俺は今悩んでいる。非常に悩んでいる。今までの人生で一番と言っていいほどに悩んでいる。
全てはつい数十分前に偶然遭遇したニヤニヤ顔のヒョンが原因なのだが…。
「ユンギヤ〜、いつも頑張っている君に僕からいいものを授けよう!」
「いやいらないです」
「ちょっとぉ、そんなこと言わないの!」
そう言って手渡されたのは一つのカップ。中には普通の飲み物が入っているようだった。
「なにこれ…なんかの飲み物ですか?」
「まあそんなとこ?…とりあえずジョングクあたりに飲ませておけばいいと思うよ〜」
じゃあね、そう言って立ち去るジニヒョンの背をぼうっと眺めながら俺は思った。
嫌な予感しかしねえな、しかもジョングクを名指しで、だ。絶対に何か裏があるに決まっている。
それにあのヒョンには変な噂があるんだ。なんでも事務所の中にあの人しか知らない謎の研究室があるとかないとか…。
いやそれが本当じゃないにしても一体これはなんだ?まさか媚薬系の何かだろうか?でもそういうのって実は存在しないっていうしな。それ系だとしてもあれはわざとらしすぎるよな…。
と、目の前のカップを見つめながら一人でウンウン唸りはじめて数十分が立つわけだが。
誰か助けてくれやしないだろうか。
大人しく捨てるべきか。いやでも、その後の反応を聞かれてしまったら困る。いくらあの人でも一応はヒョンな訳だし。
しかしだからといって、うちの大切なマンネを危険に晒す(?)のは頂けない。
ちなみに俺は死んでも飲みたくない。はてさて、どうしたものか。
「あ〜、ゆんぎひょんだ」
「あ?」
「これ美味しそうですね、一口ください」
「えっあっ、待」
いつの間にかふらっとやってきたジョングクが、俺の手の内に収まっていたカップを取っていった。
いや待てよ!!!人の話聞けよ!!!了承の一つくらい取ってから飲めよ!!!お前そんなんで毒盛られても知らねーぞ!!!??ていうか今盛られてんだよ!!!!!!!
なんて俺の心の叫びは届くはずもなく、ジョングクは喉仏を隆起させながらごくごくと二口三口、勢い良く流し込んだ。いや一口じゃねえのか。まあいい飲みっぷりだ。
が、さすがにジョングクの体調が心配になった俺はカップを取り上げ、ジョングクの肩を揺さぶった。
「え、ごめんなさい…大事なものでした?」
「いやちがうけど……………え、大丈夫なのか?」
「?…はい」
えへへと笑うジョングク。
それが可愛くて仕方ないけれど、でも俺はぶっちゃけ気が気じゃなかった。
なんかやばいやつだったらどうしよう?俺責任とれんの?その責任はジニヒョンに押し付けてもいい?
また深く考え込んでしまうと、ジョングクは小首を傾げながらゆんぎひょん?と俺の名前を呼んできた。
「ゆんぎひょん、大丈夫?」
「あー………いや、大丈夫じゃないかもな」
「え?!」
それはお前のことだけれど、とは言えるはずがなかった。
でももう仕方ない。このまま放置しておくのもあれだし、あとは部屋に行ってから考えることにしよう。
「おいジョングク、俺の部屋行くぞ」
「え、はい?」
そう言いながらジョングクの手を掴む。
「ぁ、っ……?!」
「え?」
いつもならこんなスキンシップは当たり前のはずなのに、けれど今日のジョングクは手が触れ合った瞬間にびくっと大げさに震えて手を引っ込ませていた。
どうした、と顔を覗き込めば、そこには頬を真っ赤に染めたジョングク。
「え、どうした…?痛かったか?」
「えっあっ、いや……ちが、くて、……っ、」
一瞬だけ目があったかと思うと、次の瞬間にはうろうろと視線を彷徨わせてそのまま黙り込んで俯いてしまった。
え、なにそれ。どういうリアクション?めちゃくちゃ可愛い。強いて言えば少女漫画みたいな。読んだことないけど。
でもさっきの反応は明らかに手が触れ合っただけで緊張して恥ずかしがる、まさにそんな反応だった。
「ジョングク、具合悪いか?」
「やっ!!違う!!違いますよ!!ほら早く部屋でしたっけ?!行きましょう部屋!!!」
一歩近づいて額に手を伸ばすと、またジョングクはびくりと震えて真っ赤な顔を隠すようにパタパタと部屋に向かって走っていった。
……え、俺なんかしたか?なんかした、ような記憶もないし、嫌がっているようではなかった。
強いて言えば、ものすごく最低な言い方をすると、あいつ処女かよ?
…
「うん、処女だね!」
「いやサイッッッッッッッッッテーっすね死ね」
「ひどい!」
結局あのあとジョングクは腹が減ったらしく、一度リビングに行ってからこちらに戻ってくるみたいだった。
俺はというとジョングクが見せたまるで男経験ゼロの女の子のような反応が気になって仕方なかったので速攻でジニヒョンに電話した。普段はメールすらろくに使わないのに、だ。
そしたら返ってきた反応がこれだよ。いやなんだよそれ。おかしすぎるにも程があるだろ。
「いやぁでもよくない?無知識無経験処女だよ?やりたい放題だよ?」
「なんかツッコミどころ多過ぎてどうでも良くなってきました。これ夢っすか?あー夢ですね、おやすみなさい」
「ユンギヤ今日はキレッキレだね〜」
ジニヒョン曰く、どうやらジョングクは今無知識無経験処女になっているらしい。その名の通り性的知識が乏しすぎる処女に。
いやファンタジーかよ。ここ三次元だけど。現実世界だけど。
えっまって処女?俺今まで散々あいつのこと抱いてきたんだけど?セックス履歴はオール消去されたってことか?いやなんだそれ。身体は?今まで地道に開発してきためちゃくちゃエロい身体は?それも処女になったのか?…はあ……死にたい。
「…これ治るんですか」
「ん〜たぶん」
「たぶん?」
「いやね、実はこれを経験したのはジョングクが初でね!」
「マジで死ね」
幸い(?)俺と付き合っていることは記憶に残っているから、行為に持ち込むことは造作もないんだろうけど。というのも、最近はジョングクとのすれ違いの日々が続いていたから今日は本当に本当に本当に楽しみにしていた日だったのだ。久々にジョングクの身体に触れられる日だったんだからそこは考慮してほしかったですジニヒョン。
「まあなんとかなるって!たまには新鮮な気持ちで楽しんでみるのもいいよぉ!」
「まじで無責任ですねアンタ」
「じゃああんにょ〜ん!」
「いや待っ……あー、切られたくそ」
「ゆんぎひょん?」
ぶちり、潔い音が聞こえたかと思うと、今度は背後から俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、腹が満たされたのかほくほく顔で戻ってきたジョングクが俺の隣にすとんっと腰をおろしていた。
「お腹いっぱいになりました、んふふ」
「おお、よかったな」
「今日はいい夢見れそうです」
いや夢なんか見せてやる予定ないけど。と突っ込もうとして思いとどまった。さては無知識無経験だからこのあとどういう展開になるのか分かってないのか…?え、まじで?恋人の部屋に夜中に来ておいてまんまと寝る気なのか?無知識にしても成人男性としてどうよ?
とか考えていたら、肩にとんっと何かが乗ってきたから横を見てみると、ジョングクが肩に頭を乗せてふわふわと笑っていた。
ちょっと目がとろんとしている。
は?可愛すぎかよ、なんだよ。誘ってんのか?今までの全部嘘かよ。そうだよな、さっきのは疲れてたんだ。正直無知識無経験処女とかどうでもいいしいつものエロいジョングクでいいし。
「ジョングク」
「ん?」
きょとん、と大きな瞳が俺をみる。
片方の手をジョングクの後頭部に持っていくと、ジョングクはくすぐったいです、と柔らかく笑った。少し眠たいのかふわふわとろとろした話し方が意味分かんないくらい可愛くて、ゆるゆるの口元が愛おしくて、早くキスをしたくて顔を近づけた。
だけどそこで待ち受けてたのは柔らかいふにふにの唇じゃなくて。
「えっ、や、ゆんぎひょんっ!」
べちん。
「っっっっっってーーーーな!!!何?!」
「な、なにって、ゆんぎひょんが何?!」
「いや今のはキスする流れだったろうが!」
こういうことを説明させられることが一番恥ずかしいんだけど。いやていうかなに、顔痛い。叩かれた。何もなかったんじゃないのかよ。誘ってたんじゃないのかよ。
俺の顔面に掌をクリーンヒットさせた当の本人は、顔を真っ赤にしてクッションを抱きしめて俺から距離をとった。
いやこれはシンプルに傷ついた。え、てかなに、処女ってキスもまだなの?
いやキッッッッッツ。無知識無経験処女キッッッッッツ。
久々に泣きそう。いつものエロいジョングクが恋しい。処女とかどうでもいいからいつものジョングクを返してくれ。もういっそのこと俺も無知識無経験童貞ってことで二人で一緒に寝るか。
「き、ききき、き、や、できるわけないです!」
「……いや、…キスくらいさせろよ……付き合ってんだろ俺達……」
「だ、だって、ひょん、……し、しらないの?」
「何が?」
「き、きす、したら、…あかちゃん、できちゃうんだよ?」
前言撤回。無知識無経験処女最高。
好きな人に涙目でクッションに顔埋めて恥ずかしがりながらそんなこと言われて我慢できる男いんの?いやいません。
いや可愛すぎかよ、意味わかんねえ。でもお前男だから赤ちゃんできねえよ。可愛いけど。
可愛さと面白さで顔を抑えてしまった俺に何を思ったのか、ジョングクはクッションを抱きしめながらずりずりと俺に近寄ってきた。
「だから、ね、あの……き、きす、はできないけど、……っ」
「……うん?」
「て、つなご…?」
そう言って俺の手を握りながらふんわりと笑うジョングク。
なにこれ天然記念物?いや人工だわ。確実にキム製だわ。
可愛い、可愛すぎて意味がわからない。守りたい女子ナンバーワンよりもずっと可愛い。
でもごめんなジョングク、俺はそんなに紳士じゃないんだ。
「だめ」
「え、ぁ、」
「俺の子、産んでよ」
クッションを奪って柔らかいベットに推し倒す。
腕を頭の上でしっかりまとめ、空いてる方の手でジョングクの頬を撫でた。
ジョングクは逃げられないことを悟ると、小さな声でゆんぎひょん、と呼んできた。なんだと答えてあげるけど、やめてやる気はさらさらない。
「ジョングク」
「ぅ、……ひょん、ゆんぎひょん、…」
「大丈夫、きもちいよ」
(自分なりに)優しく笑いかけてやれば少し警戒心は解けたみたいだけれど、でも、とまた言い出したので黙って唇を奪ってやった。
あまりいじめすぎたら泣いちゃいそうだったから触れるだけのキス。処女だから。
少しして離して、今度は啄ばむようにキスして、たまに下唇を吸ってやったりする。
処女じゃないジョングクはこれが好きだ。さっきまでかたく噛み締めていた唇はいつの間にか解けていて、離すと小さく吐息が溢れる。
それがあまりにもエロくて、我慢できなくなって舌を差し入れたら無抵抗に脱力していた身体は一瞬びくりと強張ったけど、いつもしてるみたいに上顎をべろりと舐めあげてあげたらおそらく違う意味でぴく、と揺れた。
これ身体は覚えてるパターンなのか。じゃあやり直しじゃないのか。
そんなことを考えながら夢中でジョングクのあつくて柔らかい口内を堪能していたら、突然組み敷いていたジョングクがジタバタと暴れ出した。
舌を噛まれたら困るので一度離れると、ぷは、なんて色気のない声を出して真っ赤な顔で深呼吸しだす。
ああそうか、処女だから息継ぎとかうまく出来ないんだな。処女だから。
もはやこの響きを楽しみつつある自分がいる。俺気持ち悪いな。
「ジョングク、きもちよかった?」
「っは、ぁ、………ゆんぎひょん、…」
「うん、ごめんながっついて」
「ぁ、…あかちゃん、できちゃう……っ」
真っ赤な顔で涙目で、それはそれは唆る顔をして何を言いだすかと思えば、まだ気にしてたのかよ。
うんまあそうか…本当に赤ちゃんできると思ってんだもんな…出来ねえけど…。
しかし正直なところかなりかなり、かなり我慢をし続けた俺はそろそろ理性も我慢も限界で、そんな言葉すら興奮を煽る要素の一つにしかならなくて。
いやここまで耐えたの偉いだろ。俺すごいだろ。正直言ったら息子めっちゃ元気だから。
そんな息子をジョングクに擦り付けて胸元を弄ると、敏感な身体は震えて困惑に満ちた涙目が俺をじっと見つめる。
あー、ダメだ。もう我慢できません。
「な、俺との赤ちゃん産んで?」
…
目覚めてまず感じたのは、疲労だった。
なんかホソガと約束してた気もするけど多分すでに間に合わない時間になってる。許せ、なんせ昨晩は大変だった。
俺のやることなすこと一つ一つに過剰に反応して恥ずかしがるジョングクはそれはそれは可愛かったけど、そして(気持ち的に)処女ももらってしまって本当の(?)子作りも体験してもらったけど。
普段以上に神経を使った気がする。だって、なんか、普段以上に大切にしなきゃいけない気がして。いやいつものジョングクも大切にしてるつもりだけど。
純情を汚すのは快感でもあり、同時に背徳感や罪悪感もとてつもなかった。もう昼くらいになってそうなカーテンの隙間から差し込む光を確認して小さく伸びをする。
俺にすり寄ってすやすやと眠るジョングクはたいそうかわいいし起こすのはかわいそうだけど、もう昼なので申し訳ないけど一度起きてもらうことにした。
「ぐく、ジョングク、昼だぞ」
「……ん、ん、……?ゆんぎひょ……?」
ぽやぽやと目覚めたばかりのジョングクが目を擦ろうとしたけれど、目を痛めたらいけないのでやめさせて頭を撫でる。
普段はしないけど、俺はすっかり昨晩のでかわいい数時間前まで処女だったジョングクを扱うことに慣れてしまった。なんだかんだ可愛いジョングクは際限なく甘やかしたくなってしまう。
けれどそんな俺の気遣いもそっちのけでジョングクは目をパチクリさせた。
「どうしたんですか、いつもそんなのしないのに」
「あ?」
「てか腰いた……ごめんなさい、昨日って酒飲んだっけ。全然覚えてない……」
「はぁ?!戻った?!」
「戻ったって何が?!」
ガバリと勢いよく起き上がると、まだ俺の腕の中だったジョングクはころりとシーツに投げ出されてしまったけどそんなこと言ってなれない。戻った、処女じゃないジョングク戻ってきた!
いや正直ちょっと残念なのはあるけど。だってあのジョングク可愛すぎたし。いつも可愛いけど。
だけどそれ以上に安心感があって、状況を理解できず頭にハテナを飛び交わせているジョングクに思い切りのしかかるように抱きつく。すると処女じゃないジョングクは慣れたようにふふふと笑って、背中に腕を回してくれた。
「どーしたんですかひょん、なんか甘えたですね」
「あー…いや、つかれた……」
「さっきまで寝てたのに?」
「ああ…やっぱこのジョングクが一番だわ…」
「?よく分かんないけど良かったですね……?」
ジョングクは昨日の記憶なんて一ミリもないんだろう。
いや、それで良かったかもしれない。俺も昨日はなんかよく分かんないこと色々口走った気がする。普段は言わないようなことばっかり。
顔を上げてジョングクの頬を撫でると、くすぐったいよひょん、と柔らかく笑った。
「ジョングク」
「なーにひょん」
「キスしていい?」
「ん?んー…だめ」
「は?」
まじかよ戻ってねえの?一瞬焦ったけど、目の前のジョングクは自分の身体を抱きしめてわざとらしくくねらせた。いやらしいことを考えてる時のニヤニヤ顔。
「だってぇ、キスしたら赤ちゃんできちゃうじゃないですかっ」
わざとらしい媚び媚びの声にぶちり、何かが切れる音。おそらく理性。
ふざけんなよ、昨日の分もめちゃくちゃに犯してやるからなこの野郎。
「いいじゃん、俺の子孕めよ」
無理やり身体を開かせて唇を奪うと即座に絡み付いてくる舌に、やっぱりジョングクはこうじゃないとな、なんてよくわからないことを考えた。