転入生の影山くん
「それじゃあ鬼城、色々と教えてやってくれ」
「はい」
担任に促されて、鬼城と呼ばれたその女子生徒は凛と返事をする。大人っぽくて理知的な外見に加え、静かで表情ひとつ崩さない彼女は、転入したての影山輝に一種のプレッシャーを与えていた。
輝はぎくしゃくとぎこちない動きで、指定された席に向かう。真新しい鞄を机のそばに置き、居心地の悪さを覚えなから浅く椅子に腰かけた。その間、あちこちから好奇の視線が突き刺さり、輝につきつきとした胃痛を与えたが、中でも一等堪えたのが隣席の無表情だった。彼女の視線だけは、不躾にこちらに向けられていない分いくらかマシだったのかもしれないが。
何もかもに不慣れな輝を置き去りにするように、授業が始まる。どうやら一限目はそのまま担任が請け負う教科らしかった。日直だか係だかの号令に合わせて座ったばかりの椅子から立ち上がり、また座る。座面がやけに冷たく感じて厭な汗が額に浮いた。
「ねえ」突然小さな声が耳に触れて、輝は肩を震わせるのをなんとか耐える。ちらりと隣に目をやれば、隣の彼女がこちらを見ていた。薄い眼鏡の奥に見える鋭い目は、はっきりとした意思を感じられて、輝はますますまごついてしまう。
「鬼城日和です。どぞヨロシク」
「アッぼっ、くはかげや、」
「さっき聞いた」
「あっ、あっ、」
「教科書もらった?」
「アッまだです!」
「じゃはい」
まるで初めて人類とのコミュニケーションを取りますと言わんばかりの拙い反応に、輝は一瞬消えたくなった。しかし日和と名乗った彼女は微塵にも気にしていない様子で、自分の机を輝のものとくっつけると教科書を中央に開く。「あっ、ありがとう! ございます!」とかろうじて小声で伝えれば、「いーえ」と少し気の抜けたような返事が返ってきた。
一見冷たそうに見えたけど、存外彼女は優しい人なのかもしれない。そんなことを思って、輝はいや、いや、と首を振る。冷酷なだけの人間なんて、きっといないのだ。そう思うなら、それは相手をよく知らないだけなのだ。
だから輝は、このクラスで初めて話した彼女のことをもっと知りたい、仲良くなりたいと思った。しかしどうしたものか、休み時間が来たとして、何と声をかければ……そんな風に視線を泳がせていると、彼女の教科書の隅に、シャーペンで薄く落書きされているのが見えた。はて、なんだろう、このぐるぐるした絵は……ワラビか何かだろうか? いやはや、それにしても、いかにも真面目そうで優等生に見える日和が、授業中に落書きに興じるタイプだったことに輝は驚く。もしかして、やはり、想像したより親しみやすい人なのかもしれない。
ちらりと隣の席を盗み見る。すると彼女は疲れているのか、それとも何か考え事をしているのか、姿勢は正したまま少しだけ俯いて目を伏せていた。
(わ……絵になるなぁ)
瞑った目は長い睫毛に縁取られて、彼女の大人っぽい綺麗さをより強調している。すっと鼻筋の通った横顔は透明感があって、輝はドキリと心臓が動くのを感じた。これは、綺麗なものに見惚れる時の気持ちだ。ちらちらと黒板を見ながらも、彼女の横顔に視線が吸い寄せられてしまう。だから彼は、その頭がコクッと頷くのも、決して見逃すことはなかったのだ。
(えっ……?)
いやいやまさか。そう一度は否定したものの、その違和感を拭いされることはなく。輝は今一度、彼女に視線を向けた。瞳を閉じた横顔が、またカクッ、と首から折れる。
(……やっぱり、寝てる!!)
……な、仲良くなれるかなぁ。
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