運命なんてクソくらえ2

 これは監禁、と言っても過言では無いのではないだろうか。

 あれから外に出ることはおろか、外部と連絡を取ることすら出来なくなって一週間は経った。時間の感覚もないからはっきりとはわからないが、多分それくらい経ってる……ような気がする。

「あー暇。暇、ひーま。暇すぎ」

 そんな中、暇を持て余して移動可能範囲をうろうろ歩き回っていた時、唯一の知り合い…と呼べるかも怪しいが…にたまたま出会って話し掛ければ、蜂蜜色の髪をした彼は困ったように眉を下げた。

「なあバーボン、俺一体いつになったら外出れんの?」

「うーん…あのジンが相手だからねぇ…。僕には何とも言えないかな」

 困った様に小首を傾げる姿は同じ男だと言うのに不思議と不快感は無く、寧ろ何処と無くあざとさを感じさせる。

「つーかさ、アイツ俺に会いにすら来ねぇんだけど。一体なんで俺は監禁されてんだよ。意味不明なんだけど」

 たまーに遠くに居るのを見かける程度で、アイツは話し掛けに来るどころか近寄りすらしない。ただ一定の距離を保ったまま、不思議な色をした目をジッと向ける。…本当にそれだけ。それだけなのに、俺の中の血がざわりと騒ぎ立てるのは、不快感からだと信じてる。

「…くっそ、舐めてんのかアイツ」

 苛立ちから無意識のうちに盛大な舌打ちを零してしまった。

「うーん…」

 苛立った様子の俺に、再び困った様に笑うしかないバーボン。しかし俺は構わずひたすら文句を垂れる。

「ていうか、あれか?俺をただのオモチャだとでも思ってんのかあのヤロー」

 イライラとして思わず奥歯をギリリと噛み締めた。実に不快だ。この間なんて、金髪のナイスボディの女と一緒に居た。あんなクソ野郎の側に女が居て何故俺の側に女が居ないのだ。不愉快極まりない。…つーか女がいるなら俺は不要なのでは?

「なあバーボン、やっぱ俺ここに居る意味ねーよな?」

「どうしてそう思うんだい?」

「あのヤロー、女と一緒に居たんだぞ?女がいるなら俺は要らないだろ」

 その言葉にきょとりと瞬きを繰り返すバーボン。何歳なのか知らないが、そうしているととても幼く見える。…まさかこんな怪しいところで仕事してて、俺より年下という事はあるまい。…無いよな?え、無いよな?目の前の男が童顔すぎてちょっと不安になってきた。

「女と…?一体どんな?」

「金髪の…こう…ボンキュッボン!って感じのいい女」

 身振りを交えながらそう答えれば、バーボンは誰か思い至ったらしく「ああ」と納得顔で頷いた。どうやら知り合いのようだ。

「ベルモットは違うよ。そもそも彼女はアルファだしね」

「あん?アイツ、アルファだろうが見境無く手を出してんのか?」

 やっぱり殺すか、と据わった目を向けるとバーボンは苦笑いと共に手を振った。

「違う違う!仕事仲間だよ。僕と同じ。恐らく仕事の話でもしてたんじゃないかな?」

「べったーり密着してか?」

 そう。それこそ豊満な胸を腕に押し付けられていて羨ましい限りだった。それなのにあのヤローは無表情。くっそ、そういうのには慣れてるってか!?だったら俺に代わってくれよ!!ちくしょう!

 …なんて思い馳せていたら、バーボンはどこか遠くを見つめながら呆れたように溜め息を吐き出した。

「あー…それはきっとジンへの嫌がらせだと思うけど」

 嫌がらせ?と片眉を釣り上げると、バーボンは俺を見ながらくすりと笑う。

「ふふっ、どこかの誰かさんは意外と奥手みたいだから。きっとベルモットはそれを茶化してるだけだと思う」

「はあ?」

 奥手、とはどういう事だろうか。意味が分からず訝しげな瞳をバーボンに向けるが、彼はただ薄らと微笑んで答えを教えてはくれなかった。














 与えられた質素な部屋に戻ってからは、本当に何もすることがなくベッドに寝転んで、ただうだうだしていた。…だから、気付かないうちにいつの間にか眠ってしまったようだ。

「…───ん…」

 真っ暗闇。ぼんやり開けた瞳からは何の情報も得られないが、いつもと変わらない何も無い無機質な部屋だと脳が答えを導き出す。

 あまり良いベッドとは言えない寝心地の簡易ベッドに何処にでもありそうな枕。シーツこそ清潔感のあるものだったが、やはり自分の家の物には全て劣る様な気がした。

「はぁー…身体痛てぇ…」

 無意識にぽつりと零した独り言。誰かに返事をして貰いたかった訳では無いが、とても虚しく思えた。

 そろそろ起きるか、と上体を起こしベッドから降りようとした…その時だった。


 ───カチャ…。


「!」

 静かにドアが開く音が聞こえて、俺は反射的に息を殺し身を潜めた。

 窓が付いてないから、電気をつけていないこの部屋は深い闇に包まれている。僅かな明かりもないので俺からは勿論、相手もきっと何も見えていないはずだ。

 それでも相手はまるで見えているかのように、足音を隠しもせず俺がいるベッドへゆったりと足を進めて来た。

「………」

 すん、と息を吸い込めば身に覚えの無い香り。高そうな香水の香りに混ざるこの匂いは…───アルファの香り。

「───誰だ」

 低く唸るように声を搾り出せば、くすりと小さく嗤う声が聞こえてきた。

「あら、起きてたの」

 その言葉と共にパチリと電気のスイッチが押され、暗闇から一気に解放され部屋が明るくなる。

「…っ」

 突然の明かりに目が慣れず、何度か瞬きを繰り返してから声が聞こえて来た方へ視線を向けた。

「…お前は」

 そこには数時間前にバーボンと話していた女……そう、確か名前はベルモット、と言っただろうか。そいつが口角を上げ堂々たる面持ちでベッドに腰掛ける俺の事を見下ろしていた。

「おはよう。そしてはじめまして、でいいかしら?私はベルモット。よろしくね」

 にっこりと妖艶に笑うベルモット。グラマラスな体型に均整のとれた顔は誰が見ても美人の部類に入れるだろう。美しい容姿に少し怪しげな雰囲気を持つ所も彼女の魅力、と言ったところか。

「…で、何の用だよ」

 だからと言って怪しい人物にかわりない。警戒心を怠らず睨み付けるようにベルモットを見上げていれば、彼女は何が可笑しいのか…クスクスと笑みを零しながら魅力的なその唇を緩やかに動かし始めた。

「あら、ジンの運命って言うからどんなお姫様かと思えばとんだじゃじゃ馬姫だったのね」

「あ?」

 お姫様だのじゃじゃ馬だの男に掛ける言葉ですらない。不快感を顕に睨み付ければ、それにすら愉しそうに瞳を細める。

「ごめんなさい、不快にさせたかしら?でも、あのジンが大事に大事に囲っているからそうだと思ってたのよ」

「…アイツに大事にされてる?ハッ、どこがだよ」

 大事にされた覚えなど一度たりともない。必要最低限の接触すらないのに、何を言うのか…。

「ただ放置されてるだけだろ」

 鼻で嘲笑いながらそう吐き捨てるように言うと、ベルモットはさらに可笑しそうに嗤う。

「やだ、本当にジンったら手を出してないの?」

 あのジンが?なんて可笑しそうに嗤うベルモットに、何故か不快感を抱いた。

「…───あの男のこと、よく知ってんだな」

 きっと俺よりもずっとアイツの事を知っている。俺よりも長い付き合いがあるんだろう。それが仕事だけの関係なのか、身体の関係もあるのかは知らないが。

「あら、嫉妬?」

 可愛い所もあるのね。なんて言われて腹が立たないわけが無い。ムッと分かりやすく表情を歪めると、ベルモットは美しいその顔を俺に近付けてにんまりと微笑む。

「W運命Wってどういう感じなのかしらね?…例えばここで貴方を私が美味しく頂いたら……ジンはどうなるのかしら?」

 魅惑的な唇から出るのは不愉快極まりない下衆な言葉。つまり目の前のこの女は、俺がアイツの運命と知った上で犯したらどうなるのかと尋ねているのだ。

 するりと誘うかのようにやんわりと俺の頬を撫でているベルモットの白く細い綺麗な指。美女のお誘いに心踊らざるシチュエーションの筈なのに、何故なのかとてつもない不快感を感じて俺はそれを容赦なく叩き落とした。

「アイツがどうなろうと知るかよ」

 番の契約をされたわけでも無い。俺が犯されたとしても、アイツはきっといつもの何を考えているかわからない目を向けるだけだ。…まあ、これでもW運命Wとやらなので、アイツも小指の先ほどの不快感は抱くかもしれないが。

「それともなに?アンタが俺のWハジメテWを貰ってくれるワケ?」

 俺は別にアイツに執着してる訳でも何でもない。それならいっその事、目の前の美しい女と一夜を共にするのもまた一興か。すうっと目を細めてベルモットの挙動を観察していた…───その時だった。


「殺されたく無ければ今すぐソイツから離れろベルモット」


 酷く冷たい…絶対零度の氷のような鋭い声が、二人を切り裂くように部屋に響き渡った。















「…やぁね。その物騒なもの、仕舞ってもらえる?」

 ハンズアップしながらベッドから一歩下がるベルモット。部屋の入口の前に立っているのはあろう事か銃を構えたジンだった。

「仲良くお喋りか?ベルモット」

 そう言いながら一歩、また一歩と足を踏み出す度に、突き刺さる殺気。未だ下ろされることない銃口は、ベルモットの頭へ一寸の狂いも無く向けられていた。

「ただ話してただけじゃない」

 やれやれと言いたげな口調に反し、その表情はやや強ばっている。それもその筈だ。目の前の男からは尋常じゃない殺気が溢れているのだから。俺に向けられたものじゃないと分かっていても酷く恐ろしく感じるのに、殺意の矛先にいるベルモットならそれ以上のものを感じている筈だ。

「それで?テメェは誰の許可を取ってここに居るんだ?」

 カチリ、と銃のセーフティーが外されるのを横目に、ベルモットは形の良い眉を片方ツイッと釣り上げた。

「…あら、許可が必要だったの?あんまりにも放置してるから様子を見に来てあげただけじゃない」

「余計なお世話だな」

 一触即発の空気。ピリリと刺すような空気に俺は口を挟むのも止めて二人をただ眺めるだけだった。

 どうすれば良いのか分からず身体が固まって動けない。こんな所で拳銃をぶっぱなされたらたまったものじゃないと思いつつも、俺は口が挟めず情けない表情ではくはくと声にならない音を出すだけ。…そんな時、一触即発の緊張感漂う空気をぶち壊す勇者が現れたのだ。

「───ジン、そんな物騒なもの早くしまってくださいよ」

「…!バーボン」

 壁に寄り掛かりながら呆れた様な表情を浮かべるのは、最近の専らの話し相手…バーボンだった。

 バーボンはチラリと俺を見てから、ジンへ再び視線を戻す。

「ここでベルモットの脳味噌ぶちまけられてトラウマ抱えるの誰だと思ってるんです?…名前くんが怯えてますよ」

「…っ!」

 その言葉に、反論しようと思ったのに喉が張り付いてしまったかのように何の音も出なかった。

「………」

 ジンは漸くそこでベルモットから俺に視線を促し俺の顔を確認するや否や、何を思ったのかすうっと目を細めると舌打ちと共に銃を下げた。

「…チッ」

 情けない事に、俺はかなり緊張していたらしい。無意識のうちに握り締めていたのだろう拳は血が通って無かったのか青白く震えていた。

「…助かったわバーボン」

 ベルモットも、どうやら命の危機から脱したおかげがバーボンにやや引きつった笑みを浮かべ小さく息を吐いていた。

「喧嘩するのは構いませんが、彼を巻き込むのはやめた方がいいと思いますよ」

 ふう、と溜め息混じりにそう言うなり、バーボンはベルモットに視線を促す。

「ベルモットもこれで懲りたなら、人を軽率に揶揄う行動は慎んだ方が良いかと」

「…悪かったわよ」

 ふん、と鼻を鳴らしジンの横をするりと通り抜けると、ベルモットはこちらを振り返る事もなく部屋から颯爽と出て行ってしまった。

「………は」

 まるで嵐のような女だ。茫然とその背中を眺めていると、バーボンは溜め息を一つ吐いていた。

 …取り敢えず、バーボンのおかげで俺はトラウマを回避する事に成功したようだ。あの殺気にまみれたジンならいつ銃を撃っても可笑しくなかっただけに、バーボンの登場は本当に感謝してもしきれない。

 ああ助かった。なんて思っていたら、バーボンは俺の顔をジッと見詰めてからふっと表情を緩め口を開いた。

「…それじゃあ僕も失礼しますね。あとはお二人でどうぞ」

「っえ、あ…──はっ!?」

 にこりと俺に微笑んで見せるバーボン。その笑顔が今ほど憎いと思った事はない。さっきの感謝の気持ちがゼロになりそうだ。…いや、ならないけど。でもこれは酷い裏切りだ!

「ちょ、いや…!待て!」

「僕にも仕事がありますので」

 そんな俺の心情を分かっているだろうに、バーボンはそれを軽々とスルーし、ではまたと身を翻す。

「おいっ…!」

 足早く帰っていくバーボンの背中を引き留めることが出来ず泣く泣く見送りながら、俺は目の前に佇む存在感の大き過ぎるソイツを前にひくりと喉を鳴らすのであった。







 ベルモットが去り、さらにバーボンも立ち去った今、残されたのは俺とアイツ…ジンの二人だけ。

 ───今更何を話せっつーんだよ!

 この期に及んで話すことなど何も思い浮かばない。しかもさっきの今、だ。

 激おこプンプン丸だったやつに俺は何を言えばいいと言うのだ。火に油を注ぐのは得意だが、今それを披露したら脳味噌をぶちまけられるのがベルモットから俺に変更されただけになってしまう。

 冗談を口にすることも出来ない重苦しい空気に息が詰まりそうだ。

 ───何だってコイツはここに居座ってんだよ…!

 どかりと椅子に腰掛け煙草を吸うジン。何を話す訳でもなく、ただ紫煙を吐き出すだけ。ここは喫煙所じゃ御座いませんけど!?…と言える訳もなく。

「…煙草くせぇ」

 ぼそりと不満を口にしたら、三白眼の緑の瞳が俺をゆるりと捕らえた。

 何か言われるか!?と一瞬身構えたが、アイツはただひょいと片眉を吊り上げて一言。

「───うるせえ」

 と、俺の顔目掛けて煙を吹き掛けてきやがった。

「ぶっは!?」

 予想だにしていなかった暴挙。俺はあまりの煙たさに噎せ返った。

「ゲホッ、てめえなんて事しやがる!?」

 バタバタ手で仰いで煙を逃がそうとする姿をただただ目を細めて見ている性悪男。本当にクソ野郎だな、と睨み返してやるがアイツはクツリと喉を鳴らして嗤うだけだった。

「…んだよ」

 いつの間にか機嫌が良く…──いや、どうなんだ?取り敢えずさっきまで底辺にあっただろう機嫌は回復してマシになったように見える。

 ただ、何故なのか…じっと静かにこちらを観察してくるのでかなり居心地が悪い。

「…お前、馬鹿だろう」

「ぁあ?!喧嘩なら買うぞコラ」

 やんのかコラとガンを飛ばすがまた鼻で嘲笑われた。それからジンは吸っていた煙草を床に落とし靴裏で火を踏み消すと、唐突に俺の襟首を掴み引き寄せる。

 おい待て。その吸殻を片付けるのは誰だと…!なんて思う暇もなく。

「っな…!?」

 ベッドに腰掛けていた腰が持ち上がり中腰と言う中途半端な格好のまま、びっくりして阿呆面満開の顔をジンに晒してしまった。

 そしてあっと思ったのも束の間。

「…っ、ん!?」

 噛み付くようなキス。予想だにしていなかったそれに、目を閉じることすら出来ず、蛇に睨まれた蛙の如くジンの緑の瞳を見返す事しか出来なかった。

「ぅ、む…──ふ…っ!?」

 ───これは何なんだ!?

 睨まれながらされる激しいキスに頭が混乱して来た。愛撫とかそういうものとは程遠いそれ。ただただ喰われるかのようなキス。

 呼吸するのも難しいそれに、酸欠で目の前が涙で霞んできた。決して恐れてとかではない。この涙は生理的なものであって、悲しいとか怖いとかでは間違ってもない!!

「…っ!?」

 たかがキスなのに。それなのに、今まで感じた事のないような感覚が沸き起こった。まるで背筋に電流が走ったようなビリリと痺れるような感覚。そして、本当に本当に認めたくないのだが…そこには間違いなく快楽もあった。

「ぅ、…ふっ…んん!」

 高揚感にも似たそれに、心拍数が思いっ切り跳ね上がる。バクバクと脈打つ心臓。こんなに心拍数が上がって大丈夫なのかって思う。それと同時にこの心音が、アイツに聞かれてしまわないか心配になった。

「っは、ぁ…!?」

 中途半端に持ち上がっていた腰も、いつの間にか力が入らずジンに押し倒され簡単にベッドに転がされた。

 屈辱、と感じる暇もなくされるがまま。

 最後にべろりと唇を舐められて離れたジンの口元はつり上がり、皮肉な笑みを浮かべていた。

「…ふん、この程度でへばるのか?」

 はあはあと息が荒い俺に対し、いつも通りの涼しい顔をしているジン。くっそ腹立つが今は言い返す気力もない。息を整えさせてくれ。しかも情けない事に腰も何もかも砕けてしまい力が入らなくて胸を押し返す事すら出来なかった。

 俺に出来ることはただ一つ。虚勢を張り睨み付ける事のみ。

「…っはぁ、てめえ…この…っ」

 退け、と震える足でジンを力なく蹴るがまるでびくともしない。…まあ力が入らないので当たり前なのだが、腹立つことこの上ない。

「口の利き方に気を付けろ糞ガキ」

「んだと、こら…っ!」

 口が悪いのはてめえもじゃねーか、と息も絶え絶えにそう言えば、何が楽しいのか愉快そうに口角がつり上がった。

「減らず口を…。また塞いでやろうか?」

「っ!」

 ぐっと近付いた距離。吐息のかかるその距離に息を呑んでいると、ジンは愉快そうにクッと喉を鳴らしするりと俺から離れた。

「…ふん、これ以上手を出しゃしねぇよ」

「………」

 そして、ベッドに寝転んだままの俺を見下ろすと、ジンはすうっと瞳を細め犬歯を覗かせ小さく嗤う。それから腕を伸ばし俺の首に手を添えた。

「…っ」

「そうだな…。一番W美味しい時Wにてめえを喰ってやるよ」

 威圧的な、他者を圧倒する空気に身動きが取れない。だから、普段なら絶対叩き落とすだろう伸ばされた手を払うことも出来ず、俺はジンにされるがままだった。

 緑の瞳に支配される。

 息を呑みただただジンを見上げる。

 ───そんな時、不意に項に鋭い痛みが広がった。

「…っぐ、ぅ!?」

 ぎちりと項に爪を立てられているようだ。容赦ない力で項を傷付けているジンに顔を思いっ切り顰めていると、痛みに顔を歪める俺に反し奴は愉快そうに嘲笑った。

「他の奴に尻尾を振るのは許さない」

 ジンジンと痛み出す項。きっと血が滲んでいるだろう。鉄臭さがツンと鼻につく。それでもジンは止めない。

「Wその時Wまで、しっかりW待てWしてるんだな」

 言うだけ言って満足したのか、ジンはパッと首から手を離すと俺に一瞥くれる事もなく嵐のように立ち去って行った。

「………」

 茫然自失。まさにその言葉の通り暫く身動きせず固まっていた。

 暫く経ってから漸くハッと意識を取り戻し、そこで怒りが脳裏を支配し始める。

「…っざけやがって!」

 震える手で項を抑えると、やっぱり血が出ていたらしく手のひらに転々と赤が散らばった。

「何がWその時Wだよ…」

 …恐らくヒートの事を指しているのだろう。発情期が来たら俺はアイツに喰われる。…そう、奴に宣言されたのだ。

「…クソ喰らえってんだ」

 未だ収まらないこの高揚感も動悸も震えも何もかもが鬱陶しい。

「チッ!」

 激しく舌を打ち付けたが気が収まらなかった。しかも無意識のうちに次のヒートまでの日数を考えてしまい再び嫌悪するループ付きだ。

「さいあく、最悪!!最っ悪だ…!」

 何だってこんな事になってしまったのか。出血を止める事もせずベッドに寝転んだまま、俺は纏まらない感情に苛まれ続けるのであった。

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