「先生ー!」 廊下を歩いている後ろから自分を呼ぶ声に足を止め振り返ると、庭の向こうから生徒が僅かに息を乱し駆け寄ってきた。 午後の柔らかな日差しに僅かに目を細め、近づいてくる生徒の顔を見る。 「食満か、どうした?」 廊下の高さ分も含め下にある顔を見下ろしながら僅かに首を傾げれば、食満は僅かに視線を泳がした。 「あの……今日は“相談日”ではないのは、わかっているんですが。 少し、相談に乗って貰えませんか?」 言いづらそうに伝えられた内容に片眉をはね上げ、手にしていた巻物でぽんと叩く。 「構わないが……少し待って貰えるか。 これを、山田先生に届けて来なくちゃならんのだ」 ぱっと、こちらに戻された瞳が輝く。 「はい!大丈夫です」 「なら、進路相談室に先に行って待っててくれ」 「わかりました」 お茶用意して待ってます、そう笑って言い残すと食満は踵を返した。 まだ子供らしさが抜けない青年の背中を見送りながら、小さく息をついて用事を済ますべく歩き出す。 目的の部屋の前に着くと、膝をついて中に声をかける。 「山田先生」 「クジラか、入りなさい」 すぐに返ってきた言葉に、「はい」と返事をすると襖に手をかけた。 「失礼致します」 「相変わらず、真面目だねぇ。 私らの部屋に入るときくらい楽にしていいんだよ」 襖を開け立ち上がりながら、山田先生の苦笑混じりの言葉を受け止め頭の後ろを掻いた。 この部屋を訪ねるたびに毎度言われるのだが、まったく治らないので正直自分ではもう諦めている。 「良いじゃないですか。 うみの先生の礼儀正しさは生徒に真似して欲しいくらいですよ」 快活に笑ってそう言うのは山田先生と同じクラスを担任する土井先生だ。 「まぁ、それはそうだけど……。それで、私に何か用かね?」 山田先生の文机の前に座り、手にしていた巻物を差し出す。 「学園長先生からです」 「あぁ、わざわざありがとう。」 受け取った巻物を開いて確認している山田先生の、向かい側に座していた土井先生が腰を浮かした。 「うみの先生、一休みしていきませんか? 今、お茶を淹れますから」 「あ、すみません……。先ほど食満に頼まれて、これから進路相談なんです」 「おや、そうでしたか」 眉を下げてしまった土井先生に、お気持ちだけ頂いておきます、と小さく頭を下げた私に山田先生が笑う。 「大変だなぁ、進路指導も」 「担任の先生方よりは、忙しくないですよ」 「ははは、じゃあどっこいどっこいだな。 これは私で処理しておくから、早く行って上げなさい」 「はい、ありがとうございます」 笑顔の二人にそう一礼を残し退室した。 進路指導室となっている自身の部屋へと向かう為に足を進めながら、不意に庭へと視線を移す。 放課後の学園は委員会活動に励む生徒達の声が響いていた。 「──……」 僅かな郷愁を覚え目を細める。 故郷の里で、ほんの短い期間就いた教職──アカデミーの情景を思い出す。 「もう、3年になるのか……」 思わぬ事故に巻き込まれたどり着いた“此処”で、学園に来るまで“此処”を知るためにどんな事もしてきた。 それがまさか、生徒の進路指導という形で役に立つとは、思いもよらなかった。 ヘムヘムが鳴らす鐘の音を聞きながら、例え帰れなくとも、忘れる事はないだろう故郷の記憶に蓋をして苦く口の端を歪める。 「さて……」 部屋で待っている生徒を待たせる訳にはいかないと、そう小さく呟いて歩き出した。 ──── 元・木ノ葉の里の上忍が、忍術学園進路指導の先生になって頑張るお話