一区切りついた仕事。その夜は珍しく飲みたい気分で、後輩二人を誘って宅飲みをする事にした。 二つ返事でOKをだした後輩達は、自分より酒が弱いせいか──否、“うわばみ”と呼ばれる自分にとって大概が弱い人になるのだが──酔いも周りに回ってだいぶ前から無礼講。 真っ赤な顔で盛り上がる話題は、最近人気のマンガの話。 案の定全く知らない話題であったが、酒の肴に酔っ払い二人が熱く語る話に耳を傾ける。 「エース、カッコイイんですよぉ!」 「これだから女はよーっ、カッコイイ漢ったら白ヒゲだろうがぁ」 Aやら白髭やらはキャラクターの名前なのだろう、歳の近い後輩2人は同じマンガに今ハマっているようで熱の入りようが凄い。 「どういう話なんだ?」 気まぐれにそう尋ねれば、少女さが抜けない後輩の一人が目を輝かせて振り返る。 「先輩も、興味あります?!」 「酒の肴としちゃあ、興味ある」 「相変わらずの酒豪っスね」 ヤンキー上がりの顔の厳つい後輩が赤い顔でからからと笑う。 「ようは、海賊の話なんですが」 「バイキング?」 「似たようなもんス」 後輩のかい摘まんだ説明で内容はある程度理解出来た。 「──そういや」 話は変わるが、とポツリと呟いた言葉に、後輩2人が首を傾げる。 「こういう異世界の物語ってのはさ、作者の空想だろう?」 「そりゃそうですよ*、あり得ない話がファンタジーなんですよ*」 だいぶ酔ってる後輩に苦笑を一つ溢しながら、この話を誰から聞いたのか、何かの本の話だったかよく覚えていない事に気付いた。 「でも──実は、その異世界ってのは存在していて。 作家というのは神託みたいなひらめきだったり、夢だと思いつつ実在は異世界に迷い込んだりして──その話を作るっていう、話があるらしい」 「じゃあ……作家は異世界の伝記を書いてるって事っすか?」 興味深そうに目を輝かせる後輩に、都市伝説だろうけどと苦笑まじりに返す。 テーブルのガラス板の上に投げっぱなしにしていた煙草を引き寄せて、一本咥えながらぼんやりと言葉を続ける。 「SFじゃ、パラレルワールドなんかありがちな設定だろ。 そこから派生したもんじゃないかな」 いつの間にか寝入っていた後輩の手からグラスを離しながら、火をつけた煙草から煙を燻らせる。 「それが何かの拍子に繋がったりするんすね!」 「何だ、お前SF好きなのか?」 「非現実的な話の方が面白いじゃないですか、今の現代じゃ」 現実逃避っていうんだぞとからかえば、後輩は困ったように頭を掻いた。 「異世界と繋がるなんて、早々あってたまるかよ」 「そんな夢のない事」 「そしたら作家が増える」 「あはは、確かに」 結局、2人だけの酒盛りがいつまで続いたのか覚えちゃいないが、目を覚ますとリビングで雑魚寝をしていたせいで体が痛い。 片付けもしてないリビングの惨状に頭を抱えながらも、二日酔いに苦しむだろう後輩達の朝食を作ろうとひっそりと立ち上がる。 酒臭い体にシャワーは後にしようと思いつつ、服は替えようと私室に向かう。 誰もいない廊下から、Yシャツのボタンを外しながら部屋のドアを開ける。 ベッドとデスクぐらいしかない部屋をぼんやりと見渡しながら、引き出しからTシャツを引っ張りだしながら服を脱ぐ。 上は下着だけの姿に、朝の冷気がささる。 ふるりと体を震わせながら、Tシャツを手に振り返った先でぎょっとする。 ベッドに、先程まではなかった膨らみが出来ている。 ばっと勢いよく振り返り開けっぱなしのドアから見たリビングには、投げ出した後輩の2人分の足が見える──では、自分のベッドにあるこの人らしき塊はなんだ。 ドロボウだろうか? 警鐘を鳴らす頭からようやく眠気が吹き飛ぶ。 壁に立て掛けてあったこの夏にスイカ割りに使った木刀を手に、足音を忍ばせベッドへと近付く。 伸ばした指がシーツを掠めた。 「寝込みを襲うたぁ、馬鹿な真似はやめた方がいい」 命の為だと、耳元に低く囁く男の声は背後にいる。 目の前のベッドの膨らみはもうない。 「っ?!」 振り返り様に木刀を男に叩き込むように──振り切る、そう当りもせずに下まで下ろされた木刀。 さらりと肌を砂まじりの風が掠めた気がした。 当りもせずに、と言うのは適切ではない。 木刀は男に当たっていた──ただ、煙を斬るように木刀は男の体をすり抜けたのだ。 「なぁ……?!」 サラサラとした砂が男の体を通り過ぎた木刀の後を塞いでいく。 「言った側から、此か?」 見上げる位置にある男のハ虫類のような金色の瞳が細められたそれに後ずさった足は、直ぐにベッドにぶつかった。 「俺を誰だか、わかっていないらしい」 知らねぇよと、吐き捨てようとした口は息を吸い込んだだけで音にはならなかった。 目の前の男の殺気は堅気ではない──微かな恐怖に傾いた体は男にとんと軽く押されただけで、抵抗する間もなくベッドに沈む。 跳ね上がるように起き上がろうとした体は、直ぐ様覆い被さってきた男の体に押さえつけられる。 二人分、しかも大柄な男の体重を食らったベッドが悲鳴を上げた。 見上げる顔は愉快そうに嘲笑っている。 「っ」 「気の強い女は嫌いじゃねぇ──だが、馬鹿な女は嫌いだ」 男の手に煌めいたものはナイフだと思ったが、よくよく見るとそれは物語でしか見たことのない“フック船長”のような鉤爪。 「しかし、随分とそそる格好だ」 金属のつるりとした感触が滑るのは裸の腹部。 そういや、着てなかったと今更ながらに貞操観念が警報を鳴らしているがもはや遅い気がする。 「──突然の“来客”に、服を着る暇もなかったもので」 「あァ?」 不機嫌そうにさらりと揺れる輪郭は、二日酔いが見せた幻覚だろうか。 「とりあえず、ねぇ? 家主の許可なく、ベッドを使った罪は重いよ?」 怪訝そうな男の顔越しに後輩が、玄関先を彩っていた花瓶を振りかぶってるのか見えた。 まぁ、鈍器だけどね。片付けるの面倒なタイプを寝室で使うなと冷静な頭が叫ぶも、後輩が投げた花瓶は見事、男にクリーンヒット。 生けた花と共に被った水はもちろん、下にいたこちらにも被害はきている。 「洗濯物増やすんじゃねぇよ、アホ!!」 びちゃびちゃとする拳を、苛立ち交じり男にぶつければ、今度はすり抜ける事なくぶつかった。 「あれ?」 殴られたアゴを押さえて自分の上で悶絶する男に首を傾げる。 やはり、木刀すり抜けなんて昨日の酒が残した幻だったのだろうか? 「うわー、マジかよ本物?本物のクロコダイル?」 花瓶を振りかぶった後の体勢のまま固まり後輩の呟きに、はぁ?とこちらの間抜けな声が上がる。 「どうしよう先輩、異世界あったみたいっス……」 云億分の一より低い確率で繋がったらしい異世界は、何故か寝室に“王下七武海サー・クロコダイル”とやらを連れて来たらしい。 嗚呼、これ。休み潰れたな。 浮き上がらせていた体をぐっしょり濡れたベッドに横たえながら舌打ち1つ。 「とりあえず、アゴアッパー効いたのはわかるから。上からどいてくれ」 素肌の腹辺りに顔を埋めてまだ痛みに耐えているらしい男に悪態を吐き捨てた。 (遭難は遭難でも、異世界遭難ですよクロコダイルさん)