折れてからが本番


厳禁シリーズもとより、しんべえと喜三太にふりわまされたのが原因で仙蔵は怒り狂い彼らを追いかけ回していた。

「た、立花さん…?」

その声を聞いた途端、仙蔵は空中で止まった。止まれば地球の重力に負け落下する。いつもなら華麗に着地するはずなのに、固まったまま顔面から落下した。顔は地面に食い込まれている。

「だ、大丈夫…?」

「っ…!人違いです」

それだけを言うと駆け寄ってくる彼女に、顔を見せることなく瞬時にその場を去った。

「終わった…。完全に終わった…」

「始まってもなかったがなっ!!ウグッ」

グサリとメンタルが限界を迎えていた仙蔵のハートにとどめの矢が刺さる。急いで長次が小平太の口を押さえるももう遅い。仙蔵は項垂れた。

「長い片思いだったなぁ」

留三郎は思い返す。新野先生の娘である名前は俺たちと同い年だった。医学を学ぶ学園で勉学に励んでいる彼女は、新野先生に頼まれた薬を届けに来たり、手当の練習も兼ねて保健委員の仕事を手伝うこともしばしばあった。

優秀であるため、中々怪我をすることがなかった仙蔵は彼女のお世話になることも叶わず、保健委員長である伊作が彼女と仲睦まじく話す姿に血の涙が出そうな形相でそれを見ていた。

どうやって名前を覚えてもらったのかというと、偶然(彼は運命だと言っていた)食堂を彼女が利用しているのに遭遇したからだ。

保健委員の三反田数馬とお昼を食べていたようで、彼が挨拶した時にお互いの自己紹介をしたのだ。それがきっかけで見かけると、愛想の良い彼女は仙蔵に声をかけてくれるようになった。その度に彼は舞い上がっていたが。

「仙蔵はいるよ〜」

聞こえたのは伊作の声だった。大方怪我の手当てでもしにきたのだろうか。しかし、仙蔵は放っておいてほしかった。この感傷に浸りながら想いを終わらせるため、心を沈めておきたかったのだ。

「やっぱり、立花さんでしたか」

落ち着いて、気着心地の良い声がする。自分の片思いの女性の声まで幻覚で聞こえるようになってしまったのだと思うと情けない。

「顔を上げてください…伊作さん。動かないわ」

トントンと肩を叩くも体操座りし、項垂れた仙蔵は動かなかった。

ちょっと待て。伊作さん呼びしれてるのか伊作のやつ。妬ましい、羨ましい…なんで今まで言わなかった…!全員名字で呼ばれているとばかり思っていたというのに

「どういうことだ伊作っ!!」

「あっ、やっと顔を上げてくれましたね」

目の前にいたのは伊作ではなく名前であった。目が合うとニコッといつも通り笑いかけて。

「あ、え、その…」

「落ちた時に怪我したかと思って。伊作さんに案内してもらったんです。擦り傷くらいですかね」

はじめて、名前の手が彼の顔に触れた。触れたところに段々熱が集まっていく。

「忍術の訓練中だったのでしょう…?ごめんなさい、立花さんを見かけたらつい、声をかけてしまって、邪魔してしまいました」

「いや、恥ずかしいところを見られてしまった」

「ふふっ。そんなことないですよ。それより怪我したなら手当させてください。折角の綺麗なお顔なのですから」

ハウッ、また、心臓を鷲掴みにされた気分だ。彼女は都合よく誤解しているらしい。それに安堵しつつも、自分を綺麗だと言った彼女の言葉が永遠と頭でループしている。やはり彼女は天使だと思った。

手当てが終わると医務室に戻っていった。伊作は引き止めた。問い詰めると「保健委員は全員名前呼びしている」のだという。何と羨ましいことだろうか。

「名前ちゃん。仙蔵の手当てしてくれてありがとう」

「いいえ。でも、ドキドキしちゃった。立花さんの顔あんなに近くで見ちゃうと」

照れながら話す名前に伊作はこれは脈アリだと勘づき、甘味を食べに行くというデートまで取りまとめたのだから仙蔵には感謝してもらいたいものである。