それはしなやかな罪
「・・・・・」
仰いだそこには自分の知らない天井が広がっていて、畳のにおいが鼻を掠める。
別に手足を拘束されているわけではないが、どうもこの部屋から出ようという気が起こらない。
理由はいくつかあるのだが、それを考えるだけでも自分への嫌悪感が溜まるだけで、
それは中止した。
「なんだァ、その顔」
襖が開けられて見えたその男の顔には微笑が浮かべられ、視線は私をとらえていたものの、片方の瞳は包帯が覆っていた。
ゆっくりと上げた視線に映るのは、世間に過激派テロリストとして名を馳せる高杉晋助。
静かに閉められた襖は、私とこの男のいるこの空間を他の空間から切り離す音。
その音は私のパンドラの箱の紐を弱めてしまう。
「私を春雨の戦艦に連れてきて、何かするつもり?」
視線だけを高杉に向け、意識はパンドラの開放を防ぐことに注がれている。
向けられている私の視線にまるで気が付いていないかのように腰を下ろして、
キセルに火をつけた。
「知ってないとでも思ってるの?」
「・・・・」
高杉の妖艶な唇から漏れる煙がゆらゆらと漂いながら消えていく。
それに沿って視線を登らせていく彼の横顔に瞬時、私は囚われた。
それを見つけた高杉は満足げな笑みを浮かべて、手元のキセルをゆっくりとおろし、
床に置いた。
「部下が妖刀で小太郎を斬って、銀時と戦ったんでしょ?」
語尾を上げたものの、別に確認の意を含んでいるわけではない。
「テメェには関係ねぇだろ」
さっきまで浮かべていた笑みは消え、鋭い瞳がこちらに向いていた。
高杉の手が強引に私の顎を上げ、視線が混じり、互いの吐息を感じる。
「・・・っ!」
不意に始まった強引な口付けを剥がすと、自分なりの威圧感をもって睨む。
「守るものなんて無いし、必要も無いんじゃないの?あぜ道に誰が転がろうとも関係ないんじゃないの?」
「あァ?」
「高杉の戯れに付き合う暇なんてないから」
行く宛も無いけれど、立ち上がってこの部屋から出ようとした。が、それは出来なかった。
不意につかまれた腕のせいでバランスを崩し、天井を背景を持つ高杉が視界を覆っていた。
「戯れなんぞじゃねぇ」
「じゃぁ、何なの?」
「テメェは俺のもんなんだよ」
抗議の発言は認められず、言葉を発する術を高杉によって奪われてしまった。
私は守るべき対象ではないし、誰かに奪われ、傷つけられる対象ではない。
そして、あぜ道に転ばせるような対象ではない。
何故なら私は共にそのあぜ道を歩むべき存在だから。
一言で高杉は色々な意を含ませる。
曖昧な覚悟や想い程、罪深くてもどかしいものは無い。
その線の上を仮面の笑みを浮かべながら生きてきた私。
そんな私を知っていても何も言わず、普通に接してくれる人がいるのにも関わらず、
この男だけはそんなことなどおかまいなしで
その線の上から是が非でも、問答無用で私を無理やり引きずりおろすのだ。
迷惑でたまらない。
けれど、それを望んでいる自分がどこかにいることを否定できない。
高杉の声も、姿も、存在も、瞳も、その手も私を逃がさまいとしているのなら、
いっそのこと、貴方に溺れてしまおう。
私のパンドラの箱から溢れて今にも漏れてしまいそうなこの感情に、
己の身を委ねようか。
それはしなやかな罪
許してほしいなんて決して言わないけれど、
罪を重ねたいと思っているわけではないけれど、
それでも重ねてしまう時の中で生まれ行く私の罪。
ならば重ねれるだけ貴方との時と罪を重ねて、溺れられるだけ貴方と罪に溺れて、
笑えるだけ大切な人たちと笑って、踊らされるだけ貴方と運命と罪に踊らされて、
私は奈落の果てに堕ちてみようか。