待ちぼうけ


『アタシここで待ってるからぁ!!』

結局喧嘩別れのようになってしまったあの子が最後に叫んだ言葉。威勢のいい通る声は、彼女が豆粒くらいにしか見えないほど遠くにいるはずの僕の耳にしっかりと届いた。

彼女とはそう言った関係ではない。それに友達と呼べるほど、彼女のことはよく知らなかった。

けど、互いに信頼していた。

今はあの村の道を通らずに、別の道を通って帰省する。あれから3年ほど経ってしまっただろうか。

僕は忍で、いつ命を落とすかわからない存在。いつ裏切るかわからない存在。そんな僕が彼女の記憶に深く残ってしまう前に去ってしまおうと思って、彼女に「もう会わない」と伝えたんだ。住む世界が違うから。

「流石に、もう来てないよね…」

実習でこの村による必要があった。いつも彼女は道の端に生えた木の下の地蔵が立った隣にいた。不運に見舞われた僕をいつも笑って慰めたり、手当てをしてくれていた。それだけの関係だった。

器量良し、男勝りで面倒見の良い名前ちゃんのことだ。もう15になるんだからきっと縁談がいっぱい来て、その中の一人と結婚してるんだろうな。

願っていた彼女の幸せ。だけど虚しかった。

今思えば、彼女の存在が僕の中で大きくなってしまうのが怖かったんだと思う。友達でも恋人でもない、ただの不安な通行人としての関係。

今日ここにきたのはケジメをつけるためだ。未だに僕の中から名前ちゃんが消えてくれないから。

これでやっと踏ん切りをつけることができる。

やっと…

「伊作…伊作なのか」

「な、んで」

なんで来ちゃうんだ。馬鹿名前ちゃん。

「ちょっ…なに泣いてんだ。また馬糞でも踏んだのか?」

3年も経った今、彼女は更に美しくなっていた。女の子らしくなってた。けど月日を感じさせない、あの時のように心配そうに近寄り僕の涙を袖で拭った。

「女の子の服着てる」

「流石におにぃの服は着れないんでね」

初めて会った時は兄のお下がりを着ていたから、綺麗な顔の男の子だと思っていた。そう言ったら殴られたのを僕は忘れるわけない。

「なんで、来ちゃったの」

「待ってるって言ったでしょ」

それを3年も守り続けていたのだろうか。一度言ったことは何があっても変えない頑固なところはまだ変わっていなかったんだ。

「次会えたら一発殴ろうと思ってた」

「え」

涙を拭いてくれた腕は上に上がっていく。彼女の腕はこんなに細かっただろうか。

殴られても仕方のないことをしたと思っている、殴って許されるのであれば僕は喜んでそれを受け入れよう。名前ちゃんのことを消そうとしても消えなかった。消したくなかった。

しかし、両腕が僕を力強く抱きしめた。前にはなかった女性の柔らさが僕を包み込んだ。

「…会いたかったんだ、伊作」

「…!」

その声を僕は聞き逃さなかった。小さい、か弱い声だった。その声は、もう会えないと思っていた。そう言ったのだ。

初めて見た。名前ちゃんが弱音を吐く姿。そうさせてしまった原因が自分自身であることに腹立たしささえ感じた。

「僕はもういなくならない。だから、名前ちゃん。僕、今までよりもっと君を知りたい」

「ハッ!どうだかねぇ。次来るのは夏頃だろ、その時また来たら教えてあげてもいいよ」

だから、必ず会いに来い。彼女はそう言いたかったんだと思う。僕は喜んで頷いてみせると彼女はニカッといつもの笑みを浮かべて見せた。

「た、確かに、君を知りたいと言ったよ!だけど、違うくないんだけど、いずれかそうなりたいとは思ったけど!早すぎるっ!!」 

「過程よりも大事なのは結末だよ。男に二言はない。漢みせな」

「どっちの意味で⁈」

夏。僕は約束通り、帰省前に彼女と会った。まさか、いつかはそういう関係になりたいと思ってたけど、急展開すぎやしないか。けど、僕も男で、体は反応してしまう。

「っ…!好きだった。ずっと。伊作のこと」

僕を受け入れて苦しそうな彼女。この締めつけ具合はまだ、男を知らない体だった。顔を紅潮させた彼女は愛らしくてたまらない。そんなこと言われて、僕は歯止めをかけれるほど成熟なんかしてなかった。