02
いきなり目の前に現れた法円から自分に向かって黒い液体の波が襲い掛かり、それは一瞬で身を包み、手足の自由を奪った。
「昔からよく言います。悪い子には旅をさせよ」
「言わねぇよ!!」
黒髪を優雅に流す姫君の視線の先には真紅の瞳に怒りをあらわにしている黒髪の男がいた。
男の体はどんどん、黒い液体に飲まれていっている。
「これから貴方を異界へ飛ばします」
「飛ばすなー!」
「ああ、そうですわ。もう一つ、貴方に術をかけておきます」
怒りに任せて怒鳴る男のことなど見えていないかのように静かに話を淡々と進めていく姫君はいたって涼しげな顔だ。そして、姫君の手元から男の額へと一筋の光が伸び、それは額に何かを刻み込んだ。
「なんだこりゃ!?」
「『呪』です。貴方がこれ以上無駄な殺生をせぬように。貴方が一人殺める度に貴方の強さは減っていきますので、お気を付け下さいませね」
「ふざけんな!知世―!」
姫君を呼び捨てにして、ブンブンと刀を乱暴に振り回すも、もうすでに体の半分以上は黒い液体の法円に呑まれている。
「では、縁があったらまた会えるでしょう。元気でお過ごし下さいね黒鋼」
「てめー!覚えてろよー!」
真紅の瞳の男、黒鋼は涼しげな知世姫の微笑みに送られ、液体に飲み込まれて消えていった。
それと同時に知世姫の顔から先程までの微笑みは消え、深刻な表情をあらわにした。
「旅が・・・始まりますわ」
一種の劇にも似たこの旅には、役割にも近いものが存在していて、それは与えられた以上の影響を及ぼすことは許されなかった。
姫君もまた、その劇の登場人物ではあったものの、物語の軸となる役を与えられたわけでは無かったので、他に及ぼしても良い波紋の大きさが限られていた。
だから、その波紋を最大限に広げて姫君は劇の行く末を見守る。
今、忍者が願うはただ一つ、――――「元いた所へ今すぐ帰せ」
輪を広げたばかりの波紋はまだ彼の願いまで到達していない。