懐かしくも悲しい君へ

人間は、時間の流れと共に記憶も薄れていくと誰かが言っていた。いくら、その時その瞬間が嬉しいものであっても、悲しいものであっても、忘れてしまう生き物なのだと。忘れることができれば、どれだけ幸せだろうか。そうでありたいと何度も願った彼女は、今日も過去の記憶と現在を重ね、生きていかなければならない。



自分には、前世の記憶があるらしい。そんな意識を抱いたのはナマエがまだ幼い頃だった。どのような仕組みなのかはわからないが、自分には経験のないはずの記憶を鮮明に覚えていた。その頃の彼女も、やはりナマエという名前で存在し、兵士を務めていた。前世と思わしきその世界には巨人という人類の敵がいて、沢山の死を目の当たりにするあまりにも残酷な世界だった。そんな過酷な環境ではあったが、ナマエには信頼出来る同期や、尊敬する上司、そして最愛の人がいた。ささやかな幸せが散りばめられたその世界で、ナマエがひとつ心残りだったのは、愛する人の最期を知らないことだった。兵士長であった彼、リヴァイは、ナマエが怪我を長引かせ参加出来なかった作戦にて命を落としたらしい。遺体も何も残らなかった。だからこそ、失った実感など全く湧かず、悲しむことすら出来なかった。もう一度会いたい。ただそう願うばかりで、彼女は今も過去の記憶の中に生きている。




人混みが苦手なナマエは、いつも余裕をもって通勤通学ラッシュに巻き込まれない時間帯の電車を選んで乗っている。満員電車は勿論、人の集まる場所は自然と避けるようになっていた。そういう場所にいると、なぜか自分はここにいてはならない存在に思えてしまうのだ。今日もいつも通りの電車に乗り、ゆったりと登校している。車内にはまばらにしか人がおらず、なんの喧騒もない。それがナマエにとっては心地よかった。ふと、自分の記憶の中に存在する人たちのことを考えてみる。彼らは本当に実在していて、自分と同じように現代にもいるのだろうかと。ナマエの18年間という人生の中で、その記憶の誰かと出会ったことなど一度もなかった。もしかしかすると、この記憶そのものが偽物なのかもしれない。それが真実なのかどうかすら知る術がないのだ。ぼんやりとそんなことを考えていると、電車が停車する揺れで、我に返った。どこの駅に着いたのかもわからず、ナマエは慌てて窓の外を確認した。


「なんだ、ひとつ前の駅か。」


ほっとして窓の外から目を離そうとした瞬間、懐かしく、夢にまで見た人物に似た後姿が目に入った。


「うそ…」


発車ベルが鳴り響く中、ナマエは慌てて鞄を肩にかけ、その後ろ姿を追いかけた。きっと人違いに違いない。けれど、もしかすると、そんな思いを巡らせながら、階段を駆け上った。


「あの…!」


彼を見つけ、ナマエは思わずスーツの裾を引っ張ってしまった。振り向いたその顔は見間違うはずもない、あの頃の彼のままで息を呑んだ。


「は?誰だてめぇ。」


眉間に皺を寄せ、不審がっている彼の様子を見て、すぐに理解した。

"彼の記憶に自分はいない"

のだと。絶望する間もなく、彼の言葉でナマエは現実に引き戻される。


「おい、聞いてんのか、ガキ。手を離せ。」

「す、すみません。人違いでした。」


掴んでいた裾を慌てて離し、頭を下げる。彼にとってナマエは、いきなり腕を掴んできた見ず知らずの人間でしかないのだ。


「チッ。気をつけろ。」


そう言うと、彼は歩き出し、人混みに消えてしまった。彼がいなくなった先を、ナマエは途方もなく眺め続けた。この世界までもなんて残酷なのだろうか。どうか、自分の記憶をすべて消してほしい。心からそう願ったが、それすら許されないことなのだと、絶望した。


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