メッセージ


「はよー。」
「あー!やっと来た!***遅いーっ!」
「・・・・・・ふぁ・・・・」

(眠みーんだからしょうがねーだろ。)

と、言いたかった言葉は噛み殺せなかった欠伸に飲み込まれた。***は欠伸で滲みでた涙を適当に拭き取りながら自分の席に向かう。今日は手ぶらで来ても良いと昨日教師に言われたので本当に何も持ってこなかった***はどかりと椅子に座った。

「冷たっ!」

思っていた以上に椅子が冷たかったことに驚き思わず声を上げる。一気に寒気が背筋を駆け上り、***は思わず着てきたコートのポケットに両手を突っ込んだ。僅かばかりの寒さ対策である。椅子の背もたれに背を預けてぐっと足を伸ばし、目を瞑る。教師が来るまで数分。それまで未だ残る睡魔に身を任せようと思ったのだ。

「来て早々寝るやつが居るか!」
「っ!いった・・・・っ!」

パーンッと小気味良い音がダイレクトに脳に響いたかと思えば頭に鈍痛。反射的に叩かれた頭を抑えて***は勢いよく振り返った。

「なにすんだよ杏子!」
「折角の卒業式なのに全く感傷にも浸らないアンタが悪い。」
「そんな理由かよ。」
「そういう理由よ。」

(ひでーな、マジで。)

ひりひりする頭頂部を摩りながら***は唇を尖らせた。本来面倒見が良く優しい杏子は何故か***に対する態度が荒い。それが愛情の裏返しとは知らない***は涙目を見せないように目を逸らした。

「よー***!結構いい音したな!」
「触んな城之内。」

見ていたらしい城之内に頭をポンポンと叩かれてギロリと睨みあげる。見ていたなら助けて欲しいものだと***は乱暴に城之内の手を払った。
城之内は出会った時から***のことを妹のように扱う節があった。どうやら***と城之内の身長差が城之内の実妹と同じらしく、どうしても***を妹のように見てしまうらしい。勿論そんな扱いを***が気に入る筈もなく、寧ろ同い年なのに同級生に兄貴面をされることに苛立ちを抑えきれずいつだって城之内の相手をすることはなかった。

「反抗期か!?兄ちゃんは悲しいっ!」
「黙れシスコン。」
「まあまあ***、そんな怒んなよ。」

悲痛そうに嘘泣きをする城之内の後ろから苦笑いして現れた本田は宥める様に言った。もしも本当に自分が兄を持つのなら本田のような奴がいいと***はしみじみ思った。

「おはよー***ちゃん。」
「はよ、獏良。」

更に本田の後ろからヒョコリと現れた銀髪をちらりと見て挨拶を返す。どこか微笑まし気な獏良の様子も当然ながらいつものことである。

「ははっ、結局最後まで女らしくはならなかったねぇ、***ちゃん。」
「てめーもそんな顔すんなし、マジ。」

これまた微笑ましいと言いた気な笑顔の御伽登場に大きく溜息をこぼす***。このように見てわかる通り、彼らにとって***とは妹的、マスコット的存在だった。それに気づいてないのは***本人だけである。嫌がりながらも本気で咎めないから誰もやめないことをそろそろ誰かが教えてあげるべきである。

「あれ。」

ふと集まったメンバーを見て***は首を傾げた。

「遊戯は?」
「トイレ行ったわよ。ねー***もさ、卒アルに寄せ書きしようよ!」
「やだ。めんどい。」

杏子の言葉に被せるように即答する。しかしその解答を予測していた杏子は気にすることなく***の机上に既に寄せ書きページを開いた状態の卒業アルバム数冊とカラーペンを詰め込んだ筆箱を容赦なく置いた。その光景に***の口元が引きつる。

「あとアンタだけなの。私と皆の分、お願いね!アンタのアルバムにも書いてあげるからさ。」
「・・・・・・6人分・・・・」

***の胸の内で何かが萎んでいくような感覚がして大きく溜息をこぼした。なぜ私が、と既にいくつかメッセージが書き込まれた白いページを睨みつけている間にも、頼んでもいないのに机の上に配布されていた***の分のアルバムを勝手に持ち去り杏子の席でほかのメンバーも書き込みを始めていた。

「・・・・はぁ・・・」

押しに弱い***はこうなったら仕方がないとカラーペンの入った筆箱から適当にペンを引っ張り出した。

(これ多分、書かないと杏子が怒るしなぁ。)

「で、この一番上の誰の?」
「私のー。」

自分の席で立ち膝しながらアルバムに書き込む杏子が顔も上げずにそう答える。杏子の隣では獏良が黒ペンでアルバムに書き込みをしていた。

「・・・・・・」

メッセージ。メッセージか。
何書けばいいんだよ、とペンをくるくる回しながら、チラリと誰かのメッセージを見ると「これからもよろしく!」「また遊ぼうね!」など、在り来たりな文章が綴られていた。自分もそれでいいか、とペンを構えたときだった。

「***ちゃんおはよ。花つけてないけど貰わなかったの?」
「・・・・・遊戯、はよ。もらったけどめんどいから付けてない。」

声がして顔を上げればトイレから帰ってきたらしい遊戯がいつの間にか***の傍に立っていた。
花というのは昇降口で受付担当の在校生から渡された白い造花のブローチのこと。貰ったはいいがキャラじゃないと、***はそれをポケットにねじ込んでしまったのだ。

「駄目だよ付けないと。卒業生はみんな付けるって決まってるんだよ?」
「えー。」
「えーじゃないの。ほら、貸して。」

ほら、と差し出された手のひらを恨めし気にじっと見て溜息。遊戯も杏子と同じく逆らうと怖いことを知っている***は、諦めたようにカラーペンを一度置き、ポケットから型崩れした造花を引っ張り出して遊戯の手に乗せた。

「ほら、コート脱いで身体こっち向けて。」
「お母さーん。」
「旦那の方が喜ばしいな。」
「ねーわ。」

そんな冗談を言ってる間にも***のコートは強制的に脱がされる。

「さーむーいー!」
「我慢!もう、室内でコート来てるの君だけだよ!」
「寒いものは寒い。」

だからはやく終わらせろー、と催促すれば溜息をつかれた。思わずなんだよぅと***は唇を尖らす。

「こっち向いて。」
「んー。」

ぐるりと身体を遊戯の方に向けて手はお膝。遊戯は少し屈んで***の胸ポケットに造花のブローチをつけた。

「・・・・ボクからやっておいてこう言うのもあれだけど、君ってさ、ボクがそうやって触るの、気にしないよね。なんで?」
「何が?」
「・・・・だって、ほら。」

と視線で促された先を見れば、ブローチを付けるために少し触れ合っている***の胸と遊戯の手。

「・・・・別に、遊戯ならいいっしょ。」
「ボクって君に異性として見てもらえてないんだね。」
「そうでもないよ。アンタはちゃんと男だ。」
「そういう意味じゃないよ。まぁ、いいけどね。」
「なんだそれ。」

他愛もない会話がポンポンと軽快に交わされる。その間にも、遊戯の手は動き安全ピンをしっかりとブレザーの上着に留めた。

「ほら、できた。」

そう言うと同時に手が離れる。胸元を見れば白い花。

「やっぱ私のキャラじゃねぇ。」
「ピンクの制服着てる時点で手遅れだと思う。」
「やっぱし?」
「うそ。可愛いよ。」
「照れるだろ。」

棒読みじゃん、と言われながら***は自分の恰好を見下ろして口元を歪めた。やはりピンクは自分に似合わない。今日で着納めだから、今更の話ではあるが。

「こらー!おめーら何いちゃついてんだよーっ!!」

突然の怒鳴り声に振り向けば、城之内がペンを持ったままの手を振りまわしながらこちらに向かってきていた。

「うるせーよ城之内!」
「ごめんね、そう見えた?」
「お前にはまだ***はやれん!」
「親父か!」
「兄ちゃんだ!」
「いらねーよ!」
「城之内くん!それなら卒業式後、デュエルで決着をつけよう!ボクが勝ったら***ちゃんを貰うからね!」
「は!?なに言ってんだよ遊戯!」
「上等だ!受けて立つ!」
「立つな!城之内!」

「こらー!あほな芝居してないで席に付けー!最後の点呼取るぞー!」

気づけば担任教師が教室に入ってきていたらしい。***は下らない会話を聞かれた恥ずかしさとまだ全然書けていないアルバムの存在に眉をひそめた。
・・・・・SHRの間に適当に書いておけばいいか。

* * *

「うぉぉぉっ!!」
「城之内くん、もう泣き止んでよ・・・」
「くぅっ・・・・」
「本田くんもか。」

まさに男泣き。遊戯が城之内を慰めて御伽が本田を慰めて、杏子は他の女生徒に慰めてもらっていた。更に周りを見ればみんな泣いていて、教室内は嗚咽が響いていた。***はさっきもらった卒業証書を入れた筒で肩をポンポンと叩きながらその光景をなんとなく眺めた。

「***ちゃんは泣かないんだね。」
「そういうキャラに見える?」
「***ちゃんなら泣いたら可愛いと思う。」
「そりゃどーも。」

***ちゃんひどい、と隣で獏良は言うけれど顔が笑っているので本当には思っていないだろう。

「あ、そうだ。これ獏良の。」
「書いてくれたんだ。ありがとー。」

獏良のアルバムを渡してやれば、獏良は早速よせがきページを開く。読まれるのは当たり前のはずなのに、目の前で読まれるとなんだか照れくさくて、***はほんのり頬を染めながらそっぽを向いた。

「・・・・・へぇ。ボクのことそんな風に思っててくれたんだ。嬉しいな。」
「・・・・・そりゃよかった。」

どうやら喜んでくれたらしい。目を反らしながらも***はホッと息をついた。

「じゃぁあとこれ、みんなに返しといて。」
「え?自分で渡しなよ!」
「やだ。私用事あるから。」

グイッと残りのアルバムを獏良に押し付けて***はくるりと背を向けた。すると後ろからくすくす笑う声が。

「・・・・・なに笑ってやがる。」
「照れてるの?」
「照れてない!」

思わず振り返って噛みつくように怒鳴れば、獏良は「はいはい」と適当に相槌を打って笑った。その笑顔が憎たらしい。

「・・・・・お前それ以上笑ったら殴る。」
「ふふ。わかったよ。渡しとく。でもどこ行くの?」

笑うのを止めた獏良は数冊のアルバムを抱え直しながら訊ねた。

「外。すぐ戻るから。」
「外?」

聞き返されたが無視して***は椅子にかけていたコートを掴み教室を出た。



さわさわと風に揺らされ木々が鳴く。葉はとうの昔に枯れ落ち、丸裸な木はどこか寂しい。コートのポケットに手を突っ込み、もう片方の手で卒業証書を握る。見上げた木の枝の間から、白っぽい青空が垣間見えた。

「・・・・・・」

はぁ、と、溜息。望んだはずのものは、どこにも見当たらない。***は木の根元に座り込み、幹に身体を預けて目を閉じた。まだ少しひんやりした空気が頬を撫でる。

(寒いな。)

このままここで寝たら、凍死するかもしれない。そんなことを思いながら、しかし目を開けることはしなかった。
耳を掠める木々が鳴く音。遠くで騒ぐ、生徒の声。それと、街が生きている音。音だけは、あのときと変わっていない。初めて彼に会った、あの日と。

「・・・・・・」

そっと目を開け、投げやった視線は卒業証書に注がれる。黒い筒に収められた卒業証書。それはこの学校を卒業することを証明するもの。友と共に巣立っていくことを証明するもの。

そして、この思い出の場所から立ち去れという撤退命令。

「・・・・・・ねぇ。」

私、ここから離れなくちゃいけないんだって。君との思い出が詰まった、この学校から。私は去らなくちゃいけない。
君を感じることができたこの桜の木と、もうずっと一緒には居られないんだ。

「・・・・最後に、見たかったんだけどなぁ。」

出会ったあの頃のように、満開に咲く桜を見たかった。薄紅の舞う下で、日向ぼっこをしたかった。

「・・・・去年は、一緒にここで、昼寝してたのにな。」

喉が震えて、独り言が頼りなさげに空気に溶け込む。

(今、どんな顔してる?)


“こんなところで寝たら、風邪ひくぞ。”
“・・・・・誰?”
“・・・・・クラスメートだ。”
“・・・・先生に、連れ戻してこいって言われた?”
“・・・・・いや・・・”
“じゃぁアンタもサボリか。”
“・・・・・・なんとなく、”

“桜に呼ばれた気がしただけだ。”


「呼んでるよ、今・・・・」

会いたいって、心が叫んでる。そうして会って、伝えたい事があるんだ。


“帰る?どこに?”
“オレが還るべき場所へ。”
“・・・・・それは、遠いのか?”
“・・・・・そうだな。すごく・・・・遠い場所だ。”


君が遠い。短い時間しか一緒にいられなかったけれど、あれ程近くに感じていた存在。


“サイレント・マジシャンでプレイヤーへ直接攻撃!!”
“俺の負けだ、相棒・・・・”


彼は還ってしまった。還るべき場所へ。桜を見ることは二度とないまま。


“来年も、一緒に桜を見ようぜ!”


「・・・・・約束、しただろ・・・・・」

どうしてここに、桜はない。



「・・・・・***・・・・・?」

独り言に並んだ誰かの声に驚いて慌てて***は身体を起こした。そして声がした方を見やれば。

「・・・・海馬・・・。」
「こんなところで何をしている。」

珍しく学校に来ている海馬がそこに立っていた。とは言え彼の姿は制服ではなくスーツでいかにも仕事中といった感じだ。

「・・・・アンタこそ、なんでここに居んの。」
「卒業証書を取りに来ただけだ。」

ああそう、と適当に答え、***は再び桜の幹に身体を預けた。

(こいつ、ちょくちょく学校に顔を出して出席率は稼いでいたっけ。)

「で、なんでここに居るのさ。」
「たまたま通りかかっただけだ。」
「たまたまでこんなとこ通りかかるかよ。」

海馬の答えに、***は怪訝そうな表情を浮かべた。今彼女が居る場所は、偶々通りかかるには不自然は場所なのだ。校舎裏にあるプールより更に向こう側のフェンスが立てられた場所、学校の敷地内の境界線として植えられた桜並木のうちの一本の根元に***は今居るのだ。ここから校舎自体は見えても窓からはプールが死角となり、ここに人が居ても見つけられることはない。よって、ここに人が訪れることは滅多にないのだ。
けれど海馬はここに居る。

「なんで居んだよ。」
「その前にオレの質問に答えろ。こんなところで何をしている。」

さっきと全く同じ質問を繰り返される。***は腕を組んで目を閉じ、溜息混じりに答えた。

「なんでもいいだろ。昼寝するんだ。邪魔すんな。」
「ならば帰宅すればよいだろう。もう卒業生は帰っていいはずだ。」
「・・・・・・」

無言。
気にせず寝たふりでもしていればそのうち飽きてどこかに行ってくれるだろうと踏んで、***はじっと黙って眠りの体制に入った。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

しかし一向に去っていく気配はない。

(なんなんだ、こいつ。)

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・っ」
「・・・・・・ふぅん。」

(うぜぇぇぇぇぇ!!)

「っ、なんっだよっさっきからっ!!なんか用事でもあんのかよっっ!!」

しびれを切らした***がカッと目を開けて飛び起き怒鳴る。しかし相手は全く動じることなく、未だ***を見下ろしていた。

「・・・・用件なら、ある。」
「じゃぁさっさと言えよっ!!」

(あーめんどくせぇ、こいつ。)

***はイラつきを隠すこともなく、相手を睨んでやった。すると海馬は徐にスーツの懐に手を入れ、何かを取り出した。

「預かってたものだ。」
「は?」

預かってた?
海馬に何かを預けた覚えはない***は意味が分からないとでも言うように首を傾げた。***が言わんとしていることがわかったのか、海馬は一度、鼻で笑った。

「かなり癪に障るがな。アイツからお前にだ。」
「アイツ?」
「心当たりがあるだろう。」

アイツ?アイツ。あいつ。彼奴。

「・・・・・寄越せ。」
「フン。」

ピッと投げられたものは空を切り、***の方に飛んでくる。それを白羽取りの要領で両手で挟んで捕まえる。

(あっぶね。紙かよ。)

「・・・・・・・」

***はそっと手を開いて、その捕まえたものを確認した。

「・・・・・カード?」

それはM&Wでもテレホンカードでも名刺でもない。桜の絵が描かれたそれは、メッセージカード。差出人は。

「確かに渡したぞ。」

それだけ言って海馬は踵を返した。カードを持つ手に、力がこもる。

「海馬っ!」

名前を叫べば、海馬はぴたりと足を止めた。けれど振り返ることはない。それでいい。今は振り返らないで欲しい。

「・・・・・っ、ありがと。」
「・・・・・・・・」

海馬は何も言わず、***の言葉を聞くと今度こそ去っていった。もしかしたら海馬は、気づいていたのかもしれない。

「・・・・・・ばーか・・・・・っ!」

涙がぽつりぽつりと滴る。卒業式でも泣かなかったのに。悲しみが、喜びが、想いが。溢れて止まらない。

「ずるいよ・・・・、ばかぁ・・・・・っ!!」

こんなにも想いが溢れて止まらない。大好きだって叫んでる。


ねぇ、聞こえる?ここから叫べば、君に届くかな。私の声を聞いてよ。桜はまだ咲かないけれど。君への想いはいつだって溢れて止まらない。
だからお願い。この声よ、届け。

「・・・・・っ、私もっ、大好きだっ・・・・!」


この思い出の場所から去る。それが怖くて悲しくて仕方がなかった。けれど彼がくれた言葉で、やっと進める。桜は一緒でないけれど、その言葉と想いを一緒に旅立とう。大丈夫。君がくれた桜のメッセージが一緒なら。


***へ

卒業おめでとう。
ずっとずっと大好きだぜ。

アテム


ほら、見てごらん。桜が満開だ。


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