
「鞄を漁り漁られるような仲になった覚えはねーよ」
時池は松野と軽口を叩きつつ、彼を押しのけ自身の鞄を漁る。そこから取り出した英和辞典を彼に手渡すと、汚さないでよ、だの後ですぐ返しにきてよ、だの条件を付けて彼を追いやった。ちらりと時計を確認すれば、チャイムが鳴るまであと1,2分だった。
松野は扉を出る直前、振り返って「今度アイス奢るー! カラ松が!」と叫んでから去って行った。時池はと言うと、アンタじゃないのかよ……と呆れつつも、どこか柔らかな表情をしている。あ、こいつ、こんな顔もできたんだ。いつもさして面白くもなさそうな仏頂面をしていたから、俺は思わずその顔を凝視してしまった。しかしそれがいけなかったようで、視線を感じたのか彼女はふとこちらを向いた。ぱちり、と視線がかち合う。
「……あー……あの、ごめん」
「えっ?」
「アイツ馬鹿だから。なんか迷惑とか……かけなかった?」
「えっいやいや、全然そんなことねーって」
そう、良かった。彼女は小さく笑った。そっか、こういう表情は、あの松野が関わってこそか。なるほど、なるほど。
こういう顔、もっと見せれば友達ももっと増えるんじゃなかろうか、なんて余計な世話にも程があることを思ってしまった。
「いやー、あれだな。それにしても意外だな」
「何が……?」
「時池みたいなタイプのやつが、あの赤い松野みたいなタイプのやつと付き合ってるなんて」
「は!?」
初めて聞いた時池の大声は、タイミングよく鳴ったチャイムの音でかき消されていった。そんな彼女が口を開くと同時に、教師が部屋へ入ってくる。時池が苦々しく顔を歪めた。俺も俺で聞きたいことがあったのだが、仕方なしに大人しく席につく。
鞄から教科書とノートを取り出し、今日のページを開く。その上に、横からメモが入り込んできた。
『付き合ってないから』
余程慌てて書いたのか、かなり文字が乱れている。というか、え、そうなの? 付き合ってないの? 高校生の男女が、名前で呼び合ってるのに? というか、あんなに気の置けない仲っぽそうなのに?
ちらりと時池の顔を盗み見る。きゅっと口を閉じ、眉間にしわを寄せている。端的に言えば、物凄く不愉快そうな顔をしていた。その表情に首を傾げつつも、俺は筆箱からシャーペンを取り出す。
『ただのダチ?』
そのメモを拝借し、隅に文字を書き連ねる。それを時池の机に返せば、彼女はすぐにそこにペンを走らせた。
『幼馴染』
『そうなの? じゃあ他の松野も?』
『そう』
『そうなんだ』
そこで書くことは尽きて、紙面上での会話はあっけなく終了した。それにしても、やっぱりあの距離感は普通の幼馴染じゃないような……もっと、こう、言うなれば姉と弟みたいな、家族に近い関係性のようにも見えた。きっと、俺じゃ計り知れないほどに、彼らとの関わりを深く築いてきたに違いない。
学校の有名人で常に騒がしい男子たちと、一匹狼気質の静かな女子。そのミスマッチ感は大きいが、彼らには互いにしか見せない表情があるほどに、強い結びつきがあるに違いない。
ちらりと、横目でもう一度彼女を盗み見る──その前に、今一度メモを挟んだ白い指がこちらへ伸びてきた。
『あと、女の子も一人、幼馴染。あいつらはむしろ、私よりそっちの方が』
『え、そうなの?』
『私も、あいつらよりはあの子の方が』
『……そうなの?』
……わけわかんね。
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