/脱出

「えっと、その手に握っているものは何でしょうか、翼様・・・。」
「見てわかんないの? ナイフだよ、ナイフ。」
「いやいやそれはわかります! 私が聞きたいのはそのナイフで何をするのかということで・・・。
 しかも心なしかなんだかそのナイフ私に向けられている気がするんですけど・・・!?」
「有希、騒ぐなよ? それとちゃんと真っ直ぐ立って。 ―――じゃぁやるよ。」
「えっ! ちょっと、え!? や、やめてえええええええええええっ! むぐっ!」

























脱出

























「騒ぐなっていっただろ! ったく・・・。」
翼は焦ったように手で有希の口を塞ぐと、有希に向かってにっこりと微笑んだ。
可愛らしい顔なのに、後ろでは黒いオーラが渦巻いてる。
有希はその微笑に負けてしゅん、と大人しくなった。
翼は有希の口を覆っていた手を離し、再びナイフを有希に向ける。




「いい? 今度叫んだら・・・。」
「いやいやいや、叫びません!」
「不安なら目でもつぶってな。」
翼はナイフを握って、有希の服へと近づけた。
有希は翼の意図がわからず思い切り目を堅くつぶった。
殺されることは無いと思うけど、一体どういう・・・。

























ビリリリリッ

























「そんなに力入れられると困るんだけどね・・・。まあいいや、終わったよ。」
「終わった? え?」

ナイフは確かに自分に向けられていたが、全く痛みはなかった。
いや、翼がそんなことするわけ無いと思ってたけどいきなりナイフを向けられると困るでしょ!
その代わり、なんだか布が裂かれる音がしたんですけど。
それと心なしか足がスースーするような・・・。

目をしっかりと開けて、翼を見ると当の本人はすごく笑顔で。
「我ながらナイスセンスだね。」
こう言葉を漏らした。

急激に嫌な予感がして、部屋に置いてある全身鏡の前へと走った。

























「な、な・・・!」
「どう?」
「どう? ってこれは・・・!」


























鏡に映った自分は、既にこれから結婚するような花嫁ではなかった。

重く引きずるように歩いていた真っ白なウエディングドレスは翼のナイフによってとんでもないことになっていた。
床についていたドレスの裾が、今では膝上十センチぐらいの長さに。
しかもご丁寧にどっかの妖精が着ているように先がギザギザになってるし。

・・・確かに、可愛いけど。



「有希、そのままじっとしてて。」
何時の間に後ろに来ていたのか、翼の声に有希はキョロキョロとした動作を止める。
翼が有希の髪を掻き揚げ、ドレスの裾だった高級な生地で有希の漆黒の髪を上のほうで一つにくくる。
長めのポニーテールが出来上がって、翼は満足気に有希に微笑む。


「似合ってる。さすが俺。」
「うん、ありがと・・・。」

一瞬殺されるかと思ったということは言わないで置こう。
言ったらそれこそ本当に殺される。うん。



「さて、それで動きやすくなったね。」
「翼のその服はどうするの?」
「俺は街に下りたときに一着服買った。」
そう言って翼はクローゼットを指差した。


「わ、私も買えばよかった・・・。」
「脱出したらまず服だね。それも十分可愛いけど。」
「でも翼、ほんとセンスいいね!」

有希は今の格好が気に入ったのか、クルリと鏡の前で回った。
嬉しそうな有希の表情を見て、翼は微笑むと自分も着替えるために服を脱ぎだした。
鏡の前で夢中になってるからここで着替えても大丈夫だろう。
まぁ見られてもどうってことないけど。
翼はクローゼットから街でかった安い魔術師の服を取り出した。

























さあ、これからが本番だ。



























約束は、守る。
絶対合流するまで護るさ。





























翼は気合いを入れなおした。

































「うわー、何処もかしこも兵士ばっかだな・・・。」
「なんせ一国の姫様の結婚式だしな。」
「さらに政略結婚で重要さも倍増、か。」

光宏は顔を顰めながら、人気の少ない部屋へ柾輝を誘導した。
柾輝は手を招く光宏を確認すると、兵士がいないか確認をして光宏に続く。
部屋の中に誰も居ないことを二人で確認すると、二人はすばやく部屋に入り込み、鍵をかけた。
今まで張られていた緊張が解け、二人は同時に安堵の溜息をついた。








「ここでしばらく様子見だな。」
「あいつ等が動き出さないと俺たち動けないからな・・・。」
「それまで武器の手入れでもしておくか。」
「え、なに。兵士と戦う気満々?」
「いや、帰りもあの地下水路通るからな。」

柾輝は部屋の中のソファーにどっかりと腰を降ろして短剣を取り出した。
光宏も特にすることが見つからなかったので、同じく向かい側のソファーに座って剣の整備を始めた。











きっと、この剣でこれから沢山のモノを傷つけるのだろう。
ただ、不思議と罪悪感みたいなものはない。
ここは人が“創りあげた”空間なのだ。ゲームなのだ。
全てが虚構であり、現実に存在しない。


























「全てが本物でも、有希が関わると俺は全てに本気になるけどね。」


















光宏はボソリと呟いた。



自分の力の源は、有希だ。
それはきっと有希も同じで、だから・・・俺を待ってくれてるはずだ。

























「来たか。」
「騒がしくなったな。」


それから約三十分後だろうか、城内が急に慌しくなった気がする。
部屋の前の廊下を走っていく兵士が絶えず、それもなにやら大声で連絡している。
馬鹿だ。
大声で叫んだら俺たちに情報が筒抜けなのに。









「おい!見つかったか!?」
「さっき中庭に続く廊下を走っていったと聞いた!」








兵士がわざわざ情報を提供してくれるから、光宏と柾輝は自分の装備の整備を止めて耳を澄ましていた。
ただひとつ、問題がある。

兵士が絶えずここの前を通るため、この部屋を出るタイミングがつかめないのだ。
ここまで兵士が動いているということは、有希たちはもう逃げ出して俺たちを待っていると踏んでいい。
俺たちと合流する前に有希たちが兵士に捕まると、ゲームオーバーでそこまでだ。

柾輝はふと立ち上がり、部屋についている窓を覗いた。
中庭に面した部屋。侵入した勝手口からもそれほど離れては居ない。


さっき中庭に続く廊下を走っていたというのなら、賭けるしかない。


光宏の方に目線を送ると、光宏もわかったかのように頷く。
光が漏れる窓の下に光宏と柾輝はしゃがみこみ、耳を済ませる。
タイミングが、命だ。

























「後ろに三人!」
「まいったね、前に五人だよ。」

翼は有希の手を引き、ひたすら走っていた。
もうきっと二人は城内に居るはずだ。
そのためには自分たちの居場所を知らせるために騒ぐ必要があって。

数分前に有希と翼は待機室から駆け出したのだ。
ドアの前に居た監視を気絶させて、わざと見つかるように。
これも作戦のうちだ。
しかし、誤算が一つあった。










「まさかこんなに沸くとはね。有希、随分と大切にされてるじゃん。」
「私をじゃなくて、“私の力”の間違いよ。」
捕まえに来る兵士の腕をなぎ払いながら、有希は不機嫌な声で言った。
やがて翼がロッドで打撃してるのを見て、有希は自分のロッドで真似しはじめた。

「へぇ、戦うお姫様なんてありきたりだね。」
「前衛でもいけるわよ、たぶんね。」
有希は翼の言葉に笑って返すと、また一人兵士を地へと伏せた。
もちろんロッドで殴ったぐらいじゃ兵士は死なない。
つまり追う兵士は全く減らず、増えるばっかり。

有希と翼は応戦をやめ、防戦に変更した。
翼は有希の手を握り、兵士を誘導するように上手く城内を駆け回った。




そして、現在の状況に至る。





「囲まれたか。」
「どうする?翼の魔法でぶっ飛ばしてもいいけど。」
「・・・姫がそんなこと言うもんじゃないと思うけど。」
「だって幾ら姫でもこいつら全員敵だもの!」

有希の声に翼は微笑んでロッドを握る力を強めた。







いい奴がヒロイン役になった。
味方は味方、敵は敵。
ちゃんと割り切れる性格は一緒に行動しやすい。
ゲームの世界で良くある、“モンスターでも生きてるから。”という考えなんて
この世界には要らない、必要ないのだ。
割り切ることが必要だ。

敵は敵。

それがたとえ城の兵士だとしても。





大体そんな生ぬるい考えの持ち主とは合わない。
翼はロッドを構えると、有希に合図した。





「大地よ、全てを揺るがせ我を手助けよ。アースクエイク!」


もちろん手加減はしている。
翼がロッドを振り下ろすと同時に、有希と翼を囲んでいた兵士たちの地面だけが揺れる。
有希もロッドを構えると、詠唱にはいる。


「天よ、我たちに速さを貸してください。ヘイスト!」


有希がロッドを振り下ろすと、有希と翼の足に光が絡まる。



「よし、中庭まで一気に行くよ!」
「ヘイスト憶えられて良かった!」


翼が再び有希の手を取って、倒れる兵士の上を軽々しく飛んで先へ駆けて行った。
目指すは中庭。城の中じゃあまり暴れられない。
ヘイストが掛かった有希と翼の足は軽く、後ろから追加された兵士の足を撒いた。
それを確認すると、有希と翼はお互い視線を合わせて握り合う手の力を強めた。


























「ねえ、翼。中庭に行ってどうするの?」
「中庭に逃げ道があるみたいなんだけどね。それを探し当てても追っ手があっちゃ意味が無い。」
「追っ手をまとめて蹴散らして、その隙にってことね。」
「そういうこと。その時に合流するんだよ。」
「光宏と、柾輝くんだっけ?大丈夫かな・・・。」

ヘイストのおかげで全力疾走しても疲れない。
有希と翼は中庭の中心を陣取って、お互い繋いでいた手をすばやく離しロッドを構えた。
すぐに兵士はやってくるだろう、二人は戦闘体勢にはいる。



「こんなど真ん中じゃ囲まれるよ?」
「わかってるよ。」


有希の焦った声に翼はしゃあしゃあと答える。
焦るどころか翼は笑みを浮かべていて、有希はその翼の表情をみて何か考えがあるのだろうと踏む。
取り合えずロッドは抱えたまま、やってくる兵士を睨みつける。

























「姫様!」
「おいお前!お前は敵の魔術師だったのか!?」
「姫様をかえせ!」


























「ねえ、もしかして私が一方的に翼に攫われた事になってる?」
「みたいだね。ゲームのシナリオ上でもしかしたら姫は俺に攫われる設定だったのかもね。」

翼はそう言うとロッドを胸に寄せた。

「有希、俺に合わせてフラッシュね。」
「目くらましね、オッケー!」
「じゃぁ、いくよ!」



「光よ、一瞬の輝きで相手に威嚇を!」
「光よ、一瞬の瞬きで相手に威嚇を!」

























「「フラッシュ!!」」
















ガッ ガッ 

























二人のフラッシュの目潰しの後、何処からか何かを殴る音が聞こえる。
眩しくて目を瞑っていた有希が何事かと目をゆっくりを開けた瞬間。
有希は何者かに抱きつかれた。
揺れる体に慌てて力と、正体を確かめようと目を張る。
そこに映ったのは、黒い髪に以前見たこの服。


























「有希!」

























この声は、間違いなく。

























「光宏!」

























有希は手に持っていたロッドを投げ捨て、光宏を抱き返した。




「うわー!光宏来てくれてありがとう!」
「当然だろ!迎えに来てって言ったじゃん、有希。まぁ言われなくても来たけどさ。」

抱き合ってお互いの顔は見れないが、きっと有希も光宏も顔はにやけているのだろう。
後ろで翼と柾輝も互いに再会を喜んでいる。
しかし、翼は直ぐに有希と光宏に声を掛ける。




「ほら!俺の前でいちゃついてる場合じゃないよ! まだ終わってない!」


その言葉に有希と光宏は慌てて離れて、有希は落としたロッドを拾う。


「自己紹介も後! 今は逃げるよ!」
「了解!」


有希はそう言うと、光宏と柾輝が誘導する方へ走る。
ヘイストが掛かってない二人の足に、有希はヘイストをかけようとするが兵士の声が新たに聞こえてやめた。
中庭の奥、裏庭のほうに周り四人は隠されたダンジョンへの入り口へと滑り込んだ。
慌しい足音もダンジョンに入るなり止み、一度静かになった瞬間全員で叫ぶ。

























「「「「合流成功!」」」」

























有希と光宏は再び抱き合い、翼と柾輝も楽しそうに会話を交わす。
有希は光宏の温もりを感じながら、達成感を感じていた。


「俺、有希のことだいぶ探したんだぜ?」
「私は探す暇もなかったよ・・・。姫だなんて、不自由すぎ。」

有希はむくれてそう言うと、光宏は笑って有希の頭を撫でた。

「いいじゃん、姫だなんてこんな所でしかなれねえぞ?」
「それはどういう意味で言ってるのかなー?」



「はいはい、有希。取り合えず自己紹介させてくれる?」
「うん!」

翼の声に有希と光宏は頷いて、有希は柾輝の方へ。光宏は翼の方へと向き直った。



「結城有希、中学二年生だよ!一応ヒーラーです。」
「黒川柾輝で同じく中二。職業は盗賊。」
「さっきはフラッシュの合間に飛び込んできてくれてありがとう。」
「いや、翼に居場所がばれてるとはな・・・。」


よろしく、と互いに握手しあって軽く会話を交わした。
翼には色々お世話になっただの、光宏は楽しそうに私のこと話してくれただの。
一通り雑談をして、四人はこれから如何するかを話し合い始めた。


























「脱出したのはいいけど、これからどうするんだろ。」
「一応“シナリオ”と思えるものはないよな、今のところ。」
「でも、合流したって事はこのメンバーが初期メンバーってなるのかな?」
「そうだろうね。」
考えてみるのはいいが、これといって目的が無い。



「取り合えずこのダンジョンを抜けようよ!」
「次の街に何かあるかもしれないしな。」
「じゃぁお互いのレベルの披露だね。」
「翼と特訓したんだから!」
「そう言っても有希は後衛でヒーラーでしょ。」
「ぐ・・・。」


四人はやがて立ち上がり、有希がそのときにヘイストをかけた。
初めてヘイストを体験した光宏と柾輝はすごく感動して、
その表情を見た有希は何だか嬉しそうな表情を零した。

























――― 振り向かないで。

























歩き出して直ぐ、有希の耳にこんな声が聞こえたような気がして有希は顔を上げた。
でも直ぐに空耳かと思い込んで、雑談にまた戻った。
途中の敵も軽々しく、余裕だった。



気付かなかったのだ。





先ほどの声は、自分からの“忠告”だったということに。

























気付かなかったのだ。