秘匿の致すところ
目的地に着いた頃にはすっかり空は夜に覆われていた。大都会の空は夜といえど人工的な地上からの明かりに照らされ、星たちはほとんど姿を消していた。もはやここでは1等星ですらその存在は微かだった。
ビルの間を縫ってきた風が頬をやんわり撫でる。あまり心地よくはなかった。
「もう一度確認するけど、本当にここなの?」
「はい。住所合ってるのでここです。五条先生はもういるみたいです。さっき連絡来ました」
「そう・・・じゃあ、もうここでいい。五条悟がいる所教えてくれたら行くから。逃げないから」
「俺も行きます」
「駄目」
「なんでですか」
私の目の前には、彼に私を連れて来いと指示した五条悟の指定場所の建物――ホテルがある。レストランやラウンジを備えている所謂シティホテルに分類され、外観と恵比寿駅から徒歩10分圏内という立地からみて、一般的な層からすれば“高級”とされるようなホテルと思われる。富裕層生まれの五条悟の選んだとすれば納得する。だからこのホテルが指定されているのは特に問題ない。レストランやラウンジもあるのだから。けれどよりによってホテルの部屋番号を指定してきた。そこに来い、と。正直に言えばそこで五条悟と会うことも承服しかねるが、今は百歩譲って許そう。後で文句は言ってやろうとは思うが。問題はホテルの部屋まで、家族でもない未成年の彼が私と一緒に行くと言っていることだ。意識のない又は混濁した人を連れて行くわけでもなく、脅迫をしているわけでもなく、完全に彼の意思ではある。けれどもやはり、成人が未成年と一緒にホテルの部屋まで行くのは社会的にいかがなものかと思う。
「ホテルのレストランとかならまだしも、部屋は駄目。未成年とは一緒には行けない」
「俺が、俺の意思で行くって言ってるんですよ。なのにダメなんですか」
「あのね、未成年側が良いと言っても駄目なことは駄目だときっぱり言うのが大人に課せられた社会的義務なの。未成年側の“良い”を免罪符に自分の行為を無条件に肯定することは許されない。許されるべきじゃない」
こんな偉そうなことをべらべらと言ったが、私は法律家どころか法学部生でもないし、正直ここまで言う必要があったかは分からない。けれどやはりどうしても未成年の彼と私がホテルの部屋まで一緒に行くというのは許し難かった。
不服そうにけれど納得したように「分かりました」と引いてくれた。ホテルの部屋番号が書かれている紙切れを彼の手元から抜き取る。足早にその場から去ろうとした私の腕を彼が後方へと引っ張る。
「俺、ここで待ってるんで」
こことはホテルのエントランス前、屋外だ。
「△△さん、このまま有耶無耶にして去ろうとしてますよね。もう絶対に、勝手に黙って消えるなんてさせないって俺言いましたよね。△△さんが来てくれるまでここから動きませんから」
どこか幼い強情さが感じられるが、これは脅しだ。「まさか人をここにずっと待たせるわけないよな」という。彼は幼い時、こうと決めたことは必ずやるタイプだった。声色からしてそれは今も変わらないように聞こえた。恐らく、どれだけ夜風が寒かろうと雨が降ろうと、彼は言葉通り待ち続けるだろう。厄介な相手だ。「帰りなさい」と応酬するのももはや不毛なことは目に見えている。
「降参よ。でも」
入口のガラスからホテルの中を見回す。フロントとロビーを挟むようにラウンジが見えた。
「ホテルの中のあのラウンジで待ってて」
私の指さした方向を視線でなぞり、ラウンジを見つけると彼はすぐにこちらに視線を戻した。
「分かりました。絶対戻ってきてくださいよ、△△さん」
彼に念を押されるがままに私は頷いた。