落ちて


「久しぶりにアフターしてよ」

そう口にしながらもその目はアフターなど微塵も期待してないように見えた。彼女はかれこれ2年ほど俺を指名しているキャバ嬢。顔を弄り量産的で人工的な顔立ちが多く蔓延るこの歌舞伎町で、彼女の顔立ちは、天然物だろうと、ミオはその退屈そうな顔を見てよく思うのだった。

「別にいいけどさぁ…俺と折角隣にいるのになんで笑顔の一つも出来ないワケ?」

ミオには自信がある。自分の端正な顔立ちと、ホストとしての天性の才能に。そんな自分を目の前にして楽しそうな表情をしない女。ホストとして女性を楽しませるのが一番の役目であるのにも関わらず、彼女の表情はいつも曇っていた。そういえば、この2年間笑顔を見たことがあっただろうか。

彼女はキャバ嬢として人気な方だった。稼ぎも良く、指名と酒も高いものをオーダーし、被りがいた時はさっと身を引く。ラスソンにこだわる訳でもないため扱いやすかった。
彼女を後回しにすることも多かったが、何一つ文句を言われたことすら、そういえばなかった。

「笑顔は自分の客相手に使い切ったのよ。それともミオがお客様になってくれる?」

「お前の笑顔のために金払わないといけないのかよ。ま、それもアリかな」

「は?本気?」

ミオの答えが予想外だったのか、彼女の間抜けな面が見えて微かに心臓の鼓動が早まった。

「ミオって自分のプライドと顔面のためにしかお金使わないんじゃないの?」

「お前俺のことなんだと思ってるワケ?」

なぜ彼女が2年間も俺を指名しているのか分からなくなってきた。俺は頭を描きながら呆れた声でアイツに言った。

「こんな生意気で可愛げなくても、2年も俺のこと指名して、お互い身の上知ってんだろ。多少は興味湧いても別におかしくねぇよ」

「今まで私のこと興味なさそうだったのに…いいよ。私の名刺あげる」

人差し指と中指に挟まれた名刺。その源氏名を見て思わず衝撃が走った。

「名前…お前」

「そう、私も”ミオ”って言うの。いつか貴方の本当の名前も教えてね」

そういうと名前は口角を上げ、微笑んでみせた。大体の女の営業トークは見抜けるはずだったが、名前の本心が掴めない。

「…やっと落ちてくれた」

「なんか言ったか?」

小さすぎて聞こえなかった声に聞き返すが彼女は何でもないと言って受け流した。

名前には彼が恋に落ちる瞬間が分かった。自分に興味を持ってしまった時点で彼はすでに罠に掛かっていることを。当の本人は全く気づいていない。

2年かけて仕留めた獲物からどう搾り取ろうか、彼女は想像を膨らませた。今日はシャンパンを入れてもいいかもしれない、と内心心を躍らせて。

「名前」

そう言って肩を抱く彼の体温が普段より高い気がした。名前を呼ばれた自分の心臓も心なしか鼓動が速くなる。

「今日はお前を見て抱けるかもしれねぇ」

耳元でそう囁かれた瞬間気づいてしまった。自分も彼に落ちてしまっていたのだと。慌てて絡まった腕を振り解き距離を取る。こんなの、自分らしくない。

「ハッ!お前もそんな顔するんだな!」

そう言って煽る彼の顔も頬と耳元が赤らんでいた。