悪夢のエキシビションマッチ

「貴女も雇われたんでしょ?」
「はい?」

 女子更衣室にて声を掛けてきたのは、桜色の髪の毛をシニヨンにした少女だった。三つ編みで作ったカチューシャが愛らしく、お洒落に敏感な今時の学生感を醸し出している。適当に離れたロッカーを選んだつもりだったが、彼女はいつの間にか二つ隣のロッカーの前に移動してきていたらしかった。

「ああ〜そっすね」

 適当に話を合わせ、桜の少女を不審がられない程度に横目で観察する。どこかの学校──確か沖縄のナントカ中学校だったか──のサッカーユニフォームを、首もとを広げつつ脱ぐ彼女の腕や足は、しなやかな筋肉がついているように見受けられたが、サッカーによってついたものとするには妙な違和感があった。

「私の報酬は、留学費用を賄ってもらうこと! それで世界最高峰の新体操チームに入るの。今いる学校の部活って私にはレベルが低すぎるのよね〜」
「そーですかぁ」

 可笑しな単語がいくつも飛び出したことに引っ掛かりを覚えつつも、日和はまた適当に相槌を打つ。「貴女は?」「ああ〜そんな殊勝な願いじゃないんで、シークレットで」「ふうん、そう」これまた適当に返答すれば、彼女はどこかつまらなそうに呟いた。
 首のつまった代表ユニフォームは、頭を通すのも大変で、桜の少女の綺麗にセットされていた髪型をあっという間に崩した。「うわ、最悪……」彼女は一瞬嫌な顔をしたが、すぐに切り替えて手持ちの荷物からポーチを取り出す。中から出した折り畳みのコームを使って、また結び直しを始めた。フィールド内を長時間駆け回るサッカーという競技において、その手の込んだ髪型と乱れを気にする性質は果たして問題ないと言えるのだろうか。

「あ、わたし野咲さくら。二年」
「鬼城日和、一年でーす」
「あれ、年下だったんだ? 同い年か上かと思ってた」

 年上の可能性を感じながらもタメ口を貫いていた彼女──野咲の図太さにどこか感心しつつ、日和は「よく言われます」と淡々と返した。

「うきゃっ!」

 不意に高い声がして、彼女たちはそろって後ろを振り返った。このチームのもう一人の女子選手だ。代表ユニフォームのハーフパンツを履こうとしたところで、バランスを崩したのか裾でも踏んづけたのか、彼女はころりと後ろに転がってしまったらしい。中途半端に脱げたハーフパンツから、緑のチェックの下着が覗いていた。

「ぷっ……」

 隣の野咲が、少女に気付かれない程度に小さく吹き出した。そこから滲む温度は微笑ましさから来るものではなく、むしろ小馬鹿にするような意図が感じられた。
 少女は慌てて立ち上がって、いそいそとハーフパンツを履き直す。随分と低い小学生のような身長は、日和の中で雷門の西園信助を彷彿とさせた。深緑の癖毛を左右でわけて束ねた姿は少女の幼さを助長させており、なにかのマスコットキャラクターのようなシルエットにも見えた。

「それにしても、いきなりエキシビションマッチなんて困っちゃうわよね」

 日和は野咲のほうに視線を戻した。彼女はいつの間にか上下着替えを終えており、日和もそれに倣うようにさっさと着替えを進めていく。

「普通ある程度鍛えてくれてからやってもいいじゃない」
「や〜でも我々一応日本を代表する精鋭なわけですし。今の時点で実力が備わってること前提で動いてるんじゃないっすかねぇ」
「わたしサッカーって体育で数回やった程度なのよねー。もうルールとかぜーんぜんわかんない」
「あれま」

 なるほど、事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。中学サッカー日本代表が、サッカー未経験者。奇々怪々で摩訶不思議な空気が渦巻くこの大会は、想定していた以上に厄介なことになりそうだと、日和は無言で息を吐いた。







 フットボールフロンティア・インターナショナル・ヴィジョンツー……通称、"FFIV2"。少年サッカー世界一を決める大規模な大会が、この度開催される運びになった。
 サッカーの人気は世界中で留まることを知らず、サッカー人口は増え続けている。そんな中FFIV2では女子選手の参加も可能になり、ライバルが増えたこともあって代表候補の子どもたちは皆ますます浮き足立っていた。
 しかし本日、満を持して発表された日本の代表選手たち。彼らのそのほとんどが、中学サッカー界においてまったく無名の選手たちだった。全国大会ホーリーロードで優勝を収めた雷門から選出された、松風天馬、剣城京介、神童拓人以外の選手は、そのホーリーロードにすら出場していなかった面々だ。

「あーあーこりゃてぇへんだ」

 おどけた口調でフィールドを見つめる鬼城日和は、日本代表に抜擢された女子選手の一人だった。先述した雷門中学校に所属する彼女は、類まれな身体能力とサッカーセンスを持った存在だ。数か月前まで、ともに時空を──そう、何の比喩でもなく、文字通り『時空』を飛び越え、サッカーで戦ってきた仲間たちであれば、その実力は重々承知している。彼女が代表に選ばれようとも、本来ならば疑問が湧くこともない。
 そう、本来ならば・・・・・、である。日和は才能に恵まれていながら、サッカー部には籍を置いておらず、学外のクラブ等に所属することもしていなかった。無論、何らかの大会への出場記録も持っていない。そして秘密裏に行われていた時空を超える戦いのことも、大会運営側が知る由もないはずなのだ。
 ならばどうして彼女が代表選手に選ばれる運びとなったのか。それをまだ、彼女自身も、彼女の仲間も、誰一人知らないままでいた。

「いや〜論外どころの騒ぎじゃないでっせ〜これは」

 選考会直後に唐突に行われた、名門校・帝国学園とのエキシビションマッチ。そのスタンディングメンバーに選ばれたのは、日和を除く計11名の選手たちだった。唯一ベンチを言い渡された日和はこうしてベンチでフィールドを眺めていたわけだが、その戦況は惨状とも言える事態であった。
 パスをしても反応できない。飛んできたボールを機敏に避ける。キーパーがペナルティエリア外で手を使う。ホイッスルが鳴るほどの暴力的な行為。……挙げていけばキリがなかった。
 その惨状を見事作り上げたのは、雷門中以外から選抜された無名の選手──更衣室で話した女子選手の野咲さくらと、森村好葉。それから瞬木隼人、鉄角真、井吹宗正、真名部陣一郎、皆帆和人、九坂隆二の八名だった。彼らは全員、サッカーの技術などまるでない素人集団だったのだ。
 世界に通用するレベルどころか、小学生のチームにも到底勝てそうにないほど未成熟なサッカープレーヤーたち。個々の身体能力だけに焦点を当てると、多少秀でた者もいるようだったが、それでしのぎ切れるほど帝国学園は易しい相手ではない。結局試合は雷門出身の天馬、剣城、神童の活躍によってどうにか一点巻き返したものの、最終的な点差は十以上にも及ぶ大惨事となった。

「随分冷静なんですね」
「おっと? それはお互い様じゃないですかねえ」
「フフッ」

 二人分ほど離れて同じベンチに座っていた少女──マネージャーの水川みのりというらしい──は、含みのある涼やかな笑みを湛えて見せた。それを笑うも怒るもなく、感情の読めない表情で見つめる日和。一見すれば可憐な少女たちのクールな掛け合いであったが、そこには互いの腹の内を読み合うような冷徹な空気感が流れていた。

「神童センパイ、あとでキャベジン買ったげよ」

 悪夢のような試合を見せられた観客たちから、ブーイングの雨が降り注ぐ。遠目で認めた神童の目尻の雫に、誰にともなく日和はぽつりと呟いた。



5周年フリリク/イナギャラ勢との話@

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