静かな海
「なんでホストで稼いでんのにこんな惨めなのよ」
「わりー、姫に使いすぎちまってさ」
駆け込み寺の様に毎月月末になると押しかけてくる幼馴染がいた。瀬戸内海で共に育った彼と私は今、日本の中心でお互い別々の道を生きていた。
「ほんと、生まれ持ったそのルックスに感謝だよね。おかーさんありがとうって電話しなさい」
「そんなことしたら地元に引きずり帰させられる」
代わりに電話してやろうかと持ったスマホをリョーイチは慌てて止める。解せないと言わんばかりの名前。眉間に皺を寄せる癖は相変わらず変わっていない。それを見て懐かしさを覚えた。
「そういえば、俺らも気づけば28になっちまったな。名前もそろそろ相手作らねーとやべぇじゃん」
「そうなんだよねぇ。そろそろ地元に帰り時なのかも」
「え、帰んの?」
リョーイチは名前が自分のそばにいることが日常と化していたことに気づいた。偶々東京に出たタイミングも一緒、最寄駅も同じなのは、風の前の塵と同じくらい呆気なく飛ばされてしまうほど脆い当たり前だった。止める権利は自分にはなかった。
「半分冗談。ねぇ、たけ…じゃなかった、リョーイチ、あんま深く考えずに聞いて欲しいんだけど」
「ん?俺は深く考えることなんてできねーぜ」
普段本名の武史と呼ぶ名前が源氏名で自分の名前を呼んだことを不思議そうにしながらも、ヘラリと軽く微笑む姿すらイケメンは様になる。そうだ、自分の幼馴染は阿呆だったと少し安堵する彼女は何処かぎこちなかった。
「私がさ、リョーイチの客になったら、枕してくれる?」
「いいぜ…んぁ?」
ホストとしての血が騒ぎ脊髄反射で承諾したものの、彼女が言った言葉を理解できずにフリーズする。
「初恋、ずっと拗らせて前に進めないのよ。ホストのリョーイチなら、夢見させてくれない?」