01





「入部早々試合なんて…俺、ちゃんと動けるかなー…」
「大丈夫だって!蛍も同じチームだし、主将がこっちに入ってくれるって言ってたじゃん!」
「う、うん…」
「僕としては入部初日から問題を起こした他の一年が気になるけどね」
「…それは同感」

薄暗くなった帰り道。久しぶりに動かした身体に感じる疲労を抱えながら、それでも何処かふわふわした浮き足立つ感情を持って私は幼馴染二人と歩く。
先日無事に入学式を終えた烏野高校での初めての部活。もちろん私達三人はバレー部に入部届を持って本日より正式な部員となった。
入部初日の今日は顔合わせと簡単な部内説明。そして少しだけ練習に参加して一年は早めの帰宅をしていた。
そこで突然告げられた明日の部活で行われる一年生同士の試合の事。
なんでも、毎年新入部員達の雰囲気を見る為に行っている試合らしいのだけど…今年のそれはいつもと違う意味を持っているらしい。

「お前らの他に入ってくる一年なんだが…ちょっと、"問題"があって」
「問題があるっつうか、問題を"起こした"のが正しいな」
「スガさん、容赦ないっすね…」
「ハハ…で、明日のその試合にアイツらが勝てなかったらあるペナルティを課すことになってるんだ。まあ、入部をさせないとそういのじゃないんだけど…」

主将の澤村さんと副主将の菅原さん。二年の先輩の田中さんが一列に並んだ私達に向かってその"他の一年達"の話を続ける。その表情はちょっと困ったような…所謂、苦笑を隠しきれてないままで、私達以外の新入部員がすでに"問題児"であることをありありと示していた。

「あの優しそうな主将を怒らせるなんて…他の一年生ってどんな人達なんだろうね」
「…ものすっごい不良とかだったらどうしよう」
「そんな奴らが高校生になって部活に入部する訳ないデショ。きっとただの"馬鹿"なんじゃないの」

ものすっごい不良を想像して顔を青ざめさせてる忠くんにいつもと変わらずに冷静に言葉を返して先を歩き続ける蛍。「そうだねツッキー!」なんて言って元気を取り戻した忠くんが足取り軽く駆け出したとき、暗くなった校庭を照らしている照明の下に、見慣れたバレーボールの影を見つけた。
そういえば澤村さんが、例の一年生達は体育館を使わせないで外で練習をしてるって言っていたけど…。

「ねえ、あれってもしかしてさ。主将の言ってた他の新入部員なんじゃない?」
「え、どれどれ?」
「あそこのライトの下の……二人、かな?」
「………」

私が指さした先。半袖姿でここからもわかる鮮やかなオレンジ色の髪を持った子とその目の前にいるもう一人の姿。

「…ねえ、あの向こう側にいるの、もしかして…」
「……へぇ」

その先を静かに見つめていたと思ったら、先を歩いていた筈の蛍は小さく呟きを零して二人に近づいていく。忠くんもすぐに蛍を追って駆け出して、私も慌てて二人の後を追った。
近づく間にも繰り返されるボールのやり取り。「次は後ろだ!!」と言って大きく放たれたパスを受けようと手前に居た子がボールの落下地点に入った時、そのボールを蛍の手が奪った。

「!?」
「へーっ。本当に外でやってる!」
「ムッ!?」
「君らが初日から問題起こしたっていう一年?」
「ゲッ、Tシャツ!?寒っ」

突然現れた長い腕に奪われたボール。肩を大きく揺らして振り返った彼はそこに立つ長身の二人に心底驚いたようだった。188cmの蛍と179cmの忠くんが並んで立つと私からはさっきの男の子の姿は見えなくなってしまう。
代わりに、少し向こうにいるもう一人の人…"コート上の王様"と呼ばれていた、北川第一中学の影山飛雄が鋭い目付きでこちらを睨んでいるのが良く見えた。

「か、返せよ!」
「小学生は帰宅の時間じゃないの?」
「〜っ、誰なんだお前っ」
「…入部希望の"他の一年"…か?」
「おい、俺が話して」
「お前身長は?」
「おいっ!!」

蛍と影山くんに挟まれてしまい、言葉も次々に影山くんに阻まれてしまった為にあの男の子は完璧に置いてけぼりで。その間にも蛍の身長を忠くんが一歩前に出ながら答えたりしていて、私も同じように取り残された状態になっていた。

「…アンタは北川第一の影山だろ。そんな"エリート"なんで烏野に居んのさ」

相手を挑発するような、わざと勘に触るような言い方をするのは蛍の悪い癖だ。一筋縄ではいかない捻くれた彼の性格は…幼馴染の私でも手に負えないときがある。
案の定影山くんは蛍のそんな態度に殺気立った雰囲気を醸し出す。一触即発。その言葉が似合う空気の中、「おっ、おいっ!!!」と一段と大きな声が響き渡った。

「明日は絶対!!負けないからな!!」

蛍に向かって投げかけられたその言葉は辺り一面を震わせる。真剣に、真っ直ぐに向けられた彼の視線を受けて…。

「あ、そう」

…興味がなさそうに放たれた一言。蛍に対して噛み付かんばかりに叫んでいた彼は一瞬にして呆気にとられた様子。そんな彼を余所に、奪ったボールを遊ばせながら蛍は彼に対しても、影山くんに対しても挑発的な言葉を紡いで行く。
ああ…そろそろ止めないと、かな。

「いいじゃん王様<Jッコイイじゃん!すごくピッタリだと思うよ王様=I」
「……なんなんだテメェ…」
「…蛍、ちょっとそろそろ」

少し取っていた距離を詰めて、後ろから蛍の背中に手を伸ばす。けどそれは触れる前に彼が歩き出した事によって叶わなかった。
ザッザッ、とワザと立てた足音と共に影山くんに更に近づいて、そのまま彼を追い越した瞬間、蛍の口が静かに言葉を紡ぐ。
此方には聞き取れないそれは影山くんに対してだけ放たれた、そして、彼の神経を逆撫でるのに最も適した言葉だったのだろう。
一瞬後、蛍は影山くんに胸ぐらを掴み上げられていた。
驚いたのは私だけじゃなく、近くにいたオレンジの彼も、そして忠くんも叫ぶように蛍の名前を呼んでいた。
…なのに。今にも殴られそうなのは蛍の方なのに、真っ青な顔色をしているのは影山くんの方だ。

「………………」

睨み合って流れる沈黙。肌を刺すような空気の中、影山くんが蛍から手を離し乱暴に自分の荷物を持って「切り上げるぞ」と言いその場を去っていく。
取り残されたオレンジの彼はそんな影山くんに何か言いたそうに手を伸ばすが、それを遮ったのは蛍だ。
相変わらずボールを弾ませたまま、影山くんの背中に向かって言葉を続ける。

「逃げんの?王様≠熨蛯オた事ないね〜。明日の試合も、王様相手に勝てちゃったりしてーーーー」

その瞬間。ヒュッ、と風を切る音共に蛍の頭上に上がっていた筈のボールが奪われた。
夜の闇にオレンジ色の髪が宙を舞うように浮いていて、その両手はしっかりとボールを抱えていた。
蛍よりも高い位置に浮いた彼の身体が綺麗に地面に着地する。同時に、「王様王様≠チてうるせぇ!!」と彼の怒鳴り声。

「おれも居る!!!試合でその頭の上打ち抜いてやる!!!」

蛍からボールを奪った。その高さは彼の遥か上空。
一瞬の出来事だったそれに目を奪われたのは私だけじゃなく、いつの間にか足を止めていた影山くんもだったようだ。

「………は?」
「うっ…なんだぁコラぁ…。おらぁ…やんのかあこんにゃろぉぉ」
「………そんなキバんないでさ。明るく楽しく程々にやろうよ。…たかが部活なんだからさ」

あ、蛍怒った。とすぐわかる鋭い視線のあと、イイ笑顔を浮かべて放たれる言葉。

「たかが≠チてなんだ!!」
「そのままの意味。…じゃあまた明日ね」
「おい待てコラぁ!結局お前どこのどいつだっ!!」
「…1年4組月島蛍。今日から君らのチームメイトだよ」

自己紹介はちゃんとするんだ…なんて思って苦笑いを零していると、蛍はまた「王様のトス♀yしみにしてるよ」と捨て台詞を残していき、忠くんも慌ててその後を追いかけて行った。

「なんだよすっげー感じ悪い奴!!明日絶対ブッ倒すぞ!!」
「…言われるまでもねぇよ!!」
「ムカッ…やっぱりお前も感じ悪ーっ!」
「うるせぇよ」

蛍の背中に再び大声をあげた彼と何処か静かになった影山くん。影山くんはそのまま蛍達とは逆の方向…つまり、私がいる方向へと歩き出しすぐにその足を止めた。
今の今まで全く存在を認識されていなかったのか、鋭かった目付きが驚いたように真ん丸に見開かれている。

「……どうも、初めまして」
「…誰だアンタ…?」
「1年5組の名字名前です。…一応今日から、烏野高校男子バレー部のマネージャーになりました」
「マネージャー…?」
「マネージャーっ?!まじで!?!?」
「わっ!!」

目の前にぴょんっ!という音が付きそうな勢い現れたオレンジの彼に思わず驚いた声を上げてしまう。遠くで見ていてもすごかったけれど、近くで見ると更にそのジャンプ力は目を見張るものがある。…実際の試合で、本気で飛ぶとどうなるんだろう。
軽やかに地面に着地した彼はそのまま私と影山くんの間に立ち、キラキラとした笑顔を浮かべて私の事を見上げていた。
身長は私よりも少し低く、160pくらいかな…。

「名字さん、って言ったっけ?おれは日向翔陽!バレー部に入ります!よろしくお願いしぁす!!」
「こちらこそ…えっと、日向くんって中学はどこですか?」
「日向でいいよ!中学は…雪ヶ丘ってとこです」
「雪ヶ丘…」

オレンジの彼…改め、日向くんの出身中学は聞き覚えのないところ。中学時代に対戦した記憶もないからわからないのも当然だけれど、…きっとバレーの強豪とかではない筈だ。

「おい影山!お前も挨拶しろよ!」
「…影山飛雄っす。よろしくお願いします」
「あ、はい。こちらこそ…!」

思ったよりも丁寧にされた挨拶に、吊られてぺこりと頭を下げる。さっきまでの剣呑な雰囲気とは違い、どこか緊張した様子の影山くんは年相応の普通の男の子に思えた。
あの日見たコートの中にいた王様≠フ彼とは違う…。

「…さっきの月島ってやつ…出身中学ってどこっすか?」
「えっと…雨丸中学だよ。一緒にいた山口くんも、私も同じ」
「雨丸…」
「…北一とは直接対戦したことはないし、こっちが一方的に試合を見てることが多かったから影山くんの事はよく知ってるよ。だからこそ…明日の試合、あの二人も負ける気はないよ」
「………」

黙り込んでしまった影山くん。日向くんも私の言葉に少し考え込むように言葉を飲み込み、それから静かに、二人は視線を合わせた。

「じゃあまた明日…頑張ってね!」

そんな二人を置いて、私は随分と先を進んでしまっている蛍達の後を追いかけた。
いつの間にか昇っていた夜の月の淡い光を背に、日向くんと影山くんの闘志に燃えた瞳を思い出す。

(…明日の試合はきっと、凄いものになる…!)

烏野高校排球部入部初日。これから始まる何か≠ノ、私の胸は高鳴り続けていた。






[back][top]



Copyright © 2016 四月一日 All Rights Reserved.

ALICE+